ウサギの耳を持つ少年
「話が違うのです!」
ウサギの耳を持つ少年が、二人の男たちを睨みつけた。
「ブラッドスライム退治を手伝ったら、リル金貨三枚もらえるはずです。そう約束したです」
「ああっ!?」
黒いひげを生やした男が太い眉を吊り上げた。
「Fランクのくせに文句言うな。倒したブラッドスライムもお前が一番少なかったじゃねぇか」
「でも、あなたたちは、その分、最初から報酬が多いです。それに、僕は荷物もいっぱい持ちました」
「だから、リル金貨一枚はやるって言ってるんだ。それでいいだろ?」
「…………僕はケガもしました。治すのにお金もかかるです」
「うるせぇな!」
痩せた男が少年の胸を強く突いた。
少年は石畳の上に横倒しになる。
「文句があるなら、せめてEランクになってから言え!」
男は一枚のリル金貨を、放り投げた。金貨は少年の頭に当たって、石畳の上に落ちる。
「それだけあれば、薬草買って、釣りも出るだろ」
男たちは笑いながら、その場から去っていった。
彼方は少年に歩み寄り、声をかける。
「大丈夫?」
「あ…………」
声をかけられたことに驚いたのか、少年は青紫色の目をぱちぱちと動かした。
「あなたは…………」
「僕は氷室彼方。君と同じFランクの冒険者だよ」
彼方は少年の左腕が焼けただれていることに気づいた。よく見ると、一部が膨らんでいる。どうやら、骨が折れているようだ。
「その腕、折れてるよね?」
「は…………はい。ブラッドスライムの群れに囲まれて、崖から飛び降りた時に腕を強く打って…………」
「…………じっとしててくれるかな」
彼方は意識を集中させて、一枚の呪文カードを選択する。
◇◇◇
【呪文カード:リカバリー】
【レア度:★★★(3) 効果:対象の体力、ケガを回復させる。再使用時間:3日】
◇◇◇
鉄琴を叩いたような音がして、彼方の右手が白く輝く。その右手を少年の腕にかざした。
白い光が少年の腕を照らし、焼けただれた傷がみるみる回復する。
「あ…………」
少年は驚いた顔で自分の腕を見つめる。
「回復呪文が使えるのですか?」
「一応ね。一日に何度も使えるわけじゃないけど」
「あっ、ありがとうなのです」
少年は深く頭を下げた。
「僕はマエル村のピュートです」
「ミケはミケにゃ!」
彼方の隣にいたミケが元気よく挨拶する。
「ピュートもハーフかにゃ? ウサギの耳がかっこいいにゃ」
「はい。人間と獣人のハーフです」
そう答えて、ピュートは彼方を見あげる。
「…………あの、おいくらでしょうか?」
「えっ? おいくらって?」
「治療のお金です。僕はリル金貨一枚と銀貨四枚しかなくて…………」
「無料でいいよ。別に薬を使ったわけじゃないし」
「本当ですか!」
ピュートの表情がぱっと明るくなった。
「優しいです。優しい魔道師さんです」
「あ、いや。僕は魔道師じゃないんだ」
「魔道師じゃないのに回復呪文を使えるですか?」
「うん。まあ…………ね」
「すごいです。マエル村にも回復呪文が使える魔道師いました。でも、こんなに完璧に傷治せなかったです」
ピュートはぐるぐると左腕を回す。
「もう、全然痛くないのです」
笑顔で腕を動かしているピュートを見て、彼方の口元もほころぶ。
――これでリカバリーは三日間、使えなくなった。このカードは温存したほうがいいんだけど、ひどいケガだったしな。
「ありがとうなのです。これで、少しだけど妹に仕送りできるです」
「妹さんがいるんだ?」
「はい。妹のラピィは病気なのです。だから、僕が頑張って薬代を稼がないといけないのです」
「…………親はいないのかな?」
「オーガに殺されたです」
ピュートの瞳が僅かに潤んだ。
「…………そっか」
彼方はじっとピュートを見つめる。
――ミケも両親をゴブリンに殺されたって言ってたな。この世界じゃ、モンスターに殺されることは、よくあることなんだろう。
「本当にありがとうなのです」
「気にしなくていいから。お互いにFランクだし、助け合いってことで」
「それなら、次は僕が彼方さんを助けます」
ピュートはぐっとこぶしを握り締める。
「優しくしてくれた人には、ご恩返ししないといけないのです」
「じゃあ、僕が困ってた時は、よろしく頼むよ」
「はいっ! きっとお役に立ってみせます!」
そう言って、ピュートはポンと自分の左胸を叩いた。