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魔導士は迷わない

 訓練場、とは名ばかりの、だだっ広い空き地だった。

 申し訳程度のカカシが置かれてあって、一応木剣を打ち込める。


「いいのか、『永久ルーキー』。お前が第1位階しか魔法使えないってこと、お友だちにバレちゃうぜ?」


 その訓練場には多くの冒険者が詰めかけていた。

 中央にはエミリと男冒険者が向かい合う。

 ギルド職員は立ち会い人としてやってきているが、どうしていいかわからないようでおろおろしているばかりだった。「ギルドマスターがいないときに限ってどうしてこんな……」と泣きそうな顔で。


「……さっさと終わらせるわよ」

「いーや、その前に条件を決めようぜ? お前が俺に負けたら(・・・・)、俺のパーティーに入って俺の言うことに絶対服従。いいな?」

「ちょっ、ちょっと待ってください! どうして決闘のようになっているのですか!?」


 ニナがあわてて声を上げたが、魔導士と剣を使う冒険者との1対1の戦いは、圧倒的に魔導士が不利だ。

 なぜなら魔導士には詠唱が必要で、魔法を発動するまでに距離を詰められたらすぐに負けてしまうからだ。

 それをわかっているからこそ、男冒険者も強気なのだろう。


「おやぁ? モンスター相手には戦えたのに、冒険者の俺を相手にはできないってか? それじゃ、お前が倒したっていうフェーラルガルーダよりも俺が強いってことだし、そしたらあの賞金は俺がもらってもいいよなぁ?」


 さすがにむちゃくちゃの物言いに、見物に来ている冒険者たちは眉をひそめているが、男は気づいていない。


「……別にいいんじゃない? ていうか、神に祈っておきなさい。あのデカい鳥だって燃え尽きたんだから、あんた相手に使ったら骨も残らないわよ」

「ッ! こ、この野郎……言うじゃねえか……」


 さすがに男の頬が引きつる。

 まさか、フェーラルガルーダを倒したのはほんとうにこのエミリなのでは? という疑問が生まれているのだろう。

 さらには、距離を詰められれば魔法使いには勝てる要素もないのに、この余裕ぶりは……もしかしたら短縮詠唱(ショートキャスト)もできるようになっているのか、という疑問も生まれている。

 短縮詠唱は、その名の通り詠唱を短くすることだ。

 そのぶん魔力を大量に消費する。


「……チッ」


 ふたりは距離を空けて向かい合うと、ギルド職員が言った。


「え、ええと……それでは冒険者エミリがフェーラルガルーダを倒したのが事実かどうかを確認するための……魔法実験? を、開始します……」

「オラァッ!」


 男冒険者は即座に走り出した。

 短縮詠唱であっても、多少の時間は掛かる。

 しかも通常詠唱よりはるかに難易度が高いので、集中力を乱せば魔法は発動しないはず。

 だが——不思議なことに、エミリはその場に突っ立っていた。

 短縮どころか詠唱すらしない。

 なぜ、と考える前に、それは起きていた(・・・・・・・・)


「ふぼっ!?」


 男の足元が隆起したと思うと、そのまま男を上空へと跳ね上げる。

 なにが起きたのか——この場にいる誰もが理解不能だった。


「短縮詠唱でもすると思ったんでしょ。バカね」


 エミリはため息を吐きながら上空を見上げ、手にした杖を掲げた。


無詠唱(ノーキャスト)よ」


 その杖の先からゴウッと暴風が吐き出されると男の身体はさらに高く高く持ち上げられる。

 すでに上空50メートルほどまで上がっている。

 男の叫び声が切れ切れに聞こえる。

 落ちたら、確実に死ぬ高さだ。


「——おい、どこに落ちるんだ!?」

「——こっち来たら巻き添えだぞ!」


 見物に来ていた冒険者たちが一斉に逃げ出す。

 ギルド職員なんてとっくに逃げ出していた。


「エ、エ、エ、エミリさん……!」


 ニナが駈け寄ると、


「あー、大丈夫よ。さすがに殺す気はないから。ていうかあの男の血が飛び散るとか汚らしくてイヤだし」


 杖を掲げながらエミリは応える。

 すでに男は落下を始めていた。


「『風の精よ。我が杖の指し示す方角に天高く上る気流を表せ』」


 男の落下地点から上昇気流が出現し、落ちてくる男の速度はみるみる落ち着いていき——最後は背中から地面に落ちて「へぶっ」と声を上げた。

 顔を涙と鼻水とヨダレまみれにした男は、気を失っていた。ズボンも濡れていることから失禁しているようだけれどエミリもニナも見なかったことにする。


「……さすがに無詠唱はきっついわね。魔力の消費が半端ないわ」

「エミリさん……」


 杖を突いてよろけるエミリを、ニナは支えた。

 魔導士のことはニナにはよくわからないが、それでもエミリがとんでもないことをやってのけたことはわかる。


「ちょっとムキになりすぎちゃったかも」

「……でも、わたしのために怒ってくれたエミリさん、カッコよかったです」


 ふたりは寄り添うように、ギルド内へと戻った。




「こ、こちらが500万ゴールドです。ギルド証に登録いたしました」


 偽造不可能と言われる魔術証書には冒険者エミリの名前とともに500万ゴールドを支給するという内容が書かれている。

 この紙があればエミリ本人に限り、どこの冒険者ギルドでもお金を引き出せるという代物だ。

 フェーラルガルーダの懸賞金はすべてエミリのものとなった。

 エミリは、これは自分だけでなくニナのおかげなのだと言いたかったが、ニナが冒険者ギルドに登録していないときの討伐記録なので彼女にはもらう権利がないのだという。


(このお金使って、ふたりで贅沢しちゃおっかな〜)


 そんなことを考えてにんまりするエミリである。

 ついでに出国の届け出も出し終わり、ニナも横でぴかぴかの冒険者ギルド証——金属のプレートを受け取った。


「よーし、それじゃ行こっか——」


 と言ってエミリが振り向いたときだった。


「エミリちゃん、うちのパーティーに入りなよ!! うちは安心安全をモットーにして、ちゃんと稼げるパーティーなんだ——」

「ぜってぇうちのパーティーに来い! いいか、俺たちはこれから王都に活動拠点を移すつもりなんだ。そこでバリバリにモンスターをぶっつぶす。それには第5位階の魔法が必要で——」

「エミリ! あたしたちのパーティーに入んなよ。あたしたちは10人っていう人数で、そこに女が3人もいるんだ。アンタが4人目になるんだ——」

「いや、うちに!」

「いやいや、うちにだ!」


 先ほどの訓練場での出来事を見ていた冒険者たちが大挙して、エミリを勧誘するべく押し寄せてきたのだった。


(あ……そっか。エミリさんには、ちゃんと居場所ができたんだ)


 ニナは驚きつつも、エミリに訪れたモテ期(・・・)を喜んだ。

 冒険者稼業は自分の知らないことばかりで少し面白そうだなとは思ったけれど、やっぱりエミリとは生きる世界が違う。

 だからエミリとはここで別れて——。


「は? あんたたちなにバカなこと言ってんのよ。今さらここにいる誰かのパーティーになんて入るわけないじゃない」


 あっけらかんとエミリは言った。


「大体、あたしが絡まれてるときにあんたたちのうち、誰かひとりでも助けようとした? ここにいるニナは違うわ。あたしを助けてくれた(・・・・・・)……こんなに小さいのに」


 すると冒険者のひとりが、


「だ、だけどな、エミリ。フルムンで冒険者やるんならどっか大きいパーティーに入ったほうが安全なのはわかってるだろ?」

「あたし、ニナといっしょにこの街を出るから」


 えぇーっ、という大声が上がった。


「そういうわけだからさっさとどいて——」

「——なんの騒ぎだ!!」


 ギルドに入ってきたのは、貫禄のある大男だった。

 ひげもじゃのこの男を見て、ギルド職員が「マスター!」と声を上げる。ギルドマスターのようだ。


「あん? お前……魔法使えないくせに魔導士名乗ってる冒険者じゃねえか」


 騒動の中心にいたエミリに気づいてギルドマスターが言うと、職員がカウンターの向こうから、


「そ、それが突然魔法に覚醒したようで、第5位階までの魔法を使えると……」

「第5位階だと? バカも休み休み言え。確かに、いきなり魔法に覚醒するヤツはいるが——おい、お前。それがほんとうかどうか確認する。ちょっと使って見せろ」


 いきなり現れて、人をアゴで使おうとするギルドマスター。

 さすがにその言い方はないとニナは口を開こうとしたが、すっ、とエミリがニナを手で制した。

 その顔は、にこやかだ。


「バカも休み休み言うのはあんたのほうよ。あたしはもうこのフルムンに所属してない冒険者なんだから、あんたの命令に従う理屈もないわ。大体人への頼み方がなってないのよ。最低限の礼儀くらい学んでから出直してこい」


 にこやかなのに、毒々しい言葉が口から出てきた。

 ぎょっとしたギルドマスターは、しかし、


「お、お前な! 俺はフルムンのギルドマスターだぞ! 王都に次ぐ都市のギルドマスターだ! この王国の冒険者ギルドはすべてつながりが——」

「なおさら好都合よ。あたしたち国境を越えるから」

「なっ!?」

「さ、行こう、ニナ。ここにいるだけで時間の無駄だわ」

「は、はい……」


 ギルドマスターとしての地位も、さらには王国各地のギルドネットワークの圧力も、まったくエミリに通じず言葉を失ってしまった大男。

 それを完璧に無視して、エミリはニナの手を引いてギルドを出て行った。

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