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王都への帰還

 王都に近づくと、彼方は門の前にザックとムルがいることに気づいた。

 二人の周りには、数人の冒険者らしき男たちが集まっている。

 彼方の耳にザックの声が聞こえてきた。


「…………いいか。まずは俺たちが遺跡の地下に入る。アックとレオンは呪文でサポートしてくれ。ニールは回復を頼む」

「俺は何をすればいいんだ?」


 太った男がザックに声をかけた。


「マルクは見張りだ。外から戻ってくるゴブリンがいるかもしれねぇ」

「俺一人だけでかよ?」

「中でゴブリンの集団と戦うよりマシだろ!」


 ザックの声が荒くなった。


「とにかく、急ぐぞ。きっと、今頃、レーネはゴブリンどもに…………」

「何、変なこと想像してんの!」


 彼方の隣にいたレーネが、ため息をついてザックに近づいた。


 ザックは目の前に立っているレーネを見て、ぽかんとした顔になった。


「…………は?」


 驚いているのはザックだけではなかった。側にいたムルも、金魚のように口をぱくぱくと動かしている。


「お、お前…………」


 ザックが震える指でレーネを指差した。


「どっ、どうしてここにいるんだ?」

「逃げ出してきたからに決まってるでしょ」


 レーネは呆れた顔で、ザックの腕を叩く。


「この通り、ゴーストでもゾンビでもないから」

「…………はあっ!? どうやって逃げたんだ?」

「彼方が助けてくれたの」

「彼方?」


 ザックがレーネの横にいた彼方に視線を動かす。


「お、お前がレーネを助けたのか?」


「うん」と彼方は答える。


「なんとか遺跡の地下でレーネを見つけることができたからね。運がよかったよ」

「待て待てっ! Fランクのお前だけで助けに行ったってことか?」

「なんとかなると思ったから」

「なんとかって…………」


 ザックは呆然とした顔で彼方を見つめる。


「なんだよ。バカバカしい」


 マルクが大きく舌打ちをした。


「解散だ、解散!」


 集まっていた男たちが、ため息をつきながら彼方たちに背を向けた。


「Fランク独りでやれるような仕事で呼び出しやがって」

「おいっ、酒場で飲もうぜ」

「そうだな。ザック、お前のつけにしておくからな」


 男たちは、ぶつぶつとザックに文句を言いながら去っていった。


 ――これで、僕の仕事は終わりだな。とりあえず、裏路地の三角亭に行くか。ミケが待ってるだろうし。


 彼方が門に向かおうとすると、レーネが背後から彼方の肩を掴んだ。


「ちょっと、どこに行こうとしてるの?」

「いや、ミケが料理屋で待ってるんです」

「それなら、私たちも行くから」

「えっ? 私たちって、ザックさんとムルさんもですか?」

「そうよ。ダメなの?」

「いや、でも、僕は銅貨一枚しか持ってないし、ミケもチャモ鳥を換金してるはずだけど、銀貨一枚と銅貨五枚分ぐらいなんですよ。だから、五人分の食事は厳しくて」

「私たちがおごるに決まってるでしょ!」


 レーネが眉を吊り上げて、彼方を睨みつける。


「あのさ、助けてもらったのは私なの。それなのに、私があなたにたかるわけないでしょ」

「ミケの分もいいの?」

「もちろん! いいよね? ザック」


 レーネがザックに声をかける。


「あ…………ああ」


 ザックは口を半開きにしたまま、首を縦に動かした。


 ◇


 裏路地の三角亭で、彼方、ミケ、レーネ、ザック、ムルは乾杯をした。

 彼方とレーネは野苺のソーダ。ザックとムルはエール。ミケはミルク。

 丸テーブルの上には、黒毛牛のステーキにチーズが振りかけられた野菜サラダ、魚の香草焼きにシチューが並べられていた。


「さあ、好きに食ってくれ」


 ザックがそう言うと、ミケが紫色の瞳を輝かせた。


「ほ、本当に食べていいのかにゃ?」

「ああ。足りなきゃ、追加で頼んでもいいぞ」

「やったにゃあああ!」


 ミケは黒毛牛のステーキにフォークを突き刺し、食べ始める。


「…………ううう…………美味しいにゃ。美味しいにゃあ」

「おいおい、泣くほど嬉しいのかよ?」

「黒毛牛のステーキは一年ぶりなのにゃ。しかも、前は一切れしか食べられなかったのにゃ」

「それなら、今日は死ぬほど食っとけ」

「うむにゃ。ミケは命かけるにゃ」


 ミケは真剣な表情で、もぐもぐと口を動かす。


「で、彼方」


 ザックが視線を彼方に向ける。


「お前には騙されたぞ。何がFランクだ」

「いや、僕がランクを決めたわけじゃないから」


 彼方は困った顔で頭をかく。


「でも、Fランクは妥当な判断だと思うよ。僕はこの世界のこと何も知らないから」

「何も知らなくても、お前はDランク以上の実力があるぞ」

「何言ってんの」


 レーネがフォークの先で彼方を指差した。


「彼方はBランクだって」

「それは、さすがにないだろう」


 エールを飲み終えたムルが言った。


「Bランクはドラゴン退治にも呼び出される連中だ。戦闘能力は高く、パーティーを組まずに単独でダンジョン探索もやってる奴もいる」

「そんなことはわかってる。彼方はそのレベルってこと」

「こいつがか?」

「現実に、彼方は独りでゴブリンが百匹以上いる遺跡に侵入して、私を助けたんだからね」


 レーネは野苺のソーダのおかわりを店主のポタンに頼んで、言葉を続ける。


「彼方はね、直接的な戦闘のセンスが抜群なの。それだけでCランクレベルだと思うし、それに加えて、攻撃呪文も使えるんだから。さらに召喚呪文もね」

「そこなんだよ」


 ザックが酒臭い息を吐いた。


「お前、召喚呪文も使えるのか?」

「…………まあ、使える…………かな」


 彼方はザックの質問に答えた。


 ――今さら、ごまかすのは無理か。レーネには召喚クリーチャーの亜里沙を見られてるしな。


「いろいろ制限もあるんだけど、そのへんは秘密ってことで」

「…………そうか。とにかく、お前はたいしたもんだ。普通、魔術師や召喚師は近づかれたら終わりだからな。その時に、武器で戦えるのなら、死ににくくなる」

「呪文を使える剣士とかいないんですか?」

「低レベルの呪文なら、俺も使えるが、実践では剣を使ったほうが早いからな。ちんたら、呪文を詠唱してたら、敵に斬られちまうし」

「だから、彼方はBランクなんだよ」


 レーネが言った。


「もう、魔法戦士を名乗ってもいい気がするけど」

「魔法戦士だったら、たしかにBランク以上だな。あいつらの物理攻撃と呪文攻撃の組み合わせは敵になったらヤバイ」

「彼方なら、昇級試験をどんどんクリアして、すぐにBクラスになれると思う」

「お前は彼方に助けられたから、判断が甘くなってるんだろ。それとも、彼方に惚れちまったか?」

「は、はあっ!?」


 レーネの顔が真っ赤になった。


「おい、彼方。こいつは胸は小さくて、ちょっと痩せてるが、顔は悪くないだろ。恋人にしてやったらどうだ?」

「恋人って、レーネの恋人はザックさんかムルさんじゃないんですか?」


 彼方の質問に、ザックが笑い出した。


「はははっ! 俺はもっと年齢が高くて、胸がでかいほうが好みなんでな。ムルは同じ獣人の恋人がいるし」

「ザックっ!」


 レーネが丸テーブルから身を乗り出し、ザックの頭を軽く叩いた。


「私だって、あと二、三年もすれば、少しは成長するんだから」

「シーフなら、成長しないほうがいいと思うがな」


 店内に笑い声が響く。


 彼方は野苺のソーダを飲みながら、頬を緩めた。


 ――何はともあれ、レーネを助けられてよかった。今日の食事はザックさんたちのおごりみたいだし、ミケから銅貨八枚ももらえた。この調子で頑張っていこう。


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