一瞬の休息
次の日の朝、彼方は街外れにある三階建ての宿屋で目を覚ました。部屋は木製のベッドと小さなテーブルがあるだけの狭い部屋で、壁には光る石が入ったカンテラが掛けられている。
ベッドから上半身を起こし、カーテンを開いて窓の外を見る。朝の太陽に照らされた町並みと雲一つない青空が広がっていた。
彼方はあくびをしながら、ベッドから出る。
「昨日は、遅くまでザックさんにつき合って飲んでたからなぁー。こっちは野苺のソーダーだけど」
そうつぶやいて、ぴんとはねた寝癖を整える。
――久しぶりのベッドは、やっぱり気持ちがいいな。一泊で銀貨四枚かかるけど、ちゃんとした場所で寝ると疲れも取れる。一階には浴場もあるし、服の洗濯もお金を出せば頼むことができる。
彼方は枕の側に置いていた魔法のポーチを手に取り、中から革袋を取り出した。
その中に入っている硬貨をテーブルの上に並べる。
――リル金貨が八枚と銀貨が六枚、銅貨が三枚か。銀貨一枚を千円ぐらいで考えると、約八万六千三百円だな。一日銀貨二枚を食費にするとして、宿屋もずっと使うのなら、一ヶ月に金貨一枚とリル金貨八枚ぐらいは稼がないとまずい計算になる。
――それだけじゃなくて、雑費も必要だし。替えの服とか下着とか、あと、余裕があるなら、スイーツも買いたい。王室御用達のケーキ屋さんが南の大通りにあったし。
「こっちの世界でも、お金は重要ってことか…………」
――昨日のゴブリン退治の仕事で、リル金貨五枚と銀貨五枚が今日手に入る。でも、あんな仕事はなかなかないからな。この前の薬草採集の仕事は一日働いて、銀貨四枚だったし。
彼方はため息をついて、硬貨を革袋にしまう。
「とりあえず、月初めの昇級試験を受けて、ランクを上げておくか。そうすれば、もう少し、お金になる依頼を受けられるはずだし」
その時、木製の扉が開いてミケが部屋の中に入ってきた。
「彼方、広場に行くにゃ。アルクさんから報酬のお金がもらえるのにゃ」
「あ、そうだね。でも、その前に冒険者ギルドに行こう。午前中のほうが仕事が見つかりやすいと思うし」
「彼方は働き者だにゃ。えらいにゃ」
「少しでもお金を貯めときたいからね。お金がないと、また、野宿することになるし、ご飯も食べられないから」
「それなら、お部屋は一つにすればよかったのにゃ。そうすれば、ちょっとだけ安くなったにゃ。ミケは彼方といっしょのお部屋でいいのにゃ」
ミケは不思議そうに首をかしげて、彼方を見つめる。
「いや、ミケだって、女の子なんだし」
「でも、お外では、いつも近くで寝てたにゃ」
「外と部屋は違うんだよ」
彼方は笑いながら、ミケの頭部に生えた耳を撫でる。
――こっちの世界では問題ないのかもしれないけど、元の世界では十二歳の女の子とホテルに泊まったら、事案になるからな。
◇
宿屋から出て、彼方とミケは冒険者ギルドに向かった。
朝方ということもあり、通りには多くの荷物を積んだ荷車が停まっていた。商人らしき服装をした男が、木箱を店に運び込んでいる。
――あの店は雑貨屋みたいだな。一階が店で二階に住居があるのか。
「ねぇ、ミケ。家って、買うことができるのかな?」
「できるにゃ」
隣を歩いていたミケが答える。
「でも、王都の中の家は高いにゃ。金貨がいっぱいいるのにゃ」
「金貨がいっぱいか…………」
彼方はレンガと木材で造られた建物を眺める。
――家を買うことができれば、宿代は必要なくなる。王都の中は無理かもしれないけど、外に家を建てるのなら、少しは安くなるかもしれない。
「彼方は家が欲しいのかにゃ?」
「そうだね。家があると宿代が要らなくなるし、自炊すれば食費も安くなるから」
「にゃああっ! 彼方の家ができたら、遊びに行っていいかにゃ? たまにお泊まりもしたいのにゃ」
「もちろんいいよ。でも、当分、難しいだろうな」
彼方は頬をふっと息を吐いた。
――やっぱり、お金が必要だ。いっしょにこの世界に転移した七原さんを見つけるためにもお金がいるし。
◇
冒険者ギルドの入り口にいる人物を見て、彼方の目が丸くなった。
「あれ、アルベールさんだ」
アルベールは白龍騎士団の十人長で、エルフの女騎士ティアナールの弟だった。髪は金髪で耳がぴんと尖っている。
アルベールは彼方を見つけて、早足で駆け寄ってくる。
「ここにいたら、お前に会えると思ってたぞ。氷室彼方」
「会えるって、何か僕に用があるんですか?」
「ある! 姉上を助けてくれ!」
そう言って、アルベールは彼方の両肩を強く掴んだ。