ダンジョン
「おいっ! どうするんだ?」
人間と獣人のハーフらしき冒険者が荒い声を出した。
「このままじゃ、俺たちはダンジョンの中で一生を過ごすことになるぞ」
「一生って、一週間ももたねぇよ。食糧も水も手持ちの分しかないんだから」
「冗談じゃないぞ。俺、水しか持ってないんだ。誰か食い物を分けてくれよ」
「そんなの知るか!」
「みんな、落ち着くんだ!」
アルクの声が響いた。
「とにかく、状況を確認しよう。この魔法陣は本当に使えないのか?」
「無理ね」
魔導師らしき三十代の女が答えた。
「私は転移呪文が使えるわけじゃないけど、知識はある。この魔法陣は出口専用になってるのがわかる程度はね」
「君は?」
「私はモーラ。Dランクの魔導師よ」
モーラはウェーブのかかった赤毛をかきあげる。
「どうやら、このダンジョン全体にも呪文がかけられてるみたい」
「どんな呪文かわかるのか?」
アルクの質問にモーラは首を左右に動かす。
「ただ、私たちを逃がさないようにするための呪文でしょうね。逃げられたら、生け贄の意味がないし」
「生け贄か……」
「誰が生け贄になんかなるか!」
男の魔導師が杖を上空の球体に向けて、呪文を唱え始めた。
十数秒後、白く輝く矢が出現した。
その矢が一直線に球体にぶつかる。
ドンッと大きな爆発音がして、球体の周囲が白い煙で覆われる。
「どうだっ! 詠唱時間を長くして、攻撃力を高めた呪文……」
男の魔導師の声が、傷ひとつない球体を見て聞こえなくなった。
「おいっ! もっと強い呪文を打てる奴はいないのかよ?」
剣士の言葉に、数人の魔導師が球体に向かって呪文を放った。しかし、どの呪文も球体を壊すことはできない。
ドクン……ドクン……ドクン。
球体が何事もなかったかのように、鼓動を繰り返す。
「無駄みたいね」
モーラがぼそりとつぶやく。
「あの卵の殻は呪文耐性があるし、物理的な攻撃も効きそうにない。だからこそ、あいつらは自慢げに説明したんでしょうね」
「出口を見つけて逃げるしかないってことか」
アルクの言葉に、レーネが口を開いた。
「でも、ダンジョンから出られるのは十人なんだよね?」
「……もし、そうなら、逃げた十人に助けを呼んでもらおう。緊急事態だし、国も動いてくれるはずだ」
「そうね。AランクかSランクの冒険者が来てくれれば、なんとかなるかも……」
「みんなっ!」
アルクが大きな声を出した。
「まずは出口を探そう。そして逃げ出せた者は、すぐに王都に戻って助けを呼ぶ。これでいいな?」
反論する者はなく、多くの冒険者が首を縦に動かした。
――変だな。
彼方は親指の爪を口元に寄せて、考え込む。
――イリュートの言うことが本当で、十人がダンジョンから逃げることができるのなら、助けを呼ばれることは予想できるはず。つまり、あの言葉自体がウソか、誰も逃がさない自信があるのか……。
ドクン……ドクン……ドクン。
彼方の上空で、また球体が鼓動した。
――呪文カードの無限の魔法陣を使えば、あの球体を破壊できるかもしれない。だけど、その後、二日間もカードを使えなくなるのはリスクが大きい。まずは、出口を探したほうがいいか。
「おいっ!」
弓矢を持った冒険者が、柱の陰にあった階段を指差す。
「ここから上に行けるみたいだぞ」
数人の冒険者が、先を争うように階段を上っていく。
多くの冒険者たちも、その後に続いた。
彼方、ミケ、レーネ、ピュートも階段に向かう。
――この部屋から出るには、あの階段を上るしかないか。とりあえず、みんなといっしょに行動しておこう。何が起こるかわからない状況だしな。
階段を上ると、彼方の視界が一気に広がった。
そこは、縦横百メートルはある巨大な正方形の部屋で、壁には無数の扉があった。扉は均等に並んでいて、天井の近くにも見える。
「これは…………」
彼方は口を半開きにして、無数の扉を見回した。
「何…………これ?」
隣にいたレーネが掠れた声を出す。
「いくつ扉があるの?」
「三千枚以上はありそうだ」
「その中から出口を探さないといけないってこと?」
「…………いや」
彼方は壁に歩み寄り、扉を開ける。
扉の先には長い通路があり、左右の壁には、何十枚もの扉が並んでいた。
「こういうタイプのダンジョンってことか」
そうつぶやいて、彼方は唇を真一文字に結んだ。