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暗器のリムエル

 太陽が西の山をオレンジ色に染める頃、王都の近くにある針葉樹の林の中にティアナールは立っていた。見た目は十七歳ぐらいで、淡い金色の髪は腰の近くまで届いている。肌は透き通るように白く、銀色の鎧を身につけていた。


 数分後、ティアナールの尖った耳がぴくりと動き、緑色の瞳に絹の服を着た華奢な男が映った。男は二十代後半で灰色の髪をしていた。瞳は薄い青で鼻筋が通った整った顔立ちをしている。


 男は笑みを浮かべて、ティアナールに歩み寄る。


「お久しぶりです。ティアナールさん」

「…………ああ。立会人を引き受けてもらって感謝する。レンドン殿」


 ティアナールは男――レンドンに頭を下げた。


「別に構いませんよ。このぐらい」


 レンドンは目を細めて微笑する。


「それで、代理の決闘士はどこに?」

「それは、アルベールに頼んである。当てがあると言っていたのだが」

「その当てが引き受けてくれるかですね。カーティスが雇った決闘士は、あの暗器のリムエルですから」


 リムエルの名を聞いて、ティアナールの金色の眉がぴくりと動く。


「リムエルか。評判の悪い決闘士だな」

「ええ。この前も、降参した決闘士を殺したそうです。決闘士としては優秀なのでしょうが、あまり仲良くはなりたくない人物ですね」

「私自身が戦うことができるのなら、リムエルの性根を叩き直してやるのに」

「それはダメだと、白龍騎士団の団長に釘を刺されているんですよね?」


 ティアナールは無言でうなずく。


「賢明な判断です。あなたが決闘で命を失ったら、多くの男たちが悲しむでしょうから」

「そんなことはないだろう? 私より美しい女性は、社交界にいくらでもいる」

「外見だけじゃないんです。あなたは気高く心も美しい。外見だけを気にして、人形のように微笑んでいる女とは違う」

「…………褒められることは嬉しいが、どうせなら、騎士として力を認められたいものだ」

「そちらも充分に評価されているのでは? 名誉ある白龍騎士団の百人長なのですから」

「いや、まだまだだ」


 ティアナールはこぶしを強く握り締める。


「もっと、強くならないと、危険なモンスターどもから、ヨム国を守ることはできない」

「…………そうですね。魔神ザルドゥが死んだとはいえ、危険なモンスターはまだいます。奴らが徒党を組んで、ヨム国を襲ってくる可能性は残っているでしょう。それに…………」

「それに?」

「…………いえ。杞憂なことを考えただけです。と、お相手が現れましたよ」


 レンドンが細い手で指差した方向に、豪華な服を着た太った男――カーティスが立っていた。


 カーティスは二十代後半の太った男で茶色の髪を短く切っていた。頬は綿を詰めたかのように膨らんでいて、腰には柄が金色のレイピアを提げている。


「おっと、時間に遅れたかな?」


 カーティスは膨らんだ腹を揺らしながら、レンドンに近づく。


「いえ。まだ、大丈夫ですよ」


 レンドンは懐中時計の針を見ながら、カーティスの質問に答えた。


「ところで、本当に決闘をするのですか?」

「当然だろ。僕はその女に名誉を傷つけられたんだから」


 カーティスは片方の唇の端を吊り上げて、ティアナールを睨みつける。


「夜会の席で暴力を振るうなんて、野蛮な女だ」

「それは、お前が私の体に触れたからだ」


 ティアナールがいつもよりも低い声を出す。


「しかも、あんなハレンチなことを耳元でささやくなど」

「へーっ、僕がどんなことを言ったのかな? レンドン殿に話してみてくれよ」

「…………貴様」


 ティアナールの体がぶるぶると震え出す。


「おっと、僕に手を出すのは止めてくれよ。お互いに決闘士が戦うって決めたんだからね」

「くっ…………」


「ところで、カーティス殿の決闘士はどこにいるんです?」


 レンドンがきょろきょろと周囲を見回す。


「ここよ」


 突然、木の陰から、二十代前半の女が現れた。ウェーブのかかった黒髪は胸元まで届いていて、瞳は赤紫色だった。服は体のラインがわかるダークグリーンで、長めの黒のブーツを履いている。


 女――リムエルは紅を塗った唇を笑みの形にしたまま、ティアナールに近づく。


「あなたが白龍騎士団のティアナールか。噂通り、綺麗な顔してる。瞳なんて、まるで宝石みたい」

「お前が、暗器のリムエルか」


 ティアナールは鋭い視線をリムエルに向ける。


「あら、私のことを知ってるのね」

「評判が悪いからな」

「どんなことを聞いたの?」

「降参した決闘士を殺したんだろ?」

「何だ。そんなことか」


 リムエルは黒い髪をかき上げて、微笑する。


「あれは事故よ。不幸な事故。もう少し早く降参してくれてたら、殺さなくてもすんだのにねぇ」

「お前…………」

「怖い顔しないでよ。殺した決闘士だって、多少は覚悟してたことだろうし。それに、悪いのはあなたたちなんだから」

「どういう意味だ?」

「決闘士を雇うのは、貴族が多いってこと。自分たちが死にたくないから代理を頼んでおいて、その代理が人を殺したら、非難するの?」


 リムエルの問いかけに、ティアナールの表情が固くなる。


「ほんと、貴族ってひどいよね。こっちは生きるために仕方なくやってる仕事なのに」

「…………そうは思えないぞ。お前は人を殺すことを楽しんでいる」

「どうして、そんなことがわかるの?」

「お前の目だ! 人を殺して喜んでいるモンスターの目と同じだからな」


 ティアナールの口調が激しくなる。


「お前は人の皮をかぶったモンスターだ!」

「それなら、あなた自身でモンスター退治をしてみたら? 代理の決闘士なんて使わないでさ。あ、それとも、私に勝てる自信がないのかな? まあ、白龍騎士団は弱い騎士団って噂もあるしね」

「白龍騎士団をバカにするのかっ!」

「だからぁ、証明してみなさいよ。私を倒して、白龍騎士団の百人長様が強いところをね」

「貴様…………」


 ティアナールの緑色の瞳がめらめらと燃え上がった。


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