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護衛依頼は朝飯前?

 ニナが冒険者ギルドに入ったときに、すぐにトラブルに気がついた。

 魔法使いふうの少女がからかわれていること。

 彼女には受けられる依頼がないということ。


(……働きたくても働けない、わたしも同じようなもの)


 そう思うとニナは行動に移っていた。

 少女——エミリに護衛の依頼を発注し、受けてもらった。

 そしていまだ状況を把握し切れていないエミリを連れてギルドの外へと出た——。


「……ごめん、ありがと。もう落ち着いたわ。あんた、あたしを助けてくれたのね」

「違いますよ。わたしは、エミリさんに助けてもらおうと思ったんです」


 ふたりは街中にある公園にいた。

 公園とは言っても遊具がおいてあるような公園ではなく、ちょっとした緑と、ちょっとしたベンチがいくつかある広場だ。

 ひとりぶん間を空けて、並んで座ったふたり。


「護衛依頼のこと? ……でも、あたしには無理なの。聞いてた? あたしは魔導士だけど『第1位階』の魔法しか使えないから」

「大丈夫です——えっと、たぶん、大丈夫です。わたしがお願いしたいのは郊外にあるっていう泉への同行ですから」

「ああ。クレーの泉のことね。確かに今は黄裳桃花(おうもとうか)が見頃かも……」

「そうです! エミリ様はクレーの泉まで行ったことがありますか!?」


 ひとりぶん空いていた間が半分になるくらい食いついてきたニナに、エミリはちょっと引く。


「え、ええ……あるはあるけど」

「よかった! その泉までは道が単純とはうかがいましたけれど、わたし、お屋敷の外を歩いた経験がほとんどないので自信がありません。それで護衛をお願いしたいのです」

「護衛っていうか道案内でしょ。それくらいなら構わないけど」


 ていうか、依頼は受けちゃったし、とエミリは続ける。

 ニナはぴりぴりしていたあの場を、エミリに「依頼」するという形で冒険者ギルドを通し、連れ出したのだ。

 依頼者と問題を起こしたら、冒険者はギルドからにらまれてしまう。

 こうなるとあの男は引き下がるしかなかった。


「では行きましょう!」

「え、今から?」

「はい。問題がありますか?」

「もうお昼時だし、今から出たら森で野営することになるよ」

「野営!」


 お屋敷で働いているときには絶対に使うことも聞くこともなかった言葉。

 ニナのテンションが上がるが、「野営」を喜ぶ女がいるなんて信じられないという目でエミリが見てくる。


「マジで今から行くの?」

「ダメ……でしょうか」


 しゅん、と風船がしぼむように元気がなくなったニナに、エミリは謎の罪悪感を覚える。


「わ、わかったわ。クレーの泉近くの森なら野営してもたいした危険はないし」

「わあ、さすが冒険者様ですね!」

「…………」


 冒険者様、と言われて悪い気はしないエミリである。むしろもっと冒険者扱いして欲しい。


「それじゃ、野営の準備をしてから行こうか」

「はい! エミリ様の指示に従います!」

「……いや、あんたが雇い主だからね? あと『エミリ様』って呼び方は止めてよ。そしたらあたしだってあんたを『ニナ様』って言わなきゃいけなくなるでしょ」

「う……わかりました。エミリさん」

「うーん、まあ、それくらいなら。でもあたしはあんたのこと、ニナって呼ぶよ?」

「構いません!」

「ふふ。変な依頼主」

「そうですか?」

「そうよ。メイドの護衛依頼なんて聞いたことないわ——」



     △



 商業都市フルムンは城壁によって街を囲っている。

 城壁の外側には農家があったり、旅の道具を売る商店があったりと、民家もあるにはあるが、基本的には人の手があまり入っていない自然が広がる。


「女ふたりか。いくらクレーの泉とは言え、気をつけるんだぞ」


 衛兵はエミリの冒険者証を返しながら言った。


「山賊……はあの辺りには出ないが、最近は馬をさらう巨鳥がいたりと物騒なウワサを聞くからな」

「巨鳥? クレーの泉は森の中だから大丈夫でしょ」

「ふむ。それもそうだな。いずれにせよ気をつけろということだ」

「はーい」


 エミリがひらひらと手を振ると衛兵は次の旅人の確認に移った。

 ふたりは広い草原を進んでいく。

 細いながらも道ができているので足元に不安はなかった。

 クレーの泉から帰ってくるらしい人たちとすれ違うが、護衛を連れているような人は半分もいなかった。平和のようだ。

 街を出てから3時間すると、森の入口が見えてきた。


「ここから先が森だけれど、中で夜を明かすのはさすがにおすすめしないわ。ここで一夜明かしましょう」

「はい」

「……あんた、大丈夫?」

「なにがですか?」

「あー、うん、別に、なんでもない」

「?」


 エミリがそんなことを口走ってしまうのも無理はない。

 しなくてもいい野営をするに当たって、必要な毛布や食材、さらにはニナが「外でお料理したいですね」なんて言い出したので調理器具まで持ってきた。

 それらは「荷物」となって背負わなければならない。

 本来なら冒険者が分担して運ぶものだけれどエミリひとりしかおらず、ニナも「わたしも持ちますよ」と当然のように言い出したのでニナにも結構な荷物を持ってもらっている。

 その小さい身体のどこにそんな力があるのか、小さなニナが、大きなリュックを背負ってここまで移動してきた——3時間も。

 だというのにニナはけろっとしている。


「あのさ、あんた割と体力あるよね?」

「メイドなら当然です」


 ニナが両手を重ねて丁寧に一礼する。


 ——そうかな? メイドならこれくらい当然なのかな?


 疑問に思うがエミリの周囲にはメイドがいたことなどなかったのでわからない。


「さて、それじゃ火をおこすけど……これくらいならあたしにでもできるから。ていうか、これくらいしかできないんだけどね」

「これくらいしか?」

「いいの、気にしないで」


 エミリは手際よく集めた薪に手をかざす。


「『炎の精よ我が手に集まりて踊れ』」


 詠唱の後にボウッと点った炎を見て、ニナは「すごい」と口走る。

 炎は乾いた枝に吸い込まれると枝を燃やしていく。


「……あんた、魔法を見るのは初めて?」

「火の魔法は初めてです——とても不思議ですね。そして神秘的で美しいです」

「そっか」


 エミリは寂しそうに笑うのだが、ニナはその理由を知らない。


「では、ここからはわたしの出番ですね!」


 腕まくりして食料を取り出すニナに、


「え? あんた料理できるの? あ、メイドならできる……んだっけ?」

「お任せください」


 ニナは手のひらを胸に当てて恭しく頭を垂れると——仕草のいちいちが優雅だとエミリは思う——料理の腕を振るった。




「死ぬ……」


 このまま死んでもいい、とまでは言い過ぎだが、エミリはそれくらいの幸せに包まれていた。

 衝撃だった。

 野営での食事がこれほど美味しくなるだなんて。


「お腹いっぱいで死ぬ……」


 街で購入したものはふだんエミリが使っている店だからそうおかしなものはなかった。

 だけれど、ニナの料理は手が込んでいた。

 茹でる前に肉の表面を脂で焼いたり、エミリが絶対使わないようなハーブを数種類入れたり、極めつけはいくつもの調味料だった。

 見た目はトマトベースの肉のスープなのに、今まで食べたことがないほどの奥深い味わいで、エミリは思わずおかわりをしたのだ——鍋ごと(・・・)のおかわりを。


「お気に召したようでよかったです」

「お気に召すもなにも、あんたプロでやってけるよ。まさかここでイタリアン(・・・・・)を食べられるなんてさ……」

「イタリ——なんですか?」

「ああ、ううん、いいの、気にしないで」

「そうですか? それではエミリさんはお休みになります?」

「!」


 寝転がっていたエミリはがばりと起きた。


「夜の番は冒険者の仕事よ。こればかりは譲るわけにはいかないわ——」

「まあまあそうおっしゃらずに」


 横に座ったニナが手を引くとなぜかその力にあらがえずにエミリは横たわってしまう。エミリの後頭部が柔らかなものに触れたと思うと、それはニナの膝だった。


「え? え? え?」

「見ればエミリさんはだいぶお疲れのようです。少しでもこうして力を抜いていただければ……」

「え——」


 頭髪に指を這わせ、ここぞという場所でぐぐいと力を込められる。

 ぴりりという電流のような感覚のあと、身体の力が抜けていく感覚がある。

 頭皮マッサージだ。


「ふにゃぁ……」

「護衛として気を張ってくださったのですね。ありがとうございます。今はリラックスしてくださいませ」

「ふにゃ、ふにゃぁ……」


 気持ちよい刺激に身体の力が抜けていくのをエミリは感じる。

 すぐそばでは焚き火が爆ぜ、周囲は夜の闇に静まり返っている。

 見上げれば満天の星だ。

 うとうととした一瞬の気の緩みで、エミリは眠りに落ちた。

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