トラブル
「ちょっと待ってよ」
レーネが彼方とウードの間に割って入った。
「あんた、何、無茶なこと言ってんの」
「誰だ? お前」
「あなたと同じDランクのレーネ。そんなことより、同じ依頼を受けた冒険者同士で争うつもり?」
「生意気なFランクを教育してやるだけだ。弱いリーダーを倒しただけなのに、調子に乗りやがって」
「弱いかどうかなんて、わかんないでしょ」
「弱いに決まってる! Fランクに殺されたんだからな」
ウードはレーネを押しのけて、彼方を指差した。
「お前ら、こんなFランクに金貨取られて、本当にいいのか?」
「いいぜ」
レーネのパーティーでリーダーをやってるザックが言った。
ザックは二十代後半の人間で腰にロングソードを提げている。その背後にいた狼の顔をした獣人のムルも首を縦に動かして、ザックに同意する。
「…………正気かよ?」
ウードはザックに歩み寄る。
「お前、Fランクの身内か?」
「身内ってわけじゃないが、前にそこのレーネが彼方に助けられたんでな。それに彼方はFランクだが、実力はDランク以上だ。ゴブリンのリーダーが弱かったわけじゃないと思うぞ」
「Dランク以上だと?」
「ああ。彼方は剣だけじゃなく、召喚呪文も使えるからな」
「召喚呪文も使える?」
ウードは彼方に視線を戻す。
「お前…………召喚呪文を使えるのか?」
「…………まあね」
少し悩んで彼方は答えた。
「…………ウソだな」
ウードはじっと彼方を見つめる。
「お前から、魔力は感じられない。召喚呪文など使えるはずがねぇ」
「なら、それでいいよ。信じてもらう必要なんてないし」
「…………いちいち、かんに障る奴だな。なら、やってみろよ。ゴブリンでもスライムでも召喚してみろ!」
「イヤだね」
彼方はきっぱりと断った。
「召喚の能力は隠しておけるものじゃないけど、わざわざ、人に見せるものでもないし。特に敵意を感じるあなたには」
「…………言い訳だけは、Sランクだな」
「もういいだろ」
アルクがウードの肩に手を乗せた。
「今回の依頼のまとめ役は僕だ。報酬は予定どおりに支払う。そうでないと、もっと揉めることになるからね」
「そうそう」
レーネがうなずく。
「あんたが倒したゴブリンも弱かったから、銀貨三枚でいいよね、って言われて、納得できるの?」
レーネの言葉に、ウードの眉がぴくりと動く。
「てめぇ…………俺にケンカ売ってんのか?」
「そっちこそ、彼方にケンカ売ってるじゃない」
「…………いいだろう。お前とFランク、同時に相手してやる。死んでも文句言うなよ」
「いい加減にしろ!」
アルクの声が荒くなる。
「ウードっ! これ以上、トラブルを起こすつもりなら、冒険者ギルドに報告するぞ。依頼を受けにくくなってもいいのか?」
「…………ちっ! ちゃんと俺の報酬はもらうからな」
ウードは彼方に近づく。
「お前の顔は忘れねぇ。Fランクのくせに俺に逆らったことを後悔させてやるからな」
そう言って、ウードは早足で去っていった。
「バカな男…………」
レーネがぼそりとつぶやく。
「レーネ、ありがとう」
彼方はレーネに声をかけた。
「僕の弁護をしてくれて」
「別にあんたを助けたわけじゃないからっ!」
少し焦った様子でレーネが頬を赤くする。
「どう考えたって、あのウードって男が無茶なこと言ってたから、ムカついただけ。最初から、ゴブリンのリーダーを倒した冒険者は金貨一枚って決まってたのに」
「その通りだ」
アルクが彼方の腕に触れる。
「君たちがFランクでも、約束通り報酬は支払う。安心してくれ」
「ありがとうございます。アルクさん」
「いや。まとめ役として、当たり前のことをしただけだよ」
そう言って、アルクは白い歯を見せた。
その笑顔につられて、彼方も頬を緩める。
――Dランクの冒険者が一番多いって受付のミルカさんが言ってたけど、その中にも、いろんなタイプがいるんだな。ウードみたいに人を見下すタイプもいれば、Fランクの僕にも丁寧に接してくれるアルクさんみたいな人もいる。まあ、それは、元の世界でも同じか。
「おいっ、彼方」
ザックが彼方の肩に手を回した。
「味方になってやったんだから、俺たちにエールの一杯ぐらいおごってくれるよな?」
「ええ。それぐらいなら、大丈夫ですよ。僕も少しはお金が貯まってきたし」
「よっしゃ! じゃあ、裏路地の三角亭に行こうぜ。あそこは料理もなかなか美味かったしな」
「にゃっ! ミケも行くにゃ!」
ミケがしっぽをぱたぱたと振る。
「今日はアイスミルクをきゅっと飲みたい気分だったのにゃ。おつまみは、双頭みつばちのはちみつパンにするにゃ」
「甘い物がつまみかよ?」
ザックがミケに突っ込みを入れた。
「うむにゃ。彼方もよく食べてるのにゃ」
「彼方もか?」
「実は甘い物が好きなんだ」
彼方は恥ずかしそうに頭をかく。
「元の世界でも、スイーツ…………甘い物を食べるのが好きだったから」
「おいおい。男なら甘い物よりも酒と女だろ。なんなら、食事の後は、俺がいい店に連れてってやろうか? 夜の店にな」
「あーっ…………そういう店はちょっと、いいかな」
「欲がねぇ奴だな。まあ、お前なら、店で金を払わなくても、うちのレーネが抱…………」
レーネがザックの後頭部をこぶしで強く叩いた。
ゴンと大きな音がして、ザックが頭を抱えてしゃがみ込む。
「何、バカなこと言ってんの! エロザック!」
レーネは真っ赤になった頬を見られたくないのか、ぽかんとしている彼方から顔をそらした。