「メイドさん」といっしょ
乗合馬車の停留所へと向かう4人。
小さなメイド。
さらに小さな月狼族の少女。
「第5位階」の魔導士にして日本からの転生者。
ズボラな天才発明家。
生まれた境遇も、育った背景もまったくバラバラな4人だったけれど、ニナが中心となった縁で確かに結びついたのだ。
その結びつきは1か月という鉱山の復旧作業でさらに強くなった。
「——あのさ、ニナ」
停留所が見えたところでエミリが立ち止まった。
「なんですか?」
振り返ったニナの表情はいつもどおり明るい。
どんなにつらい仕事をしたときでも彼女は明るい笑顔を絶やさない。
彼女がつらそうな顔をするのは、誰かが苦しんでいるときだけだった。
(どうして?)
エミリはそれが不思議だった。
自分よりも年下のニナが、どうしてそこまで
訓練のたまもの?
天性の才能?
(あたしは、そうは思わない)
ニナだってふつうの女の子だ。
美味しいものを食べれば喜ぶし、珍しいものを見れば目を輝かせる——まあ、「鉱山見学したい」とか言い出すあたりはちょっと人と趣味が違うかもしれないけれど。
でも、彼女はいびつだ。
すさまじいメイドのスキルを持ちながら「メイドなら当然です」と言ってしまう。
当然なわけがない。
ニナのレベルが平均だったら、世の中、メイドがいなければなにもできない人間を量産してしまうだろう——アストリッドの片づけ能力が日々下がっているように。
(あたしとアストリッドは考えた。どうしたらニナが……あたしたちに素顔を見せてくれるのか。本音で話してくれるのかって)
最初はエミリがひとりで考えていたが、アストリッドも加わってふたりで考えるようになった。これからはティエンもその
そこで出た答えは、
「これ……あたしとアストリッドから。ニナに」
「?」
エミリが差し出したものは、銀色の金属プレートだった。
それは魔道具の一種で、偽装や複製ができないようになっている。
『冒険者パーティー登録証』
と書かれたそのプレートには、ニナ、エミリ、アストリッド、ティエンの名前が記されている。
「これは……?」
「パーティーとして登録したの。ティエンもしばらくいっしょにいるだろうしね」
「え、と……でも、どうして?」
ニナは「わからない」という顔をしている。
それもそうだろう。ニナは冒険者ではなく、冒険者と言えるのはエミリくらいだ。ティエンも戦えるかもしれないが。
冒険者登録はしたが、それは「身分証として使える」という理由でしかなく、冒険者としての活動はしないはずだった。
だというのに「パーティー」とは?
「考えたの。あたしたちとニナが、ちゃんと、対等で……仲間でいられるようにするにはどうしたらいいかって。これが、その答え。パーティーは仲間だから。お互いのために命を懸けるし、お互いを尊重する。パーティーみたいなシステムは冒険者ギルドにしかなくてね、それで冒険者ギルドで登録したの」
これこそがエミリとアストリッドの答え。
やろうとしていた、ある意味「計画」だった。
「わ、わたし、パーティーでなくともちゃんと皆さんを尊重していますし——」
「ニナくん。エミリくんは言わなかったけどもうひとつこれには意味があるんだ」
横からアストリッドが言った。
「この『パーティー証』はパーティーの証であると同時に、冒険者たちは『誓いの証』、あるいは『家族の証』のように捉えている者もいるらしい」
「家族……ですか?」
「これはただの銀のプレートだけれど、私たちはこれでパーティーになった。どこにいってもこのパーティーが私たちの居場所であり、帰る場所なんだ。ティエンにとっては2つめの帰る場所だね」
こくこくとティエンがうなずいた。
尻尾が立っているあたり、ティエンもうれしいらしい。
「私とエミリは君のことが心配だったんだ、ニナくん。君は旅を続けているけれど、この旅に終わりはない。根無し草のようにふらふらするのも悪くはないが、それはメイドである君には似合わないだろう。でも、パーティーがあればどうだい? これから先、君はすばらしい働き先を見つけるかもしれない。それまででもいい。私とエミリは……このパーティーを君の居場所にして欲しいんだ」
「……あんたに、居場所を作ってあげたかったのよ」
「————」
するとニナは銀のプレートを握りしめ、呆然とエミリ、アストリッドを見つめていた。
その瞳から、はらりと一筋の涙がこぼれた。
「ニ、ニナ!?」
あわてるエミリにニナは、
「あ……あれ、おかしいですね、どうして涙が」
あわてて目元を拭う。
わからないのだ。
自分の感情が。
「……それは君がうれしいと思ったからじゃないかな?」
アストリッドがにこりと笑う。
「チィも思ってたニナは自分を犠牲にしすぎるって。エミリやアストリッドは自分に正直で欲求がストレート」
ティエンの言葉に「それひょっとして悪口?」とエミリが目を細めるが「まあ、正しいよね」とアストリッドが言った。
「……ありがとうございます。うれしい。うれしいんですよね、きっとわたしは……」
「そうよ。そういうときは泣いてもいいの。もっと自分に正直になって」
「正直に——」
するとぽろぽろとまた涙があふれてくる。
エミリがハンカチを差し出し、アストリッドがニナの頭をなで、ティエンがおろおろする。
「……ニナ。あたしたちは今日からパーティーだよ。これからどこに行くにもいっしょに行こう。なんでも話し合おう。ここが、『みんなの帰る場所』だから」
「はい……はいっ!」
よかった——とエミリは心から思った。
自分を殺しすぎるニナが、本音で話せる場所、遠慮しないでいられる場所、感情をあらわにできる場所を作ってあげたかった。
彼女の心のよりどころを作ってあげたかった。
「エミリさん、アストリッドさん、ティエンさん……これから、よろしくお願いします」
「ええ。エミリお姉さんって頼ってもいいのよ」
「私はもっとニナに頼りそうだなぁ」
「チィはなにもできないけどがんばるのです」
こうして——鉱山の町で、ひとつの冒険者パーティーが結成された。
パーティーと言うよりもそれは、緩やかな家族、あるいは姉妹かもしれなかった。
「……でもエミリさん」
ニナは言った。
「パーティー名が『メイドさん』っておかしくないですか!?」
エミリは少し黙ったあと、
「ちゃんと本音を言ってくれてあたしはうれしいわ」
「じゃあ、名前をみんなで考えて——」
「変更はしないけど」
「ええ!?」
「おっと、乗合馬車の乗車が始まっている。急ごう」
「ちょっ、アストリッドさん!?」
「チィも『メイドさん』でいいと思う」
「ティエンさんまで!?」
ひとり納得できずに戸惑うニナを置いて、エミリも、アストリッドも、ティエンも乗合馬車へと急ぐのだった。
次の町へと行くために。
旅はまだ、続くのだから。
メイドさんの旅は続きますが、メイドさんにとってはひとつの区切りとなった日。
これにて『メイドなら当然です。 〜 地味仕事をすべて引き受けていた万能メイドさん、濡れ衣を着せられたので旅に出ることにしました。』は完結となります。
短い間ですがお付き合いいただきありがとうございました!
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これから既存の連載作品に取りかかるので、その間、新連載も読んでいただけるとうれしいです(こちらも完結まで書き上がっています)!