合流
王都から出て二日後の午後、彼方とミケは目的の場所にたどり着いた。
そこは高さ数十メートルの崖の下にあり、ダンジョンの入り口の前の平地には、いくつものテントが張ってあった。テントの近くには数十人の冒険者たちが座り込んでいる。
その中に、シーフのレーネがいることに気づいて、彼方の表情が和らいだ。
彼方に気づいたレーネの瞳がぱっと輝く。
「あ、彼方。あなたもこの依頼を受けたんだね」
「うん。Fランクでもよかったから」
「みたいね。今回はDランク以下の募集だったみたいだし」
レーネは首を傾けて、彼方の顔を覗き込む。
「さっさと昇級試験受けたらいいのに。あなたなら、すぐにBランクまでいけるでしょ?」」
「いや、この前の試験には間に合わなくてさ」
「あーっ、依頼受けてると、そういうこともあるね」
レーネは視線を彼方の隣にいたミケに向ける。
「で、そこの猫ちゃんと、まだ、つるんでるのね」
「うん。ミケはうちのパーティーのリーダーだから」
「リーダーねぇ…………」
レーネは彼方に耳元に口を寄せる。
「もしかして、ミケって、あなたの恋人…………じゃないよね?」
「違うよ」
彼方は笑いながら否定する。
「ミケは信頼できる仲間で、妹みたいなものかな」
「…………そっか。妹か」
少し安心した様子で、レーネは自分の左胸に手を置く。
「まあ、普通はもう少し年上の女を恋人にするよね。は、ははっ」
「う、うん」
――あれ? この言い方、前にティアナールさんも言ってたような…………。
「…………と、レーネがいるってことは、ザックさんとムルさんもいるの?」
「うん。奥のテントで武器の手入れをしてるよ。今回は楽な依頼になりそうだけどね」
「そうなんだ?」
「先にBランクの冒険者が最下層まで潜ったの。で、危険なモンスターはいなかったって」
「えっ? Bランクもいるんだ?」
彼方の質問にレーネがうなずく。
「依頼主のバーゼルさんが専属で雇ってる冒険者がBランクなの。魔法戦士で強力な呪文も使えるみたい」
「魔法戦士か…………」
「彼方も似たようなものだよね。召喚呪文も使えるし、物理的な戦闘も得意だから」
レーネはじっと彼方を見つめる。
「…………あなたと、あのBランクの魔法戦士が戦ったら、どっちが強いか気になるところね」
「僕より強いと嬉しいかな」
「んっ? そうなの?」
「だって、味方が強いと仕事が楽になるから」
「あははっ、たしかにそうだね」
二人は顔を見合わせて笑う。
「おっ、彼方くんも来てたのか」
レーネの背後から、銀の胸当てをつけたアルクが現れた。
アルクは彼方がゴブリン退治の仕事を受けた時に、まとめ役をやっていたDランクの冒険者だ。
「アルクさんも依頼を受けてたんですね」
「ああ。最後の百人目に滑り込めたんだよ。それ以上の募集はしてなかったから、幸運だったよ。女神ラーキルに感謝しないとな」
そう言って、アルクは右手の人差し指と中指を絡めて、祈るようにまぶたを一瞬閉じる。
「彼方さんっ!」
遠くから、彼方の名を呼ぶ声が聞こえた。
視線を動かすと、ウサギの耳を持つ少年ピュートの姿が目に入った。
ピュートは息を弾ませて、彼方に駆け寄る。
「ピュートも依頼を受けてたんだ」
「はい。彼方さんといっしょに仕事ができて、嬉しいです」
長いウサギの耳を動かして、ピュートは白い歯を見せる。
「よろしくお願いしますです」
「うん。こちらこそよろしく。知り合いが多くて、気が楽になったよ」
彼方もピュートに笑みを返す。
――みんなもこの仕事を受けてたのか。元の世界なら、スマホで知り合いと情報の共有も簡単にできるけど、この世界では難しいよな。
◇
「皆さん、集まってくださーい!」
商人風の衣装を着た女が、両手を上げて冒険者たちを集めた。
「今から、バーゼルさんのお話がありますので、静かに聞いてくださいね」
女の背後のテントから、白髪の老人が現れた。
老人――バーゼルは黄土色のぶかぶかした服を着ていて、顔はしわだらけだった。
背は低く、腰が曲がっていて、右手には杖を持っていた。
「さてと…………みんな、集まったようだし、仕事内容を説明させてもらおうかの」
バーゼルはダンジョンの入り口を指差す。
「君たちには、今から、ダンジョンの探索をしてもらう。目的は中にあるかもしれぬ宝物じゃな」
「あるかもってことは、ない可能性もあるんだな?」
先頭にいた冒険者がバーゼルに質問した。
「そうじゃな。もし、そうなら、わしは大損ということになる。これだけの冒険者を集めて、依頼料を払うんじゃからな」
冒険者たちの笑い声が漏れた。
「まあ、勝算があるから、あんたらを雇ったんじゃ。もし、宝物が何もなかったとしても、日給分は払うから安心するといい」
「いい宝を見つけたら、追加で金はもらえるのか?」
「…………まあ、それが高価な宝物なら、考慮してもいいかの」
バーゼルは白いあごひげに触れながら、冒険者たちを見回す。
「とにかく、ダンジョンの中での指示は、イリュートに出してもらう」
「イリュート?」
「わしが専属で雇っているBランクの冒険者じゃよ」
バーゼルがそう言うと、テントから二十代前半の青年が姿を見せた。