逆襲
「スケルトンの大群が暴れている?」
ザルドゥは巨体を揺らして、椅子から立ち上がった。
「どういうことだ? 各階層の軍団長は何をしてる?」
「それが…………」
トロスが額にある目を泳がせる。
「報告によると、第七階層、第九階層の軍団長が殺されたようです」
「…………殺されただと? スケルトンにか?」
「い、いえ。第九階層のジゴバはスケルトンを操る死霊使いにやられたようです。ダーグは…………異界人に殺されたと報告があがっております」
「魔力ゼロの異界人に軍団長がやられたのか?」
「申し訳ありません。私の見立て違いでした。どうやら、あの異界人は召喚師だったようです。そして、死霊使いを召喚したのでしょう」
「よく、わからんな」
ザルドゥが首をかしげる。
「あの異界人が、軍団長を倒すほどの死霊使いと契約できるとは思えん」
「我々の世界とは違う別の魔術体系があり、それを異界人が使えたと考えるしかありません」
「ふーん」
ザルドゥの側にいたミュリックがピンク色の髪の毛をかき上げながら、ぷっくりとした唇を開く。
「で、状況はどうなってるの?」
「スケルトンの大群は十一階層で軍団長ガルードの部隊と戦っております」
「それなら、スケルトンのほうは問題なさそうね。あんな最弱のモンスターが何十体いても、ガルードの精鋭部隊がやられるとは思えないし」
「それが苦戦しているようなのです」
トロスの眉間にしわが寄る。
「どうも、普通のスケルトンとは違うようです。腕が四本あって、攻撃力が増していますし、数が多すぎます」
「多いって、何百匹もいるってこと?」
「…………千以上です」
「千っ?」
ミュリックの目が丸くなる。
「その死霊使いが千匹もスケルトンを生みだしたってこと?」
「しかも、その数は増えているのです。どうも、殺されたモンスターの死体を利用しているようで」
「それは珍しいことじゃないわ。スケルトンは死体で作れるモンスターだし」
「ただ、その時間が速すぎます。千以上のスケルトンを作るには、大量の秘薬も必要なはず。とにかく、最優先にすべきは死霊使いを倒すことです。そうしないと、さらにスケルトンの数が増えていくでしょう」
その時、玉座の間に鎧を着たモンスターが入ってきた。
「ザルドゥ様、大変です!」
モンスターは息を荒くして、ザルドゥに駆け寄る。
「ガルード様が死霊使いに殺されました」
「なん…………だと!」
ザルドゥの声が僅かに掠れた。
「それは間違いないのか?」
「はっ、はい。ガルード様はスケルトンの大群に囲まれて傷を負ったところを死霊使いの呪文で命を落とされました」
「…………まさか、ガルードまでやられるとは」
「おいっ!」
トロスが鎧を着たモンスターに声をかけた。
「それで、戦況はどうなっている?」
「スケルトンの大群は三千以上に増え、この階層まで迫っております」
「三千以上っ?」
トロスがぽかんと口を開けた。
「前の報告から一時間も経ってないのに、そんなに増えたのか?」
「はい。既に第七、第八、第九階層は完全に制圧されています。この十二階層にもスケルトンが侵入していて…………」
「ここにもだと?」
「現在、十二階層軍団長のディグル様がオーガを率いて、死霊使いと戦っているようです」
「…………そうか。ディグルとオーガならば死霊使いは倒せるだろうが、スケルトンの大群をどうするか」
「ねぇ、トロス」
ミュリックがトロスの肩に触れる。
「ここにも兵士を増やしたほうがいいんじゃない?」
「必要ないでしょう。玉座の間の前には、選ばれた守護兵が集まっております。強化されているとはいえ、スケルトンごときに倒されるような弱者はおりません」
「たしかにそうね。それにザルドゥ様を守る必要なんて、もともとないんだし」
「ですな。まあ、我々はここで報告を待っていればいいのです。ディグルが死霊使いを倒すのを。そうすれば、スケルトンの大群も消えるでしょう」
「…………それは違うな」
突然、玉座の間の入り口からしゃがれた声が聞こえてきた。
「誰っ?」
ミュリックが鋭い声を出した。
「我の名は、死者の王ガデス」
「死霊使いっ? どうしてここに? ディグルは何をしてるの?」
「ディグル? ああ、こいつのことか」
ガデスは持っていたモンスターの頭部をミュリックの足元に放り投げた。それを見て、ミュリックの目が大きく開く。
「ディグル…………」
「褒めてやるといい。我と三分以上戦えたのだ。見事だったぞ。カカカッ!」
ガデスは歯をカチカチと鳴らして笑った。
「…………正気なの? お前が殺したのはザルドゥ様の配下の軍団長なのよ」
「ザルドゥ? 知らぬな。ゴブリンか?」
「ゴッ、ゴブリン…………」
ミュリックの開いた唇が小刻みに震えた。
「ザルドゥ様をゴブリン扱いする気?」
「じゃあ、オークか?」
「…………殺す」
ミュリックの声が低くなった。
「下がれ、ミュリック」
ザルドゥの声が玉座の間に響いた。
「なかなか面白いことを言うではないか。アンデッドごときが」
「…………カカッ」
ガデスは黒色のローブを揺らして、ザルドウに近づく。
「お前がこの迷宮の主のようだな。思い出したぞ」
「思い出した?」
「いや、ザルドゥという名のことだ。我がマスターがその名を口にしていた。どうやら、お前が倒すべき相手のようだ」
「倒す? このザルドゥを倒すと?」
ザルドゥのカエルのような口が耳元に向かって吊り上がる。
「やはり、お前は面白い。楽しませてもらった礼に相手をしてやる」
「お待ちを!」
トロスが慌てて、ザルドゥに歩み寄った。
「ザルドゥ様が戦う必要はありません。すぐに守護兵がここに…………」
「かまわん。死者の王に魔神の力を少し見せてやるだけだ。少し…………な」
そう言って、ザルドゥは黄金色の瞳を輝かせた。