カウントダウン
無数にある扉を見て、冒険者たちが騒ぎ出した。
「なんだ、こりゃ? 扉だらけじゃねぇか」
「おい、見てみろ。扉の中の部屋にも扉があるぞ」
「こっちの通路もだ。どうなってるんだ?」
冒険者たちは、近くにある扉を開けて、表情を強張らせる。
「くそっ! 何だよ、このダンジョンは!」
「まいったな」
アルクは眉間にしわを寄せて、首を左右に振る。
「この中から、出口に繋がる扉を探せってことか」
「まともに探してたら、何日かかるかわからないわね」
モーラがふっとため息をつく。
「だが、やるしかない。このダンジョンの中に食料と水があるかどうかもわからないしな」
「もし、水を確保できなければ、一週間で全滅でしょうね。水を生成できる魔道師もいなさそうだし」
「ぐああああああっ!」
突然、男の叫び声が周囲に響いた。
冒険者たちの視線が二階にある扉に集中する。扉は開いていて、その前の細い通路の部分にロングソードを手にしたイリュートが立っていた。イリュートの足元には叫び声をあげた冒険者らしき男が倒れている。
イリュートは右足で倒れた男を蹴り上げた。
男の体が回転しながら、一階に落ちる。
「てめぇ!」
ザックが荒い声を出して、二階に続く階段に向かった。
数人の魔道師は、その場からイリュート目がけて呪文を放つ。
イリュートは白く輝くロングソードで、その矢を斬った。ガラスの割れるような音がして、火の粉が周囲に飛び散る。
「後、九十九人…………」
イリュートは下にいる冒険者たちに向かって一礼すると、扉の奥に消える。
「待てっ! イリュート!」
二階に上がったザックが閉じられた扉を開く。
しかし、そこにイリュートの姿はなかった。一直線に伸びた通路の左右にある無数の扉を見て、ザックはぎりぎりと歯を鳴らした。
「あの野郎っ! どこに逃げやがった!?」
「ザック、待て!」
近くの扉を開けて先に進もうとしたザックをアルクが止めた。
「一人で追いかけても殺されるだけだ。イリュートはBランクだぞ!」
「ぐっ…………」
ザックは淡く緑色に輝く壁をブーツで蹴る。
「あいつ、逃げ回りながら、俺たちを全員殺すつもりなのか?」
「みたいね」
モーラが赤毛の眉を眉間に寄せる。
「こっちが複数で戦えば、イリュートを倒せるかもしれない。でも、一対一なら、負けるのは確実よ。相手はBランクの魔法戦士なんだから」
その言葉に、冒険者たちの顔が蒼白になる。
「アルクさん! ダメです。レオンは死んでます」
若い冒険者がイリュートに落とされた男――レオンの前で首を左右に振った。
「…………そうか」
アルクは祈るように、まぶたを閉じる。
「レオンのプレートを回収しておいてくれ。後で冒険者ギルドに報告しないといけないからな」
「…………わかりました」
若い冒険者はレオンのベルトにはめ込まれていた緑色のプレートを取り外して、ズボンのポケットに入れる。
「アルクっ! エイミーがやられた」
眼帯をつけた冒険者が女――エイミーを抱きかかえて、アルクに駆け寄ってきた。
「俺とエイミーが扉を開けたら、イリュートが襲い掛かってきたんだ。二人で戦ったんだが、エイミーが斬られて…………」
エイミーの服は裂けていて、血で赤く染まっていた。顔は青白く、唇は半開きのまま、停止している。
「俺が、もっと気をつけてれば…………」
眼帯をつけた男は顔を歪めて、体を震わせる。
「カイロン…………」
アルクが眼帯をつけた男――カイロンの肩に触れた。
「お前のせいじゃない。自分を責めるな」
「くっ…………」
カイロンはその場に片膝をついて、エイミーの死体を足元に置く。
「アルクさん」
彼方はアルクに声をかけた。
「カイロンさんから離れたほうがいいですよ」
「…………えっ? 離れる?」
「はい。エイミーさんを殺したのはイリュートじゃなくて、カイロンさんだから」
その言葉に、冒険者たちの視線が彼方に集まった。
「なっ、何を言ってるんだ?」
アルクが目を丸くして、彼方を見る。
「カイロンとエイミーは同じパーティーなんだぞ?」
「でも、エイミーさんを殺したのはカイロンさんです」
「…………いや、そんなことはありえない。どうして、カイロンがエイミーを殺さないといけないんだ?」
「それは、カイロンさんがバーゼルやイリュートの仲間だからですよ」
そう言って、彼方は無言になったカイロンに視線を動かす。
「あなたもカーリュス教の信者ですよね?」
「ばっ、バカなことを言うな!」
カイロンは頬を痙攣させるように動かした。
「突然、何を言い出す? お前が誰かわからないが」
「僕は氷室彼方。Fランクの冒険者ですよ」
「Fランクのくせに、俺にいちゃもんつける気か?」
「ランクは関係ないことだし」
「……お前、冗談じゃすまないぞ。こっちは、エイミーが殺されて気が立ってるんだ」
カイロンはロングソードの刃先を彼方に向けた。
「まっ、待て!」
アルクが彼方とカイロンの間に割って入った。
「彼方くん、どういうつもりだ? 証拠もないのにカイロンを疑うのはよくないぞ」
「明確な証拠はありませんけど、僕は確信してるんです」
「確信って……」
アルクは彼方とカイロンを交互に見る。
「ちゃんと説明してくれないか?」
「エイミーさんの傷ですよ」
彼方はエイミーの死体に視線を向ける。
「エイミーさんの傷って、ロングソードで斬られた傷ですよね?」
「あ、ああ。別にそれは変じゃないだろ? イリュートはロングソードを使っているんだから」
「でも、あのロングソードは魔法が付与された斬れ味の鋭い名品のようです。それなのに、エイミーさんの傷口はぎざぎざで、服だって引き裂いたように破けてる」
彼方はレオンの死体を近づく。
「レオンさんの斬られた傷を見てください。こっちは一直線で斬られた服の部分も、ぎざつきがありません」
「そんなことで、俺がエイミーを殺したと思ったのか?」
カイロンは眼帯の上の眉を吊り上げる。
「それだけじゃないですよ。レオンさんの斬り傷は左肩から斜めに斬られてます。でも、エイミーさんは右肩からですよね。これって、左利きの人がエイミーさんを殺したんじゃないですか?」
そう言って、彼方はカイロンの持つロングソードを見つめる。
「そのロングソードは先端が少しぎざついてますね。ちょうどエイミーさんの傷口と合いそうです。それに、カイロンさんは左利きみたいだし」
「あ…………ちっ、違う!」
カイロンは左手に持ったロングソードを右手に持ち替える。
「俺は両利きなんだ。だから、右手でも剣を振れるんだ」
「それは反論になりません。あなたが左手で剣を使えるのは事実だし」
「…………お前こそ、怪しいぞ!」
カイロンは上擦った声を出した。
「こいつは、俺たちを仲間割れさせようとしてるんだ! その証拠もある」
「証拠って何だ?」
アルクがカイロンに質問した。
「ああ。こいつは…………」
突然、カイロンは会話を中断して、アルクに斬りかかった。