魔神ザルドゥvs死者の王ガデス
「さて…………と、まずはお前の力がどの程度か、確かめさせてもらうか」
ザルドゥは右手を軽く前に出した。宙にいびつな形をした杖が出現した。その杖を握り締め、ザルドゥは視線をガデスに向ける。
杖の先から黄金色の光球が放たれた。その光球をガデスが右手のひらで受ける。光球が破裂し、周囲の景色が真っ白になった。しかし、ガデスの体に変化はない。
ガデスはゆらゆらと上半身を揺らしながら、長い指を動かす。
「…………この程度の呪文しか使えないのか?」
「安心しろ。今のは挨拶がわりの下位の呪文だ」
「それは楽しみだ」
ガデスは滑るように移動して、ザルドゥに近づく。周囲に漂う黒い霧がザルドゥの体を包んだ。
「むっ…………」
ザルドゥは僅かに表情を曇らせて、杖を斜めに振り下ろす。黒い霧が一瞬でかき消え、ガデスのローブが切り裂かれる。
ガデスはすっと後方に移動して、両手の指を胸元で絡ませる。ガデスの周囲に五つの黒い炎が現れ、それらが意思を持っているかのようにザルドゥに襲い掛かった。
「無駄な攻撃を…………」
ザルドゥは杖を持っていない手を真横に振った。ザルドゥの周りに半透明の赤い膜ができ、それに触れた炎が一瞬で消える。
その瞬間、ガデスがザルドゥの背後に回り込んだ。素早い動きでザルドゥの背中の鱗を切り裂く。
青紫色の血が磨かれた石の床に落ちる。
「ザルドゥ様っ!」
ミュリックが悲鳴のような声をあげた。
「騒ぐな、ミュリック。かすり傷だ」
ザルドゥは片方の唇の端を吊り上げる。
「しかし、傷をつけられるのは久しぶりだな。この高揚感は悪くない」
「ならば、もっと喜ばせてやろう」
ガデスは今までより速い動きで、ザルドゥの周囲を回り出す。ガデスから染み出した黒い霧が周囲に広がっていく。
その霧がザルドゥの顔を覆った瞬間、ガデスの動きが変化した。側面から一気にザルドゥに近づき、尖った爪の先を突き出した。ザルドゥの脇腹にガデスの指が突き刺さる。
しかし、ザルドゥは動きを止めなかった。巨体とは思えないスピードで杖を斜めに振り下ろす。ガデスが杖を左手で受けた瞬間、その手が砕けた。
「グウッ…………」
ガデスはうめき声をあげて、ザルドゥから距離を取る。
「終わりだっ!」
ザルドゥは杖の先端をガデスに向けた。ガデスの肩が赤くなり、バンと大きな音を立てて破裂した。
「グッ…………ググッ…………」
ガデスの肩は大きくえぐれ、その部分から黒い血が流れ落ちた。
「…………ほう。まだ生きておるか。たいしたものだ」
ザルドゥは肩とアゴの一部がなくなったガデスを見て、感嘆の声を漏らした。
「だが、その状態でこれをかわせるかな」
ザルドゥは杖を真横に振った。一瞬でガデスが炎に包まれる。
「ガアアアアッ!」
「褒めてやるぞ。ガデスとやら」
ザルドゥは針のように目を細めた。
「勇者ルーシャンも我にここまでの手傷を負わせることはできなかった」
「お見事です」
トロスがザルドゥに向かって、深く頭を下げた。
「さすがですな。余力を残して、これほどの死霊使いを倒すとは」
「六割程度の力は使ったがな。まあ、たまには体を動かすのも悪くない」
「…………ふっ、ふふふっ」
突然、倒れていたガデスが笑い出した。
「何だ? まだ生きていたのか」
ザルドゥは無造作にガデスに近づく。
「たいしたものだが、もう、動くことはできまい」
「…………そう……だな。我は貴様に敗れた。それは認めよう」
「ほう、認めてくれるのか」
「だが、お前は死ぬ」
「…………死ぬ?」
「そ…………そうだ」
ガデスは歯をカチカチと鳴らして笑った。
「お前はたしかに強い。だが…………我がマスターに勝てるとは思えん」
「マスターとはあの異界人のことだな。戯れ言を」
「さて、どうかな。結果はすぐに…………わか…………る」
ガデスの体が青白い光に包まれ、カードに変化した。そして、そのカードが一瞬で消える。
「負け惜しみね」
ミュリックが肩をすくめる。
「異界の召喚師ごときが、ザルドゥ様に勝てるわけないのに」
「そうですな」
トロスが同意した。
「ザルドゥ様の名も異界までは届いていないでしょうから」
「それもそうね。で、これからどうするの?」
「まずは状況を確認しましょう。死霊使いが死んだことで、スケルトンも消滅したかもしれません」
「いいえ。消滅しません」
玉座の前に少年の声が響いた。
ザルドゥ、ミュリック、トロスが玉座の前の入り口に視線を向ける。その視線の先には、彼方が立っていた。
彼方はゆっくりとザルドゥたちに歩み寄る。その背後には、ティアナールと魅夜がいた。二人は彼方を守るように武器を構えている。
ザルドゥから十数メートルの距離で、彼方は足を止めた。
「ガデスが死んでも、スケルトンは残ります。召喚時間を経過すれば彼らも消えますけど」
「…………なるほど」
ザルドゥは笑みを浮かべて、彼方を見下ろす。
「魔力ゼロのゴミと思っていたが、あれほど強力な死霊使いを召喚できるとはな。それだけの力があると最初からわかっていれば、配下にしてやったのだが…………」
「今は無理ってことですか?」
「そうだ。お前は我が配下を殺しすぎた。その償いをしてもらわんとな」
「では、戦うしかないってことですね」
「戦う? お前の死霊使いは殺したのだぞ」
「ええ。でも、僕は別のクリーチャーを召喚できますから」
「…………ほう。だが、あの死霊使いより強い者を召喚できるとは思えぬな」
ザルドゥはノドを鳴らすようにして笑った。
「まあ、いい。召喚師のお前を直接殺してもいいが、絶望を与えてやるのも悪くない。何でも好きに召喚するといい」
「…………そうですか」
彼方はじっとザルドゥを見つめる。その巨体は象よりも大きく、対峙するだけで全身の血が冷えていく気がした。
――ザルドゥも僕を召喚師と誤解している。圧倒的な力を持っているから、油断してるんだ。
視線を動かすと、ザルドゥの脇腹から血が流れ出しているのが見えた。
――ガデスと戦って傷ついたのか。深手ではなさそうだけど、今がチャンスだ。ここは、最高ランクの召喚カードを使う!
彼方の周りにカードが浮かび上がった。