彼方とティアナール
「ふっ、ふざけるなっ!」
カーティスが声を震わせて、激高した。
「こんな結果、僕は認めないぞ!」
呆然と座り込んでいるリムエルに、カーティスは駆け寄る。
「おいっ! どういうつもりだ? 降参を撤回して、最後まで戦えっ!」
「…………」
リムエルは魂が抜けてしまったかのように、口を半開きにしたまま、全く動こうとしない。
「無理ですよ」
彼方がカーティスに声をかける。
「リムエルさんは理解したはずです。僕には絶対に勝てないって」
「絶対だと?」
「ええ。百回やっても、僕が百回勝ちます。百通りの方法で」
「戯れ言をっ! まぐれで一度勝ったぐらいで」
「カーティス殿」
レンドンがカーティスの肩に触れた。
「まぐれでも勝ちは勝ちです。あなたの代理の決闘士は負けを宣言したし、戦意を失っていることは明白です」
「僕の父はレイマーズ家のアーロンだぞ」
「もちろん、知ってますよ。でも、それは関係ないでしょう。私の判断に異論があるのなら、裁判所にでも訴えられたらいかがですか?」
「ぐっ…………」
カーティスはぶるぶると体を震わせて、視線をティアナールに向ける。
「何だよ! どうして、こんな…………。くそっ!」
ティアナールを攻撃する言葉を思いつかないのか、カーティスは何度も口を開けては閉じる。
そして――。
「こんな決闘、最初からどうでもよかったんだ。バカバカしい」
そう言うと、カーティスは彼方たちに背を向け、その場から去って行った。
リムエルもふらつく足取りで林の奥に消える。
「彼方っ! ケガは大丈夫なのか?」
ティアナールが心配そうな顔をして、彼方の手を握る。
「…………血は止まっているか」
「はい。機械仕掛けの短剣の効果ですよ。この短剣はスピードと防御力を上げる効果があるから」
彼方は声を潜めて、ティアナールの耳元で唇を動かす。
「…………そうか。よかった」
ティアナールの緑色の瞳が潤む。
「お前が強いことはわかっていたが、暗器のリムエルも強いと評判だったからな」
「たしかに強い相手だったと思います。元の世界の僕なら、殺されていたかもしれません」
「…………彼方」
ティアナールは彼方の手を握ったまま、桜色の唇を動かす。
「私を守ってくれたんだな」
「つい、手が出てしまったんです。もう少し早く、リムエルの意図に気づいてたら、他の対処法もあったんですが」
「自分がケガをしてもよかったのか?」
「そこまで考える時間がなかったから。とにかく、あの時はティアナールさんを守らないとって思って」
「ま…………守る?」
「はい。よく考えたら、ティアナールさんなら避けられたかもしれませんね」
そう言って、彼方は微笑した。
ティアナールの顔が熟れたラグの実のように真っ赤になる。
「か、彼方…………私は…………」
「いつまで、姉上の手を握ってるっ!」
突然、アルベールが彼方とティアナールの間に割って入った。
「彼方っ、お前には感謝するが、恩を笠に着て、姉上の手を握り続けるのは恥ずべき行動だぞ!」
「あ、う、うん」
彼方は頬をぴくぴくと動かす。
――あれ? 僕から手を握ってたっけ?
「とはいえ、お前には感謝する。お前のおかげで姉上とリフトン家の名誉が守られたのだからな。ちゃんと報酬は渡すから、有り難く受け取るといい」
「あ、ありがとうございます」
「アルベールっ!」
ティアナールがアルベールの頭を強く叩いた。
「彼方は私の恩人だぞ。もっと敬意を払え!」
「でっ、ですから、ちゃんと感謝すると言いました」
涙目でアルベールが反論する。
「それに報酬もちゃんと渡しますから」
「当たり前だ!」
ティアナールは、もう一度、アルベールの頭を叩いた。
二人の会話を聞いていた彼方の頬が緩んだ。
――ティアナールさんはアルベールさんをよく叱っているけど、これは愛情の裏返しなのかもしれないな。