初めての依頼
アイテム屋を出ると、ミケが駆け寄ってきた。
「彼方、お買い物は終わったのかにゃ?」
「うん。これ、ミケにプレゼント」
彼方は魔法のポーチをミケに渡した。
「中古品だけど、カンテラぐらいなら、十個は入るんだって」
「にゃっ! 魔法のポーチにゃ」
ミケは受け取ったポーチと彼方を交互に見る。
「…………もらっていいのかにゃ?」
「うん。僕の分もちゃんと手に入れたから」
「…………にゃあああああ!」
ミケは彼方に抱きついた。
「彼方はいい人にゃあああ」
「同じパーティーの仲間だからね。それに、大きなリュックを背負ってて、大変そうだったから」
「ありがとうにゃあ。ありがとうにゃあ。特別にミケのしっぽに触っていいにゃあ」
「また、それ」
彼方は苦笑しながら、散歩をしている子犬のように動くミケのしっぽを見つめる。
――別にしっぽを触って楽しいわけじゃないけど、せっかくだし、触ってみるか。
彼方はリュックの中身をポーチに入れているミケに近づき、そのしっぽを右手で握った。
「ふにゃあああああ!」
ミケが頬を赤くして、その場にへなへなとくずおれる。
「何するにゃあ」
「何って、しっぽ触っていいって言ったから」
「…………だからって、こんなところでしっぽ触るのはダメにゃ。もっと、ムードが必要なのにゃ」
「あ、そうなんだ?」
「ほんと、彼方は女の子の扱いがダメダメにゃ」
ミケは頬を赤くして、もじもじと体をくねらせる。
「今度、触る時は、夜に二人っきりでにゃ」
「う、うん」
彼方はミケのしっぽを握った手を見つめる。
――敵意のない女の子の思考を読むのだけは苦手だな。まあ、触り心地はよかったから、今度、夜に触ってみるか。
◇
冒険者ギルドの建物に入ると、ミケは一番奥の受付に向かった。
顔なじみのミルカを見つけて、ミケは駆け寄る。
「ミルカちゃん、おはようにゃあ」
「おはようございます。ミケさん」
ミルカがメガネの奥の目を細めて、ミケに挨拶する。
「ふふふにゃ」
ミケはわざとらしく、腰につけた魔法のポーチをミルカに見せつけた。
「あっ! 魔法のポーチですね」
「うむにゃ。彼方がくれたのにゃ」
「へーっ、彼方さんが」
少し驚いた顔で、ミルカは彼方を見る。
「彼方さんも魔法のポーチを買ったんですね?」
「ええ。多少は安くしてもらえたので」
彼方はカウンター越しにミルカの前に立つ。
「それに、ミケから話を聞いて、これは絶対に必要だって思ったんです。日用品も入れられるし、重さもなくなるみたいですね」
「ええ。多くの冒険者さんが無理しても買うアイテムですね。でも、Fランクで手に入れられる方は少ないですよ。それなりに高い物ですから」
「友人から、お金をもらったんです。僕がFランクだから、気にしてくれたみたいで」
「いい友人さんですね」
ミルカの頬が緩む。
「あ、そうそう。七原香鈴さんのことですが…………」
「登録されてたんですか?」
「いえ。少なくとも、ヨム国の冒険者ギルドへの登録はありませんでした」
「他の国の冒険者リストはチェックできないんですか?」
「Aランク以上は共有されてますけど、Bランク以下はわからないんです」
申し訳なさそうに、ミルカは言った。
「そう…………ですか」
「まあ、冒険者以外の仕事もありますから。気になるのなら、捜し人が得意な冒険者に依頼することもできます。ただ、それなりにお金はかかっちゃいますね。経費がかかる仕事ですから」
「お金か…………」
彼方は親指の爪を唇に当てて、考え込む。
――今の状況じゃ、依頼するのは難しいな。まずは、ある程度のお金を貯めておかないと。
「ミルカちゃん」
ミケがミルカに声をかける。
「今日はFランクのお仕事あるかにゃ?」
「あ…………」
ミルカの顔が強張った。
「す、すみません。さっきまではあったんですけど、新人の冒険者さんたちが受けちゃって、今はないんです」
「にゃっ! またかにゃ!」
「すみません。多分、午後には新しい依頼があると思いますので」
「ううーっ」
ミケはカウンターにアゴをつけて、うなり声をあげる。
「ねぇ、ミルカ」
カウンターの奥にいた背の低い赤毛の女がミルカの名を呼んだ。
「その二人、仕事探してるんだよね?」
「うん。それがどうかしたの? ジーニ」
「今、こっちに依頼人がいるんだけど、誰でもいいって仕事なの。受けてくれないかな?」
女――ジーニは彼方に視線を向ける。
「ただし、割のいい仕事じゃないんだけど」
「どんな仕事ですか?」
「とりあえず、話を聞いてみてよ」
「わかったにゃ」
彼方の代わりにミケが答える。
「ミケがパーティーのリーダーだから、ちゃんと話を聞いてから、判断するのにゃ」
◇
彼方とミケは二階にある小さな応接室に通された。
彼方の瞳に、背丈が一メートル程の粘土の人形が映った。
その人形は全身が黄土色で、小さなドラム缶のような胴体をしていた。目は完全なる球形で、手足は短い。よく見ると、胴体の左胸の部分にハート型の機械のようなものが埋め込まれていた。その機械は何千個もの歯車が組み合わさって、カチカチと動いていた。
人形は彼方に向かって、ぺこりと頭を下げた。
「この方が、依頼人のルトさん」
ジーニが人形――ルトを彼方に紹介した。
「ルトさんは、自我を持ったゴーレムなの」
「ゴーレム?」
彼方は驚いた顔で、目の前のルトを見つめる。
――ゴーレムって、たしか石や泥で作る魔法の人形だったよな。意思は持たずに主人の命令を聞くロボットみたいなイメージがあったけど…………。
「こ、こん…………にちは」
ルトが幼い子供のような声で挨拶した。
「私は…………ルト。ゴーレム村の村長です。今日は冒険者の皆さんに助けてもらいたくて、街までやってきました」
「何かトラブルがあるんですか?」
「最近…………モンスターの群れが私たちの村を襲ってくるのです。もう、何百体もの仲間が殺されました」
「何百体…………」
彼方の声が掠れた。
「何故、モンスターはあなたたちの村を襲うのですか?」
「私たちの…………コアです」
ルトは自分の左胸にあるハート型の機械を四本の指で触れた。
「この中に…………心の結晶が入っています。自我を持ったゴーレムの結晶は特別なものらしく…………モンスターを強化する秘薬を作る材料になるのです」
「…………モンスターの数はどのぐらいなんですか?」
「十体です」
「まとまって行動してるのなら、危険な数ですね」
「はい。それに…………どのモンスターも強くて…………護衛のゴーレムも歯が立たないのです」
ルトは足元に置いていた古いカバンから革袋を取り出した。その革袋を開き、ひっくり返す。テーブルの上に、百数十枚の銀貨と銅貨とリル貨が散らばった。
「銀貨三枚と銅貨四十二枚、リル貨八十七枚あります。これは、村に住むゴーレムたちが集めたお金…………です。これで、モンスターを倒していただければ…………」
彼方は無言でテーブルの上の硬貨を見つめる。
――銀貨一枚が千円とすると…………全部で八千七十円ぐらいになるか。どう考えても、少ないな。
「にゃっ! モンスター退治の依頼なのに、これだけなのかにゃ?」
ミケが唇を尖らせた。
「危険な仕事だし、もっとお金もらえないと、誰も依頼を受けてくれないにゃ」
「そうなの」
ジーニが困った顔で腕を組む。
「モンスター十体の退治なら、金貨五十枚以上はないと冒険者が引き受けてくれないのよね」
「うむにゃ。さすがに安すぎるのにゃ」
「やっぱり、無理か」
ジーニはふっと息を吐き出す。
「よく考えたら、引き受けてくれても、Fランクのあなたたちじゃ、無理な仕事だよね。せめて、Cランク以上のパーティでないと」
「そう…………ですか」
ルトの声が沈んだ。
「お金…………これだけじゃ、足りないんですね」
「ええ。ギルドが十パーセントの手数料を取るから、冒険者に渡せる額はさらに減っちゃうんです」
「…………わかりました。ご迷惑をおかけしました」
ルトはぺこりと頭を下げて、テーブルの上の硬貨を拾い集めた。
――モンスター十体か。
彼方は唇を強く結ぶ。
――強いモンスターみたいだけど、ザルドゥよりは弱いはずだ。それに、僕も戦闘に慣れてきてる。
「…………ねぇ、ミケ。依頼を受けようよ」
「にゃっ!?」
ミケの頭部に生えた耳がぴくりと動いた。
「危険が危ない依頼にゃ。死んだら、黒毛牛のステーキが食べられなくなるにゃ」
「うん。でも、ルトさんを助けてあげたいから」
彼方はミケの耳を優しく撫でる。
「大丈夫だよ。僕はこれでも強いから」
「えっ? 受けるの?」
ジーニがぱちぱちとまぶたを動かす。
「あのさ、この依頼が危険なことはわかってるんだよね?」
「はい。Cランク以上のパーティでないと難しい仕事だと理解しました」
「…………ちょっとこっちに来て!」
ジーニは彼方の手を掴んで、応接室を出た。誰もいない廊下で、彼女は彼方に耳を寄せる。
「本気で、この依頼を受ける気?」
「ええ。というか、ジーニさんも、それを望んでたんじゃ?」
「…………あなたたちが断ると思ってたのよ。Fランクの冒険者にも断られたら、あのゴーレムさんも納得すると思ってさ」
ジーニは腰に手を当てて、彼方の顔を覗き込む。
「私たち、受付はね。冒険者にアドバイスするのも仕事なの。で、ぶっちゃけると、あなた死ぬから」
「死ぬ?」
「そう。ゴーレム村を襲ってるモンスターたちは、話を聞く限り相当強い。オーガもいるし、呪文を使えるモンスターもいるの。ちゃんと理解してる?」
ジーニは彼方の左胸を人差し指で突く。
「あなたが死んだら、私の評価も落ちるんだからね。Fランクの冒険者に危険な依頼をまかせたってさ」
「大丈夫ですよ。危険だと思ったら、逃げちゃいますから」
「言っとくけど、その場合は、報酬はもらえないから」
「はい。わかってます」
「…………じゃあ、契約書を作るから、死んでも恨まないでね」
ジーニは右手の人差し指と中指を絡めて、彼方に向かって祈るようにまぶたを閉じた。