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冒険者ギルド

 町の外の草原で野宿した彼方とミケは、再び朝に町の中に入り、冒険者ギルドに向かった。


 冒険者ギルドは大通りの広場の前にあり、四階建ての建物だった。

 大きな扉を開けて中に入ると、多くの冒険者たちが集まっていた。

 巨大な斧をかついだ大男、甲冑を装備した剣士に黒いフードをかぶり、杖を持った女魔道師。種族も人間、エルフ、獣人にそのハーフとばらばらだった。


 彼らは真剣な表情でボードに貼られた依頼書を見つめている。

 彼方の耳に彼らの声が届いた。


「トトの村のゴブリン退治で金貨三枚か。渋いな。せめて四枚は欲しいところだが」

「それなら、商人の護衛の仕事はどう? こっちは金貨十枚出すみたい」

「だが、イリューネ国までだと時間がかかるな。それに途中にあるガドラ峡谷には、やばい盗賊団が出るらしい」

「ちっ! この仕事はCランク以上か。昇級試験受けとけばよかったな」

「お前じゃ、まだCランクは無理だって」

「あぁ? ケンカ売ってんのか?」

「ねぇ、誰か、Eランク以上でパーティ組んでくれない? 回復魔法が使える魔道師がいいんだけど」


 ――この人たちが冒険者ってことか。どうやら、ランク分けがしてあるみたいだな。


「彼方、こっちにゃ」


 ミケが彼方の手を引っ張って、一番奥にある受付に向かう。

 受付には、二十代ぐらいの女がいた。女はおっとりした顔立ちで、丸いメガネをかけていた。耳がわずかに尖っていて、白いシャツを着ている。


 ――この人はエルフ…………いや、ハーフエルフなのかな? ティアナールさんの耳よりは小さめだし、セミロングの髪はつやのある黒髪だ。胸も…………大きい。まあ、華奢じゃないエルフがいる可能性もあるか。所詮、僕のエルフの知識はファンタジー小説やRPGで知ったものだし。


 女はミケの姿を見て、白い頬をぴくりと動かした。


「あ…………み、ミケさん」

「ミルカちゃん、おひさにゃああ」

「い、いえ。ミケさんは昨日も来てましたよね」


 女――ミルカは眉を中央に寄せて、ひくひくと笑う。


「そうだったかにゃ?」

「ええ。ちゃんと記録に残ってますから」

「まあ、そんなことはどうでもいいにゃ。仕事あるかにゃ?」

「残念ながら、今日もFランクの冒険者用の仕事はないんです」

「はうん」


 ミケが変な声を出す。


「今日もないのかにゃ?」

「申し訳ありませんが、Fランクでも大丈夫な依頼は少ないんです。って、これ、いつも言ってますよね?」


 ミルカは深く息を吐き出した。


「昇級試験は月に一度やってますから、せめてEランクになってもらえると、仕事の紹介もしやすいのですが」

「ミケは十回連続で落ちてるにゃ」

「あ、そうでしたか」

「試験難しいのにゃ。もっと優しくして欲しいにゃ」

「それは、私にできることではありませんから」

「ううーっ」

「うなってもダメです!」


 そう言って、ミルカは視線を彼方に向ける。


「それで、この方は?」

「あ、そうだったにゃ。彼方はミケの親友で、冒険者の登録をしにきたのにゃ」

「…………もしかして、異界人ですか?」

「はい。そうみたいです」


 彼方はミルカの質問に答える。


「異界人でも、冒険者になれますか?」

「ええ。問題ありませんよ。過去に冒険者として活躍した異界人もいますから」


 ミルカは机の上にあった水晶玉を彼方の前に差し出した。


「この水晶玉に手をかざしてください」

「こうですか?」


 彼方は水晶玉に手を近づける。水晶玉の中央が薄く黄緑色に輝く。


「はい。それでいいですよ。えーと、魔力は…………ないみたいですね。力は…………平均値より、少し低めか」

「この水晶玉で、そんなこともわかるんですね?」

「ええ。強い魔力や力を持つ方の場合、水晶玉が濃く輝くんです。その色や模様で、ある程度の力量がわかるんですよ」

「…………そんな道具があるんだ」

「はい。冒険者の力量を判断するのも、私たちの仕事ですから」


 ミルカは黄白色の紙に彼方の情報を書き始めた。


「名前が…………氷室彼方さんで種族が人間…………出身は異界…………と。特技などありますか? 剣術を習っていたとか?」

「いえ。特にありません」

「こちらの世界に転移したのは、いつ頃ですか?」

「四日ぐらい前ですね」

「うーん…………」


 首を僅かに右に傾けて、ミルカは彼方をじっと見つめる。


「実は私の権限で、最初に冒険者のランクをFかEかDか決められるんです」

「Fが一番下のランクですよね?」

「はい。Dランクの冒険者が一番多く、Cランクから高い依頼料の仕事が増えます。Bランク、Aランクの冒険者はお金だけではなく、名声も手に入ります。そして、その上のSランクは歴史に名を残す方々ですね」


 ミルカは視線を宙に向け、うっとりと瞳を潤ませる。


「六属性の魔法を使いこなす大魔道士のリーフィル様、ドラゴンキラーの異名を持つ剣士アルゴル様、魔法戦士のユリエス様に槍使いのリサ様。吟遊詩人が歌の題材にする程の素晴らしい方々です」

「…………Sランクの冒険者って、その四人だけですか?」

「いいえ。ヨム国で活躍されているSランクは現在八人ですね。他の国にもSランクはいますから、ジウス大陸全体で五十人ぐらいでしょうか。と、話がそれてしまいましたね」


 ミルカはコホンと咳払いをして、背筋をピンと伸ばす。


「彼方様は、異界人ということもあって、この世界に慣れてないはずです。それに魔力がゼロってことは、魔力攻撃への耐性もゼロってことですし。こうなると、Fランクから始めてもらうことになります」

「はい。わかりました」

「え? いいんですか?」


 ミルカが驚いた顔をする。


「Fランクからだと、仕事の依頼も少ないので文句を言う方が多いんですけど」

「この世界のことを何も知らないのは事実ですから、正しい判断だと思います。それに昇級試験もあるんですよね?」

「はい。月初めにやってますから、そこで合格すれば、すぐにEランクになることができますよ」

「それなら、問題ありません」


 彼方はこくりとうなずく。


「一つ、質問していいですか?」

「はい。何でしょう?」

「この世界には、ザルドゥという魔神がいますよね。そいつを倒せる冒険者がいたら、どのランクになるんですか?」

「それは、当然Sランクですよ」


 ミルカは笑いながら答えた。


「魔神ザルドゥはジウス大陸を支配しようとしている最悪最強の上位モンスターです。残念ですが、Sランクの冒険者だけのパーティーを組んでも、倒すのは不可能でしょうね」

「そう…………ですか」

「でも、何で、そんなことを?」

「いえ。Sランクがどのぐらい強いのかを知りたくて」

「まあ、ザルドゥを倒すのは無理でも、Sランクの冒険者が災害レベルの危険なモンスターを倒した記録はいっぱい残ってますから」

「…………なるほど」


 彼方は机の上に置かれた水晶玉を見つめる。


 ――僕がザルドゥを倒したと言っても、アルベールさんが信じなかったのは当然の反応だったってことか。


「彼方さん、これをどうぞ」


 ミルカが茶色のプレートを彼方に渡した。そのプレートは縦三センチ横六センチ程で八桁の数字が刻まれていた。


「そのプレートは彼方様がFランクの冒険者だと証明するものです。身につけておいてください」

「見える場所のほうがいいんですか?」

「そのへんは自由です。ネックレスにしたり、鎧やベルトにつけている方が多いですね。あと、ランクが低い方は目立たない場所につけることが多いです」

「ってことは、ランクごとにプレートの形か色が違うんですね?」

「その通りです。Fランクは茶色、Eランクが黄土色、Dランクは緑色、Cランクが青色、Bランクが銀色、Aランクが金色でSランクが白色です。ランクの高い方は目立つ場所につけることが多いですね」


 ミルカは隣の受付にいるエルフの男に視線を向けた。その男のベルトには青色のプレートがはめ込まれている。


「あのエルフさんは、青色だからCランクってことですね」

「たしかに目立つ場所につけてますね」

「それで、さっきもミケさんにお伝えしたように、現在、Fランクの冒険者用の依頼はないんです」

「そうみたいですね」


 彼方はふっと息を吐く。


 ――とりあえず、登録はできたし、ポジティブに考えるか。


「あ、そうだ。冒険者の中に七原香鈴って名前の異界人はいませんか?」

「香鈴…………さんですか?」


 ミルカは腕を組んで考え込む。


「異界人の方が冒険者ギルドに登録することは多いはずですが、記憶にはありませんね。今度、名簿を調べておきます」

「ありがとうございます」


 彼方はミルカに向かって、丁寧に頭を下げる。


 ――七原さんもこの世界に転移したのなら、冒険者になっている可能性は高いはずだ。早く見つけてあげないと。


「彼方っ!」


 ミケが彼方のシャツを引っ張った。


「お仕事がないのなら、しょうがないのにゃ。今日はミケといっしょにガリアの森に行くにゃ」

「ガリアの森に何かあるの?」

「チャモ鳥か赤猪を捕まえたら、お肉屋さんに売れるのにゃ。果物は野菜屋さんに売れるにゃ」

「依頼がなくても、そういう稼ぎ方もあるってことだね」

「うむにゃ。ミケは今までパーティーに入れてもらえなくて、ずっと独りだったにゃ」

「…………そっ、そうなんだね。なんとなく、予想できるけど」

「だから、彼方がミケとパーティーを組んでくれたら、嬉しいにゃ。二人ならモンスターも倒せるかもしれないにゃ」


 ミケは彼方の腰に抱きつく。


「ミケとパーティ組むにゃ。組んでくれたら、特別にミケのしっぽを触っていいにゃ」


 そう言って、ミケは頬を赤らめる。


「いや、君のしっぽを触っても、別に楽しいものじゃないし…………」


 彼方はぐりぐりと頭を押しつけてくるミケを見つめる。


 ――まあ、いいか。ミケは悪い子じゃないし、僕だって、この世界のことを何も知らない異界人だ。他のパーティーに入れる可能性も低いだろう。


「わかった。じゃあ、パーティーを組もうか」

「にゃっ! やったにゃ!」


 ミケは紫色の瞳を輝かせる。


「早速、ガリアの森に出掛けるにゃ!」

「そうだね。もう、お金はないんだし、自分の力で稼ぐしかないか」


 彼方は受け取った茶色のプレートを強く握り締める。


 ――元の世界では、本気を出さなくても生きていけた。でも、ここではそうはいかない。情報を多く手に入れて、知識を増やしていこう。そうすれば、カードだけじゃなく、僕の洞察力が使えるようになる。


 彼方は薄い唇を真っ直ぐに結んだ。


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