魔法戦士イリュート
その青年は金の刺繍がされた白い絹の服を着ていた。髪は銀色で目は閉じているかのように細い。肌は白く、薄い唇の下に小さなほくろがあった。
イリュートは冒険者たちを見回しながら、笑みの形をした唇を開いた。
「魔法戦士のイリュートです。皆さんのまとめ役をやらせていただきます」
柔らかな声は、彼方のいる後方まで届いた。
「とりあえず、皆さんを転移呪文で最下層までお送りします」
「その辺りに宝が隠されているのか?」
ひげを生やした冒険者がイリュートに声をかけた。
「ええ。多くのダンジョンは最下層に宝を隠すことが多いですから」
「危険なモンスターはいなかったのよね?」
女の冒険者が質問した。
「はい。私が確認した限りはですが」
その言葉に、冒険者たちの間に弛緩した空気が流れた。
「どうやら、戦闘はなさそうだな」
「なんだ。せっかく、武器を新調したのに」
「使わないほうがいいだろ。どうせ日給制なんだし」
「たしかにそうだな。楽に稼げたほうがいい」
イリュートが胸元で軽く手を叩いた。
「油断はしないでください。何が起こるのかわからないのがダンジョンですから」
――あの人がBランクの魔法戦士か。
彼方は十数メートル離れた場所から、イリュートを見つめる。
――武器はロングソードで右利きか。左手には二つの指輪をはめてる。呪文を強化するマジックアイテムあたりかな。
「強そうな人です」
隣にいたピュートがつぶやく。
「うん。頼りになりそうだ」
――こんな状況でも、周囲を警戒しているし、強いのは間違いないな。用心深いタイプに見える。
「では、皆さん。私についてきてください」
イリュートは風に乗るような足取りでダンジョンの入り口に向かう。
冒険者たちも、その後に続いた。
細い石段を降りると、開けた場所に出た。その場所は百畳程の広さがあり、土の上に巨大な魔法陣が描かれていた。
「皆さん、その魔法陣の中に入ってください」
イリュートの指示に従って、冒険者たちは魔法陣の中に入った。
――なるほど。この魔法陣を使って転移させるってことか。
彼方は足下の魔法陣を見つめる。
――多くの人間を転移させるには、いろいろ準備が必要みたいだな。ただ、こんな呪文を使える人がたくさんいるのなら、元の世界よりも移動は楽だな。
「少し体が揺れるような感覚があるかもしれませんが、じっとしててくださいね」
イリュートは両手の指を胸元で組み合わせて、呪文を唱え始めた。
数十秒後、彼方の体が白い光に包まれた。ふわりと体が浮く感覚がした後、周囲の景色が変化していることに気づいた。
「ここは…………」
彼方は口を半開きにして、きょろきょろと辺りを見回す。
そこは直径五十メートルはありそうな巨大な円形の部屋だった。足下にはさっきと同じ魔法陣が描かれていて、周囲の壁は淡い緑色に輝いていた。
――そうか。転移する場所にも魔法陣が必要なんだ。
「ねぇ、彼方。あれ、何だろう?」
レーネが右手で真上を指差した。
彼方が視線を上げると、数十メートル上に赤黒い球体があった。球体は何十本の植物のつるのようなもので支えられていて、そのつるは緑色に輝く壁に繋がっていた。
ドクン…………ドクン…………。
赤黒い球体が心臓の鼓動のように動いた。
「おいっ、何だあれ?」
他の冒険者たちも球体に気づいて騒ぎ出した。
「落ち着いてください」
イリュートの声が響いた。
「安心してください。あれは危険なものではありません。今のところは、ですが」
「今のところって、どういう意味だ?」
レーネのパーティーのリーダーであるザックがイリュートに質問する。
「とりあえず、バーゼルさんの話を聞いてください」
イリュートは左手を軽く上げる。
すると、上空に大きな鏡のようなものが現れた。
その鏡にはバーゼルが映っていた。
「みんな、聞こえておるかの?」
鏡の中のバーゼルが口を動かす。
「どうやら、聞こえてるようじゃな。では、まずは謝っておこう。すまんのぅ」
「謝るって、何をだよ?」
ザックの声が荒くなった。
「さっきから意味がわからねぇ。ちゃんと説明しろ!」
「まあ、結論から言えば、お前たち全員、ここで死んでもらうことになるんじゃよ」
そう言って、バーゼルは悪意のある笑みを浮かべた。