話があるのです
鉱山での式典が終わると修道院へと戻った。
鉱山事故の後に宿は引き払っていて、その後は修道院で寝起きしていたのだ。
彼女たちの部屋には4つのベッドがあって、ティエンもそこで暮らしていた。ティエンが食べられる食事はニナにしか作ることができなかったので、どうしても同じところで生活したほうが楽だったからだ。
「——ニナ、エミリ、アストリッド」
町を出る準備をしている3人にティエンは言った。
「あの……話があるのです」
今日このときまで、自分も旅についていきたいということをニナたちに話していなかった。
断られたらその後の鉱山での作業が気まずいというのもあったし、そもそもこの3人に——とんでもない能力を持っている3人に自分が混じってなにができるのだろう? と思うと自信がどんどんなくなってしまったのだ。
ティエンの目的は両親を捜すことだけれど、捜すアテは今のところない。だったら手がかりが見つかるまでいっしょに行動するというのは、そう、おかしなことじゃない。
今日、彼女たちは出発してしまう。
今を逃したらもう話はできない。
「ん?」
エミリがこちらを見て、すでに準備が終わっているニナはベッドのシーツを直しており、人一倍とっちらかっているアストリッドも手を止めた。
「あの……その」
言葉が出てこない。
たった一言、「いっしょに旅をしたい」という言葉が出てこない。
これまでの食費だってまともに払えていないのに図々しいと思われるんじゃ……?
得意なことなんてなにもないのに厚かましいと思われるんじゃ……?
優秀な3人にくっついておこぼれをもらいたがっている浅ましいヤツだと思われるんじゃ……?
どんどん湧いてくるイヤな考え。
そうするとますます言葉が出なくなる。
「……ねぇ、ティエン。その話長いの?」
ため息混じりにエミリが言った。
「!」
馬車の時間もあるから、急いで支度をしなければいけないのだ。
そんなエミリを苛立たせてしまった——ティエンの意思が、しゅんとなってしまう。
知らなかった。
自分がこんなに弱かったなんて。
(そうだ……チィは、怖いのです。鉱山で死ぬことは怖くなかったのに、ニナに、エミリに、アストリッドに、ガッカリされたり、失望されたり、拒絶されるのが怖いのです……)
それほどに、自分の中でこの3人の少女は大きなものになっていたのだった。
「チィは」
だったら。
恐怖を乗り越えることこそが——月狼族だと。
気づいたとき、身体は勝手に動いていた。
声は勝手に出ていた。
「みんなといっしょに町を出るのです!」
極限の空腹状態で、ニナの料理を目の前にしたときと同じくらい——いや、それ以上に——欲していたからだ。
彼女たちとともに行くことを。
「は……?」
すると、エミリはぽかんと口を開いた。
その反応が、ティエンの胸に突き刺さる。
(ああ……やっぱり、ダメなんだ…………)
という思いが、なけなしの勇気を振り絞ったティエンの心を真っ黒にしてしまう。
「そんなのわかってるわよ?」
すると、
「え?」
「ちゃんと4人分のチケット買ってあるし」
エミリは木片を見せた。次の町へと向かう乗合馬車のチケットであり、確かに、4枚あった。
ティエンはわけがわからずに目をぱちぱちしていると。
「いっしょに行くんでしょ? はいこれあなたのぶんね」
エミリは押しつけるように木片の1枚をティエンに渡した。
「——っていうかアストリッド、片づける気あんの? 散らかったままじゃない!」
「旅は不慣れでねぇ」
「そういうレベルじゃない気がするんだけど……っていうかニナ、アストリッドを甘やかさないで」
「いえいえ、これもメイドの仕事ですから」
「君は最高のメイドだね」
「はー……仲間内でメイドは止めてって言ってるのに。アストリッドが日増しに片づけなくなるわ」
チケットの件は、エミリの独断ではないらしい。
その証拠にアストリッドもニナもなにも言わない。
アストリッドも、ベッドメイクが終わってアストリッドの荷支度を手伝い始めているニナもまた「当然」のようにティエンがついてくるものだと思っているのだ。
(行って……いいんだ。チィがついていっても、いいんだ)
ようやく気がつく。
ちゃんと話したことはなかったというのに、3人はもうとっくに、ティエンが「仲間」だと思っていてくれたのだと。
温かい思いがあふれてくるのを止められない。
「……ほら、泣いてる暇なんてないわよ、ティエン」
「泣いてない」
目尻に浮かんだものを、ティエンは手の甲でこすって拭った。
ティエンは気づいた。
エミリは、自分がまだ旅についていくことを言い出せなかったことをわかっていて、それが「引け目」によるものだということもまたわかっていて——その気持ちを楽にするために、あえてぶっきらぼうに、軽い口調で、馬車のチケットをくれたのだと。
この人もなんて温かいんだろう——ティエンは思った。
「荷造りしちゃいなさい。時間、ないわよ」
ティエンはベッドに置かれてあった小さなバッグ——ポーチと言っていいかもしれない、それを持ち上げた。
「これで全部」
「荷物少なっ!」
別れの挨拶をしに裏手の孤児院へと向かった。
だいぶ長く留まったので、孤児院の子どもたちもすっかりニナたちに懐いていて、今日にも町を出ると聞くと泣き出してしまった。
「お姉ちゃんたち行かないでよぉ〜〜」
「ニナ姉ちゃんのご飯美味しかったのに!」
「エミリちゃぁん……」
「アストリッド姉ちゃんから勉強もっと教わりたかった……」
先生や修道女たちはなんとか子どもたちをなだめすかすのだけれど、そう簡単には泣き止まない。
「ティエン、ニナさんたちの言うことを聞いて、くれぐれも無理をしないで、気をつけて行ってきてくださいね」
「はい……先生、さようなら」
先生を前にすると、ティエンの耳も尻尾もしょんぼりしている。
「違いますよ、ティエン」
「え……?」
「こんなときは、こう言ったらいいのです。『いってきます』と」
「!」
ぴこん、と耳と尻尾が起き上がった。
「いってきます、先生。みんな!」
にっこりと先生は笑った。
「いってらっしゃい、ティエン」
「いってらっしゃい!!」
「気をつけてねぇ〜!」
「お土産! お土産買ってきて!」
「バカ、アンタ、いつ帰ってくるかもわかんないのよ」
「でも帰ってくるんだろ?」
子どもが無邪気にたずねる。
そう、いつかは帰ってくる。
必ず帰ってくる。
「チィは帰ってくるよ。お土産たくさん買ってくるからね」
孤児院を出るときには、みんな笑顔になっていた。