武器と防具の店
次の日の朝、彼方とミケは西地区の大通りにある武器と防具の店『紅き月の武具店』に向かった。
木製の扉を開くと、広い店内には十数人の冒険者がいた。彼らは店内に並べられた武器や防具を真剣な表情でチェックしている。
「彼方、今日は何を買うのかにゃ?」
隣にいるミケが彼方に質問した。
「短剣でいいのがないかな、って思ってね」
「にゃっ! 彼方はいろんな武器を持ってるにゃ。それなのに、まだ欲しいのかにゃ?」
「僕が具現化している武器は時間制限があるからね。早いのだと数分で使えなくなる武器もあるし」
彼方は壁に掛けられた剣や斧に視線を向ける。
――百種類のアイテムカードの中で、武器は三十種類だ。長く具現化できる物は二日間だから、交互に使っていれば問題ない。でも、普通の武器も持っていたほうがいいからな。戦闘に慣れてきた今の僕なら、それで充分戦えるし。
長さが二メートル近い巨大な剣が彼方の瞳に映る。
――ネーデの腕輪の能力で力が強化されているから、大剣も使えるだろう。ただ、カードを選択することを考えるなら、やっぱり短剣がいいな。
「いらっしゃいませ」
商人風の服を着た男が彼方に声をかけた。
「何をお探しでしょうか?」
「短剣をちょっとね」
「…………短剣ですか」
店員は彼方のベルトにはめ込まれたFランクのプレートを見る。
「それなら、安い短剣がある売り場にご案内します」
「えーと、魔法が付与されてる短剣は高いのかな?」
「あ…………そうですね。刃の強化と血のりや脂を弾く魔法が付与されたものなら、金貨三枚からあります」
「他にはどんな魔法が付与されているものがあるんでしょうか?」
「斬れ味を鋭くする魔法や重さを軽くしてスピードを上げる魔法などがあります。後は火や光の属性がついているとか」
店員はショーケースの中に展示されていたロングソードに右手の先を向ける。
「例えば、あのロングソードは闇属性のモンスターに大きなダメージを与える光属性の魔法が付与されています。当然、基本である刃の強化等の魔法も付与されていますので、価格は金貨十枚になります」
「金貨十枚か…………」
彼方は腕を組んで考え込む。
――日本のお金で考えると、約百万円だな。いい魔法が付与されている武器は高いってことか。アルベールさんから決闘士の報酬のお金が、金貨四枚もらえたし、刃の強化と血のりや脂を弾く短剣にするか。あくまでも予備だし、それで充分だろう。
「じゃあ、金貨三枚の短剣を見せてもらえますか?」
「はい。では、こちらにどうぞ」
店員は短剣が並べられたショーケースに彼方を案内する。
「こちらの一番端の短剣が金貨三枚です」
「持ってみていいですか?」
「もちろん、いいですよ」
店員はにこやかに笑いながら、短剣を彼方に渡す。
短剣は刃に厚みがあり、柄の部分に日本語に翻訳されない文字が刻まれている。
彼方はその短剣を軽く振った。
――機械仕掛けの短剣より、ちょっと重いか。でも、使い心地は悪くないな。
「…………じゃあ、これを買います」
「あ…………は、はい」
店員が少し驚いた顔をした。
「んっ? どうかしました?」
「いえ。Fランクの冒険者の方はもっと安い武器を買われることが多いので」
「あーっ、なるほど」
彼方は魔法のポーチから革袋を取り出し、金貨三枚を店員に渡す。
「ちょっと、いい仕事があったんですよ」
「彼方、彼方っ!」
ミケが銀製の甲冑を指差す。
「ミケはあれを買いたいにゃ。かっこいいのにゃ」
「いや、ミケとはサイズが合わないし、こんなの装備してたら攻撃を避けにくくなるよ」
彼方は笑いながら、並んでいる防具を見回す。
――防具も魔法が付与されたものは高いな。甲冑は僕の戦い方に合わないけど、この
革袋に入った硬貨を見て、彼方はため息をついた。
◇
紅い月の武具店を出ると、太陽が真上に輝いていた。
「彼方っ、まずはお昼ご飯を食べるにゃ」
ミケが彼方の袖を掴んだ。
「水晶通りに、チーズとお肉をはさんであるパンを売る屋台があるのにゃ。銅貨四枚で食べられて、すごく美味しいのにゃ」
「いいね。じゃあ、今日の昼食はそこにしようか」
「うむにゃ。腹ごしらえしてから、冒険者ギルドに行くにゃ」
二人は大通りを北に向かって歩き出した。
石畳の十字路を左に曲がると、言い争うような声が聞こえてきた。
十三歳ぐらいの少年の姿が彼方の視界に入った。
少年は色褪せた若草色の上着に灰色のズボン姿で、頭部にウサギのような長い耳が生えている。髪の毛はクリーム色で幼い顔立ちをしている。
少年の前には三十代の二人の男がいた。体格がよく、革製の胸当てにはDランクの冒険者である緑色のプレートがはめ込められている。
――何かのトラブルかな?
彼方は三人に、そっと近づいた。