彼方vs暗器のリムエル3
リムエルが短剣を投げることを、微妙な動きの違いと自分との距離から、彼方は予測していた。
しかし、その狙いがティアナールだと気づいたのは、短剣を投げる直前だった。
――腕の振りが変だ。視線…………そうか、ティアナールさんを狙うつもりか!
リムエルは唇を笑みの形にしたまま、短剣を投げる。
自分が攻撃されるとは思っていなかったのだろう。ティアナールの反応が一瞬遅れた。
――まずい! 間に合えっ!
彼方は地面を右足で強く蹴り、限界まで左手を伸ばす。その手のひらに短剣が刺さった。
「ぐっ…………」
彼方の顔が痛みで歪み、刺さった短剣がゆっくりと地面に落ちる。
ぽたぽたと流れ出した彼方の血を見て、リムエルは舌を出した。
「手の甲まで突き刺せるぐらいの力は込めたつもりだったけど、防御力を強化する魔法が短剣か腕輪に付与されてるのかな」
「…………まあね」
彼方は暗く低い声で答える。
「彼方っ!」
ティアナールが彼方に駆け寄った。
「おっ、お前、私を守って…………」
「かすり傷ですから、大丈夫ですよ」
「し、しかし…………」
緑色の瞳が潤み、色を失った唇が小刻みに震える。
「リムエルさん」
レンドンが眉間にしわを寄せて、口を開いた。
「これは、どういうことですか?」
「ごめんなさい。手元が狂ったのよ」
リムエルは目を細くして、左手を軽く振る。その手には別の短剣が握られていた。
「変だなぁ。彼方くんを狙ったつもりだったのに」
「そっ、そうだ」
カーティスが上擦った声で言った。
「偶然の事故じゃないか。仕方ないだろ」
「そうそう。まあ、別にいいじゃない。エルフの騎士さんがケガしたわけでもないしさ-」
リムエルは視線を彼方に戻す。
「それに、ちゃんと攻撃は彼方くんに当たったんだしね」
「…………ええ」
彼方は傷ついた自分の手のひらを見る。
「…………難しいな」
「んっ? 何か言った?」
「全てを予測して、それに対処するのは難しいって言ったんです」
リムエルから目を離さずに、彼方はティアナールから離れる。
「安心して。立会人にも怒られちゃったし、もう、百人長さんは狙わないから」
「舐めるなっ!」
ティアナールが鋭い声を出す。
「今度、同じことをしたら、決闘など関係なく、私がお前を殺す!」
ティアナールの隣にいたアルベールも怒りの表情を浮かべて、ロングソードを構えた。
「だからぁ、やらないって言ってるでしょ」
リムエルは半開きにした唇の中で舌を生き物のように動かす。
「じゃあ、そろそろ終わりにしましょうか」
「…………意見が合いましたね」
彼方は機械仕掛けの短剣を握り直す。
「それじゃあ…………」
リムエルが右手に隠し持っていた釘を連続で投げる。その攻撃を彼方は首だけを動かしてかわした。
「まだまだ、終わりじゃないからっ!」
リムエルは彼方の周囲を回りながら、釘を投げ続ける。
「なくなるのを期待しても無駄だからね」
リムエルの言葉に反応することなく、彼方は機械仕掛けの短剣で全ての釘を叩き落とした。
「一本も当たらない…………か」
リムエルは短剣の刃を口元に寄せて、動きを止める。
その仕草に彼方は違和感を覚えた。
――そうか。呪文だな。口元を刃で隠して、詠唱をしてるんだ。
リムエルの目がぎらりと輝く。
「終わりよっ!」
リムエルの頭上に数十本の炎の矢が出現した。
同時に彼方も意識を集中させる。現れた三百枚のカードから、素早く一枚を選択した。
◇◇◇
【呪文カード:オーロラの壁】
【レア度:★★(2) 指定の空間に物理、呪文、特殊攻撃を防御する壁を五秒間作る。再使用時間:2日】
◇◇◇
彼方の目の前に白、赤、緑に変化する半透明の壁が現れた。
その壁が向かってきた数十本の炎の矢を全て受け止める。
連続で爆発音がして、周囲が煙で覆われる。
オーロラの壁が消えると同時に、彼方は動いた。勝利を確信していたリムエルに駆け寄り、機械仕掛けの短剣を振り下ろす。
リムエルは短剣で彼方の攻撃を受けようとしたが、刃が当たった瞬間に、彼女の短剣は地面に叩き落とされる。
「ぐうっ…………」
苦痛に顔を歪めて、リムエルは新たな短剣を左手に出現させる。
「遅いっ!」
彼方はその短剣も機械仕掛けの短剣で叩き落とす。
さらに、彼方の攻撃は続いた。
常人ではありえないスピードで、機械仕掛けの短剣を突き続ける。
リムエルの肩、腕、腹部に太股に短剣の先端が当たり、その部分から血が流れ出した。
「ひっ…………ひっ!」
リムエルは転がるようにして彼方から距離を取る。
「あなたの切り札は、暗器ではなく、火属性の呪文攻撃だったってわけか。今まで、隠し通してきたみたいですけど、無意味でしたね」
「なっ、何よ。あなた…………防御呪文も使えるってわけ?」
「ええ。それが僕の切り札ですよ」
彼方はカードのことを話さず、堂々とウソをついた。
「わかってると思いますけど、さっきの攻撃は手加減してます。今度はもう少し、深く刺すので覚悟してくださいね」
「あ…………」
リムエルの顔から血の気が引く。
「まっ、待って! 負け、私の負けよ」
「聞こえませんね。僕は戦闘になると、熱くなるタイプだから、降参の声が聞こえない時があるんです」
そう言って、彼方は機械仕掛けの短剣をリムエルの右肩に突き刺す。
「があっ…………」
リムエルの体がよろめく。
「これで終わりです」
彼方は機械仕掛けの短剣を振り上げた。
「私の負けよっ! 許して!」
林の中に悲鳴のような声が響いた。
刃がリムエルの首筋に触れると同時に、彼方は攻撃をぴたりと止めた。
「レンドンさん」
立会人のレンドンに彼方は視線を向ける。
「決闘は僕の勝ちでいいですか?」
「あ、ああ…………」
レンドンは唇を半開きにして、首を縦に動かす。
「この決闘は、リフトン家のティアナール百人長の勝ちとします」
その言葉と同時に、リムエルはへなへなとその場にくずおれた。