能力覚醒
彼方は二匹のモンスターに連れられ、牢屋に閉じ込められた。
そこは鍾乳洞の行き止まりを利用していて、広さは縦横五メートル程で頑丈な格子が設置されていた。 空気はひんやりとしていて、どこからか水滴の音が聞こえている。
彼方は汚れたシャツをずらして、肩の傷を確認した。
血は既に止まっているが、動かすと僅かに痛みを感じる。
「どうして、こんなことに…………」
そうつぶやきながら、しっとりと湿った地面に腰を下ろす。
――僕は間違いなく放課後の教室にいた。その後、景色が歪んで…………あ…………。
「そうだ。七原さんはどうなったんだ?」
彼方は香鈴のことを思い出した。
――もし、七原さんが僕と同じように別の世界に来ていたら、命の危険がある。なんとか、彼女を捜して…………。
「いや、捜せるような状況じゃないか。僕は明日死ぬんだし」
乾いた笑い声が自分の口から漏れた。
――こんな状況じゃ、何もできない。あの格子を壊すのは無理だし、仮に逃げ出しても、鍾乳洞の中はモンスターだらけだ。力だって人間より強いだろうし、魔力というものがあるのなら、呪文を使えるモンスターもいるんだろう。
彼方は立ち上がって、格子に近づいた。格子は鉄製で太さが四センチ以上あり、扉の部分には頑丈な錠前がついていた。格子のすき間からその錠前に触れてみるが、鍵がなければ開けられるようなものではない。
「逃げられる…………わけないか。牢屋なんだし」
彼方は深く息を吐き出して、視線を壁に向ける。壁には金属の棒が突き刺さっていて、そこにカンテラのようなものが掛けられていた。中には光る石が入っていて、ぼんやりと周囲を照らしている。
――こんな光る石、見たことない。やっぱり、ここは僕のいた世界とは違うってことか。
絶望的な状況に、周囲の空気が重く感じた。
「異世界転移…………か。こんなことが本当に起こるなんて…………」
ふと、『カードマスター・ファンタジー』のことを思い出す。
「これが、ゲームの世界だったら、なんとかなったかもしれないのに。リストから、カードを選んで…………」
その時だった。
聞き覚えのあるゲーム音とともに、彼方の周りに数百枚のカードが現れた。カードは彼方を囲うように縦に六列、横に五十段で並んでいる。
「な、何だこれ?」
彼方は宙に浮かんでいるカードに手を伸ばした。指先にカードが触れた感触がある。
「幻覚じゃ…………ない」
彼方は、ザルドゥの言葉を思い出した。
――異界人の中には、強力な武器や防具、アイテムを持つ者がいるって言ってた。もしかして、このカードが強力なアイテムってことなのか?
「もし、このカードが使えるのなら…………」
彼方は伸ばした右手を真横に振った。それに合わせて、カードの位置がずれるように移動する。
――そうか。スマホのフリックと同じ感じなんだ。こうやって手を動かせば、背中側にあるカードも見れるようになる。
彼方は『リカバリー』と書かれたカードに指の先を押しつけた。
◇◇◇
【呪文カード:リカバリー】
【レア度:★★★(3) 効果:対象の体力、ケガを回復させる。再使用時間:3日】
◇◇◇
鉄琴を叩いたような音がして、彼方の右手が白く輝いた。
「これが…………リカバリー?」
彼方は右手を自分の肩に近づける。白い光が肩を照らし、数秒も経たないうちに、体がすっと軽くなった。
「あ…………」
彼方は慌てて自分の肩を確認する。肩の傷は完全に消えていた。
「これは…………」
彼方は使った『リカバリー』のカードを確認する。
カードはさっきと違って、上部に×印がついている。
――そうか。再使用時間が三日だから、その間は『リカバリー』のカードは使えないってことか。この制限はカードゲームの時にはなかったし、効果の文章も変化してる。前は『対象のクリーチャーの体力を回復する』みたいな書き方だったのに…………。
視線を上下左右に動かして、ひとつひとつカードを確認する。
――カードは召喚カードが百種類、アイテムカードが百種類、呪文カードが百種類で、合計三百種類ある。再使用期間は…………レア度が高いカード程、長いみたいだな。一番、時間がかかるのは、★十個のカードで三十日間も使えないのか。ゲームと同じなら、クリーチャーは場に二体まで召喚できて、アイテムカードは場に三つまで出せた。
「これだけカードがあって、それが効果通りなら、生き延びるチャンスはある」
――召喚カードを使ってみよう。とりあえず、召喚時間が長いクリーチャーのほうがいいか。
彼方は左上にあるカードに指を押しつけた。
◇◇◇
【召喚カード:忠実なる戦闘メイド 魅夜】
【レア度:★★★★(4) 属性:火 攻撃力:700 防御力:200 体力:700 魔力:1200 能力:闇属性のナイフを装備し、火属性の魔法が使える。召喚時間:2日。再使用時間:10日】
【フレーバーテキスト:アクア王国の戦闘メイドには注意したほうがいい。彼女たちは美しいだけではなく、魔法も武器も使える戦士なんだ】
◇◇◇
眩しい光とともに、目の前に黒いメイド服を着た十代半ばぐらいの少女が姿を現した。 ツインテールの髪は黒く、左右の瞳の色が違っていた。右の瞳はルビーのように赤く、左の瞳は黒曜石のように黒い。
少女――
「私の力が必要ですか? 彼方様」
「…………僕の名前を知ってるんだね?」
「ええ。私のマスターですから」
魅夜は首を右に傾けて、微笑した。
「では、ご命令を」
「僕が命令できるの?」
「もちろんです。私にできることなら、どんな命令でも従います。口づけでも夜のご奉仕でも」
「よっ、夜って…………」
彼方の顔が赤くなる。
――カードのクリーチャーと会話ができるのか。ゲームの中だと、決め台詞しか喋らなかったのに。まるで、意思を持っているみたいだ。
「まあ、そんな状況じゃなさそうですね。ベッドもありませんし、とりあえず、ここから出ましょうか」
「いや、その前に聞きたいことがあるんだ」
彼方は魅夜の肩に触れた。
「…………君は自分がカードのクリーチャーだってわかってるの?」
「はい。アクア王国の戦闘メイドで、メインの武器は闇属性のナイフです。あと、炎の呪文を使えます」
「それは、カードのフレーバーテキストにも書かれてたね」
「ちゃんと覚えていてくれたんですね。嬉しいです」
うっとりとした顔で魅夜は彼方を見つめる。揺らめく赤と黒の瞳に彼方の顔が映し出される。
「もう一つ質問。リグワールドって知ってる? この世界のことらしいんだけど」
「知りませんね。アクア王国があったのは、ネオカオスの世界ですし」
「…………そうか」
――カードマスター・ファンタジーのストーリーにも、リグワールドや魔神ザルドウのことは書かれてなかった。ゲームの世界と、この世界は関係ないってことか。となると、問題は召喚したクリーチャーがこの世界のモンスターたちと戦えるレベルなのかどうかか。
彼方は魅夜を見つめる。
――カードゲームの中じゃ、魅夜はなかなか強いカードだった。序盤に場に出せれば、魔法のナイフと攻撃呪文で対戦相手のクリーチャーを何体も破壊できたし。だけど、この世界のモンスターのほうが強い可能性はある。
「…………魅夜」
「はい。何でしょう?」
「召喚して、こんなことを言うのもなんだけど、この世界、すごく危険なんだ。もしかしたら、死ぬかもしれない」
「私が死ぬことはありません」
魅夜はきっぱりと答えた。
「私はカードですから、致命傷を負ってもカードに戻るだけです」
「あ、そうなんだ。じゃあ、他の召喚カードも?」
「同じですね。ただ…………」
「ただ、何?」
「彼方様が死んだら、私たちカードも終わりです。消滅してしまうでしょう」
その言葉に、彼方の表情が強張った。
「だから、私たちは彼方様に忠誠を誓い、命をかけて守るんです」
「…………そうか。死なないのか」
彼方は腕を組んで思考する。
――召喚カードのクリーチャーが死なないのなら、戦略、戦術の幅を広げることができる。ゲームと違って、ランダムにカードを引くわけじゃないから、いろんな作戦が使えるし。ただ、何にしても、カードがどの程度使えるか…………だな。変更されてるテキストデーターも、まだ、しっかり確認してないし。
「おいっ!」
突然、男の声が聞こえてきた。
視線を動かすと、最初に出会ったヘビの頭部を持つモンスターが格子の外に立っていた。