告白
オレンジ色の光が射し込む放課後の教室で、
慣れた手つきで画面を操作して、召喚したドラゴンと勇者で対戦相手を攻撃する。
対戦相手のライフがゼロになり、画面に『YOU WIN』と表示された。
「すっ、すごいね」
突然、背後から声が聞こえてきた。
振り返ると、そこにはクラスメイトの
香鈴はクラスの女子の中で一番背が低く、幼い顔立ちと華奢な体格をしていた。髪型はツインテールで少し大きめの制服を着ている。そのため、彼方と同じ高校二年生なのに中学生のように見えた。
香鈴は色白の手でスマートフォンの画面を指差す。
「ランキング一位の『KANATA』って、彼方くんのことだよね?」
「今のところの順位だけどね」
彼方はスマートフォンから目を離さずにうなずく。
「上位ランカーは、ガチでトップを狙ってるから。賞金も出るし」
「賞金も出るんだ?」
「うん。『カードマスター・ファンタジー』は、カードの引きのような運の要素もあるけど、それだけじゃ、上位にいけないから。相手のデッキを予想して、手札にあるカードを最適な状況で使っていかないと」
そう言って、彼方はスマートフォンに人差し指を押しつける。
画面に、大小さまざまな魔法陣が宙に浮かんでいるイラストが表示された。
「例えばこの呪文カード『無限の魔法陣』は最強の攻撃呪文なんだけど、これを使ったら、次のターン、全てのカードが使用できなくなるんだ。つまり、状況判断が大事ってことだね。そのへんの駆け引きがカードゲームの面白いところかな」
「難しそうなゲームだね」
「ランキング一位を目指すなら…………ね」
彼方は視線を香鈴に向ける。
「で、僕に何か用?」
「えっ? 用?」
「うん。みんながいなくなるのを待ってから、声かけたみたいだから」
「あ…………」
香鈴の顔が熟れたトマトのように赤くなった。
「あ、あのね…………」
桜色の唇が微かに震えている。
「わ、私、彼方くんのことが…………すっ、好きです!」
「…………あぁ。そっか」
予想していた告白に、彼方は寝癖のついた自分の髪の毛に触れる。
――これが本当の告白なら、少しは嬉しいのかもしれないな。七原さんは、悪い子じゃないし。
目をぎゅっと閉じて、体を硬くしている香鈴を見て、ため息が漏れる。
「…………ごめん」
彼方の言葉に香鈴の顔が強張った。
「…………あ…………や、やっぱりそうだよね。私、子供っぽいし、クラスで一番頭悪いし」
「いや、謝ったのは告白の返事じゃないんだ。君が告白するのを僕が知ってたこと」
「え…………?」
「罰ゲームなんだろ?」
「あ…………ど、どうして知って」
香鈴の大きな目がぱっと開く。
「昼休みに、君が高橋さんたちとトランプやってて負けるところを見てたからね。で、罰ゲームやれって言われてた」
「で、でも、罰ゲームの内容は…………」
「うん。その後、君たちは教室から出て行ったから、そこまではわからなかったけど、この告白で予想はできるから。罰ゲームで負けた相手に告白させるのは、よくあることだし。どうせ、適当な相手に告白してこいって言われたんだろ?」
「そんなことまで、わかるんだ?」
「現実もゲームと同じで予想できるからね。あ、いや、ゲーム以上にわかりやすいか」
彼方は澄んだ瞳で、香鈴を見つめる。
「ネットゲームだと、相手の姿は見えないけど、現実はこの通り、表情に仕草に呼吸数に言動、情報だらけだよ」
「呼吸数?」
「うん。七原さんは運動の後でもないのに呼吸数が多かったし、表情もいつもと違って硬くなってた。緊張してるのが、すぐにわかったよ。それに高橋さんの性格のこともあるし」
「高橋さんの性格って?」
「高橋さんは女子のリーダー的な存在で、ちょっと意地悪なところがあるからね。その性格からも予想できる罰ゲームだったよ」
「…………そっか。ばれてたんだね」
「ばれたくなかったら、もっと、ましな男子を選ぶべきだったね」
彼方はふっと息を吐き出す。
「この通り、僕は外見も普通だし、ゲームばかりやってて友達もいない。こんな男子を好きになる女子なんていないから」
「そんなことないよ!」
突然、香鈴が大きな声を出した。
「彼方くんは、優しいし」
「優しい? 僕が?」
「うん。前に私がお医者さんになりたいって言ったら、みんな笑ったのに、彼方くんだけは笑わなかった」
「別に笑うようなことじゃなかったからね。医者を目指すなんて、すごいことだし、尊敬できる職業だと思う」
「私が赤点ばっかりでも、お医者さんになれると思う?」
香鈴の質問に、彼方はすぐにうなずく。
「君が本気で努力するなら、きっとなれるよ」
「…………やっぱり、彼方くんは優しいし、すごいなぁ」
「すごくないって。勉強もスポーツも平均以下だし」
「でも、それはわざとだよね?」
彼方の眉がぴくりと動いた。
「わざと?」
「うん。彼方くん、いつも本気出してないから」
「…………どうして、そんなこと思ったの?」
「いつも、見てたから」
恥ずかしそうな顔をして、香鈴は胸元で両手の指をからませる。
「体育の百メートル走の時にも、最後、ゆっくり走ってたし」
「…………よく、わかったね」
彼方は苦笑いを浮かべて、頭をかいた。
「気づかれるとは思わなかったよ。ずっと目立たないように気をつけてたのに」
「目立ちたくないの?」
「あんまり好きじゃないかな。静かにまったりと生きていくのが目標だし」
「変な目標だね」
「そうかな? 今の日本なら、そっちのほうが幸せに生きていける気がするよ。本気を出すのはゲームぐらいで充分。ランク一位になっても、身バレさえしなければリアルで目立つこともないし」
彼方は視線を窓の外に向ける。夕陽に染まった東京の街並みが見えた。
「と、話がそれちゃったね。まあ、罰ゲームなんて、やる必要なかったんだ。高橋さんたちも七原さんがちゃんと断ったら、強制はできないんだし」
「…………うん」
香鈴の頬が僅かに緩んだ。
「ん? どうかした?」
「彼方くんは頭がいいけど、一つだけ間違ってることがあるなって」
「間違ってること?」
「罰ゲームは、適当な相手に告白するんじゃないの」
「あれ、違うんだ?」
「うん。高橋さんは、好きな相手に告白するように、って言ったんだよ」
「え…………好きな相手?」
驚いた顔で彼方は香鈴を見つめる。
その時だった。
ドンと大きな音がして、周囲の景色がぐにゃりと歪んだ。
「じ、地震っ?」
香鈴が焦った声を出す。
「いや、地震じゃない。これは…………」
彼方は鋭い視線で周囲を見回す。
壁や窓が十センチ単位で細切れになり、ぱらぱらと剥がれ落ちていく。
「何だ、これ?」
――こんなこと、ありえない。幻覚…………なのか? でも、七原さんも僕と同じ光景を見ているみたいだ。ってことは、現実に起こっていること?
「え、ええっ?」
隣にいる香鈴の体が白く輝き始めた。
その光が周囲に広がっていく。
「七原さんっ!」
香鈴の手を掴んだ瞬間、視界が真っ白になり、彼方は意識を失った。
◇
最初に気づいたのは、頬に当たる冷たい土の感触だった。
彼方はゆっくりとまぶたを開き、上半身を起こした。髪の毛についた土を払いながら、辺りを見回す。
そこは薄暗い洞穴のように見えた。
高さが五メートル以上ある天井から、つららのような鍾乳石が無数に垂れ下がっている。
視線を落とすと、手元に白く輝く石が落ちていた。その石は他の場所にもあり、ぼんやりと周囲を照らしている。
「ここは、どこなんだ?」
彼方の疑問に答える者はいない。
――どうなってるんだ? 七原さんもいなくなってるし、わけがわからない。
その時、洞穴の奥から、カチャカチャと金属が擦れるような音が聞こえてきた。音はどんどん大きくなり、それが姿を見せた。
それはヘビのような頭部をした生物だった。身長は二メートル以上あり、漆黒の鎧を装備している。赤黒く細い舌をちろちろと動かして、金色の瞳で彼方を睨んだ。
爬虫類のような瞳に強い敵意を感じて、彼方の血が一瞬で冷えた。
――何だ、この生き物? まるでファンタジーに出てくるモンスターみたいだ。
「ギュ…………××××××」
それは甲高い鳴き声をあげて、彼方に襲い掛かってきた。