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懸賞金は増額される

 外は快晴で、旅に出るには絶好の天気だった。

 ふたりはちょうどいいタイミングで出ようとしていた乗合馬車に乗り込んだ。

 城門をくぐるとき、エミリに気づいた衛兵が「あっ!」と声を上げたが、エミリとニナがにっこりして手を振ると、


「——お気を付けて、大魔導師様! あなた様のおかげで、仲間の犠牲が最小限で済みました!」


 と最敬礼した。


「衛兵はちゃんと教育されてるのに、冒険者はなんであんなにバカなのかしら」

「あはは……」


 衛兵に手を振りつつつぶやいたエミリに、ニナは苦笑する。

 城門から出ると草原を吹き渡る風を、馬車の中でも感じた。

 国境越えの乗客はほとんどいない。

 うーん、とエミリが腕を組んで伸びをした。


「今、最っ高に気持ちがいいの。わかる?」

「あの……ほんとうによかったのでしょうか」

「なにが」

「エミリさんがせっかく冒険者として認められたのに……」

「なに言ってるのよ。アイツらが認めたのはあたしじゃなく、あたしが使った魔法よ」

「それは……」


 エミリの言っていることはわかる。

 だけれど一方で、「エミリの魔法」もまたエミリ自身であることに変わりはない。

 であれば自分といっしょに、ではなく、冒険者としてフルムンで生きていくことのほうがエミリにとって重要なことなのでは……? とどうしても思ってしまうのだ。


「——『冒険者は風のようにあれ』」


 不意に、エミリがつぶやいた。


「『風は誰にも捕まえられない』……」

「? どうしたんですか、急に……自作の詩ですか?」

「ち、違うわよ。あたしが好きな物語の一節に出てくるの。王道冒険譚のね。ネット(・・・)で読んだ、チート(・・・)もなにも出てこない、地味なファンタジー。途中でエタ(・・)っちゃったけどさ」

「???」

「ふふ。いーのいーの、気にしないで。ただね、あたしはそうありたいと思ったの。自由に生きるの。誰にもあたしを捕まえられないし、そんな権利はない」

「……エミリさんが、それでいいのでしたら」

「いいに決まってるじゃん!」


 しばらくエミリは目をつぶり、吹き抜ける風を感じているようだった。

 その横でニナは、彼女の横顔をじっと見つめている。


「……ニナ、まだ納得できない?」

「いえ……そうではありません」

「それじゃあ、どうしてそんなに考え込んでいるの?」

「いえ、その……」


 ニナは目を伏せた。


「今日のお食事をどうしようかと思いまして」

「……はい?」

「だって、エミリさんが食事を期待していると言いましたし」

「————」


 聞いたエミリは笑い出した。


「あはははははっ」

「ど、どうしたんですか?」

「いやー、あんた意外と大物だなって思って」

「?」


 どうやらニナは、さっきの会話でエミリのことをちゃんと理解してくれたらしい。

 むしろエミリのほうが気にしていた。

 ギルドでの大騒動、それに続くギルドマスターとのやりとり。

 それでニナもエミリといるのに嫌気が差していないか——エミリは心配だったのだ。

 だけれど、ニナの心配と言えば食事である。

 エミリが笑った理由もわからず、こてん、と首をかしげているのである。


「いーのいーの、気にしないで」

「エミリさん……これは由々しき問題ですよ。調理器具も素材も限られているだけでなく、旅先で厨房や火を使えるかという問題もあり……」

「それでもニナはあたしの期待を超えてくるんだろうなぁ」

「ええっ!? そこでさらにプレッシャーを掛けてくるんですか!?」

「ごめんごめん、冗談よ。あたしも手伝うね」

「ほんとうですか?」

「ええ。国を越えたらまた食事の文化も変わるし、楽しみよね〜」

「はい! どんなメイドさんがいるんだろう……」

「え、えぇ……そっち……?」


 ふたりの話は尽きない。

 だけれど時間は十分にあった。

 国境の町へと向かってのんびりと乗合馬車は走っていく。



     △



「ちょっと! このドレス、袖の長さが合ってないじゃない!? 仕立てたばかりなのにどういうことなのよ!」


 クレセンテ王国王都、マークウッド伯爵邸では伯爵令嬢の苛立った声が響き渡っていた。

 今日の夜会のためのドレスは、お嬢様の言うとおりわずかに違いがあった。

 ふつうの人間なら気づかないような違いではあったけれど、夜会は貴族の戦場。

 気づかれでもしたら陰でこそこそと笑われるのである。

 というか、他ならぬマークウッド伯爵令嬢が他家の令嬢のおかしなところを発見しては笑ってきたのだ。

 だから確信している。

 他家の令嬢は絶対自分の失点を見つけたら笑うに違いないと。


「すぐに直しなさい!」

「で、ですがお嬢様、夜会までもう3時間しかございません」

「なにバカなこと言ってるのよ!? 今までは10分とか20分でちゃちゃっと直したでしょ!? 早くやれ!」


 テーブルに置かれていたティーカップの中身をぶちまけられ、メイドたちは頭を下げた。

 ぷんぷんして令嬢は部屋を出て行った。


「…………」


 お嬢様がいなくなった部屋で、メイドたちは相談する。


「ていうかなにあれ? あの女、なに怒ってんの?」

「10分で直せるわけないっつうの。それどころか直し方知らないんだけど」

「あ〜あ、なんでお茶をぶちまけるわけ? 誰が掃除すると思ってんのよ……」

「そりゃニナにやらせれば——」


 と言いかけたメイドのひとりが、あっ、と声を上げる。


「ニナいないじゃん」

「げ〜、最悪……。あの10分で直せって命令も、ニナがいる前提の話じゃん」

「どうする?」

「どうもこうも、クビにしたのメイド長じゃん」

「ああ、あの人、壺割ったしね」

「あれってやっぱメイド長がやったの?」

「そりゃそうでしょ。あの人がいちばん宝物室に入ってたし」

「じゃ、メイド長に責任とってもらおう」

「そうしよ」


 メイドたちはこぞってメイド長の部屋を訪れた。


「——というわけで、ニナがいなくなったのでお嬢様のご用命にお応えできません」


 並んだメイドたちがぺこりと頭を下げる。


「な、な、な……!?」


 驚いたのはメイド長だ。


「あなたたち、それでもメイドですか!? お嬢様のお望みを叶えようという、殊勝な心構えはないのですか!」

「……メイド長がニナをクビにしたので」

「なっ!? 私が悪いと言うのですか!」

「私たちが今までやっておりませんでした不慣れな仕事でございますので、時間を掛ければできますが、今すぐ私たちがやるのは難しいという話です」

「うっ……」


 メイド長は口ごもる。

 実際のところは、時間を掛けてもメイドたちにはできっこないのだが。


「わ、わかりました……伯爵様に話してきます」


 恭しく頭を下げたメイドたちだったが、メイド長が出て行くと口元をにやりとした。

 メイド長は出がけの伯爵を見つけ、事情を伝える。

 ただ、その内容は実態とは違う。

 お嬢様のドレスを直せないのはメイドたちの腕が悪いのではなく、先日クビにしたメイドが必要な道具を持ち去り、しかもきちんと仕事を引き継いでいかなかったからだと伝えたのだ。

 今、メイドたちは必死で新しい仕事を覚えているところなので、今日ばかりは対応ができないと。

 つまり、またニナのせいにしたのである。


「またあのメイドか! まだ見つからんのか!?」

「は、はいっ、申し訳ありません……」


 メイド長は冷や汗をかいて頭を下げる。

 実のところ、こうして伯爵に怒られるのはこの10日で3回目だ。

 伯爵はもともと温厚だったが、壺を割られて以降、怒るようになった。

 機嫌が悪いのだろう——と最初はその程度に考えていたのだけれど、今は少し、違うように感じている。


(なんでだろう……)


 いつもと変わらない日々。

 なのに、伯爵の着ている服は少々よれ(・・)が目立つし、お屋敷内は少しばかりくすんだ(・・・・)ように感じられる。

 輝きを失っている。

 それが、恐ろしいことの予兆のようにメイド長には感じられる。


「懸賞金を増額しておけ! 忌々しい!」


 なにが変わったかと言えば、たったひとりメイドがいなくなっただけ。


「か、かしこまりました」


 苛立って出て行く伯爵を見送る。

 ただ、不興を買っただけだった。ドレスの問題は解決できていないし、お嬢様の機嫌も直っていない。

 結局は金を積んで、仕立屋を呼び出して大急ぎで直させた。

 こうして、ニナの懸賞金は「150万ゴールド」になった。

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