アルベールの頼み
「ティアナールさんが、どうかしたんですか?」
彼方はアルベールに質問した。
「レイマーズ家のカーティスと揉めたんだ」
「レイマーズ家?」
「…………ああ。お前はこの世界に来てから、まだ、日が浅かったんだな。カーティスはレイマーズ伯爵、アーロンの息子だ」
「伯爵ってことは、地位が高いんですね?」
「王都の南にあるケルラの街を統治してる名門の貴族だ。カーティスは…………」
「ちょ、ちょっと待ってください」
彼方はアルベールとの会話を止めて、ミケの肩に触れた。
「ミケ、ごめん。今日は別行動にしよう。アルクさんからの報酬は、ミケが受け取ってて」
「…………わかったにゃ。ミケの手を借りたい時は、いつでも言うのにゃ」
ミケは彼方に手を振りながら、冒険者ギルドに入っていった。
◇
彼方とアルベールは誰もいない細い裏路地に移動した。
そこで、アルベールが話の続きを始める。
「発端は夜会でカーティスが姉上の体にいやらしく触れたのだ」
「それで、ティアナールさんが怒ったんですね?」
「ああ。カーティスは平手打ちを食らって、鼻血を出した。そのことを根に持って、姉上に決闘を申し込んだのだ」
「決闘ってことは、ティアナールさんとカーティスが戦う?」
「いや、そうはならない。カーティスは太った男で剣などほとんど握ったことはない。代理の決闘士を雇ったようだ。それに、こっちもな」
「ティアナールさんも戦わないんだ?」
彼方の質問にアルベールは首を縦に振る。
「姉上は最初、自分が戦うと言ってたのだが、団長に止められたんだ」
「団長って、白龍騎士団のリュークさん?」
「そうだ。姉上が勝っても負けても、レイマーズ家とリフトン家の遺恨が強くなるからな。騎士団の中にも、レイマーズ家とゆかりがある者がいる。代理人同士の決闘ならば、少しはましだ。ただ、問題は、こっちの決闘士が見つからないことだ」
「どうしてですか?」
「カーティスが手を回しているんだ。リフトン家の決闘士になるなと。それに…………」
アルベールの眉間に深いしわが刻まれた。
「カーティスが雇った決闘士は、暗器使いのリムエルだ」
「暗器使い?」
「ああ。リムエルは決闘士の中でも十本の指に入る実力者で、何十人も、あの女に殺されている」
「殺され…………」
彼方の口から乾いた声が漏れる。
――そうか。相手が強いから、引き受ける者がいないってことか。まあ、決闘ってことは、死ぬこともあるんだろうしな。
「…………決闘を断ることはできないんですか?」
「できない。リフトン家は武門貴族だ。なのに、代理の決闘士も立てずに決闘自体を断るなどありえない」
アルベールはこぶしをぶるぶると震わせる。
「彼方、頼む。代理の決闘士を引き受けてくれ!」
「僕がですか?」
「俺も団長から、決闘を受けることを禁じられている。だから、お前に頼むんだ」
アルベールは彼方の両肩を強い力で掴む。
「お前はまぐれだが俺に勝った男だ。今回もまぐれで勝てるかもしれない」
「でも、相手は決闘慣れしてて、強いんですよね?」
「ああ。だから、お前が死ぬ可能性もなくはない。だが、美しい姉上のために死ねるのなら、本望だろう?」
「…………いや、ティアナールさんが美人なのはわかってますけど、死ぬのはイヤかな」
「安心しろ。リフトン家の領地には景色のいい場所がある。小さな湖のほとりに、青百合の花が咲いている場所があってな。そこにお前の墓を建ててやる」
アルベールはまぶたを閉じて、顔を青空に向ける。
「姉上は優しいから、年に一度はお前の墓参りをするだろう。もしかしたら、お前のために涙を流してくれるかもしれん。うらやましい奴め」
「あんまり、うらやましくないような…………」
彼方はうなるような声を出して、頭をかいた。
――ティアナールさんは、いっしょにザルドゥの迷宮で戦った仲間だ。それに金貨を十枚ももらったことがある。
「アルベールさん。決闘ってことは、相手を殺さないといけないんですか?」
「いや。相手に負けを認めさせればいい。それに、どう見ても勝負がついているのなら、立会人が勝敗を決めることもできる」
「…………武器や呪文は使えるんですか?」
「魔法が付与した武器を使うこともできるぞ。もちろん、防具も自由だ」
「…………そうですか」
彼方は親指の爪を唇に寄せて、考え込む。
――それならば勝算はあるな。ネーデの腕輪で力も強化してるし、決闘に使える武器も先に装備しておけばいい。相当強い相手だろうけど、ザルドゥより弱いはずだし。
「…………わかりました。引き受けますよ」
「おおっ! 引き受けてくれるか!」
アルベールは両手で彼方の手を握った。
「感謝するぞ。万が一の時にも、立派な墓を建ててやるからな」
「いや。墓のことは、どうでもいいですから、暗器使いのリムエルの情報を教えてください」
「そうだな。さっそく情報屋に話を聞きに行こう!」
彼方の手首をしっかりと掴み、アルベールは笑顔で歩き出した。