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マークウッド邸の使用人たち

 それから——さらに1か月後の伯爵邸。


「おー、モナよ。そうして見るとおめえさんも町娘って感じだなぁ」

「それって褒めてんの?」


 メイド服を脱いで私服に着替えたマークウッド伯爵邸のメイド、モナは厨房にやってきていた。

 そこで茶を飲んでいた庭師のトムスに見つかったというわけである。


「おう。今までご苦労だったな。餞別代わりに持っていけ」


 奥から出てきたコックのロイは、香ばしいにおいを漂わせていた。

 彼が寄越した袋はまだほかほかだった。


「これクッキー!? うわあ、うれしいわ。うちの兄妹たちにあげたら大喜びしそう」

「お屋敷を出るときにゃ隠しとけよ。この家の在庫をくすねて作ったんだから」

「だーいじょうぶよ。どうせバレやしないわ」


 袋を開けて早速ひとつめのクッキーをつまんで口に放り込むモナ。

 それをうらやましそうに見ているトムスだったが、ロイは、「ジイさんにやるんじゃねえんだからな」と言って牽制する。


「わかってらい。……それにしてもモナよ。お前さん、辞めてくれるなとだいぶ慰留されたんじゃねえのかい?」

「まーね。でもあたしが実家のほうで結婚するのは前から決まってたんだし、どうしようもないでしょ」

「そりゃぁなぁ。でもそうすると、ただでさえメイドが少ねえってのに……お屋敷は大丈夫なのかね」


 庭師のトムスは庭の片隅に小屋があってそこに住んでいるために、屋敷内に足を踏み入れることはほとんどない。


「知らないわよ。身から出た錆ってヤツでしょ」

「あれからもう1か月かあ。ウォルテル公国の使者とかいうのが帰ったあの日は大変な騒ぎだったなぁ」


 マークウッド伯爵が執事長に調査を命じてから1か月——さすがにそれくらい経つと、執事長がわざわざ情報を持ってこなくともマークウッド伯爵のところには様々なことが聞こえてきた。

 イズミ鉱山での、メイドさんの活躍だ。

 それを聞いた伯爵が激怒し、それほど有能なメイドを追い出してしまったことで執事長をただの執事に降格、メイド長を始め数人のメイドをクビにしたのは、すぐのことだった。

 もちろん、紹介状などは書かなかったという。


「当たり前よ。あたしだって知らなかったんだけど、ニナがわざわざ仕事のことを全部書き残しててくれたんだけど、それを燃やしたっていうのよ? バカにもほどがあるわ。しかもそれを得意げに伯爵様に報告したんだからメイドたちの頭が心配になる」

「あんときはすごかったぜ。俺がたまたま厨房のことで伯爵に用があって行こうとしたんだが、廊下にまで聞こえてきてな。ここまで怒るかっていうくらい伯爵が怒鳴って、カツラも床に叩きつけたらしい」

「そ、それはすごいわね……」

「まあ、バカなメイドどもがいなくなったおかげでお屋敷はスッキリしたよ」

「ロイさんはどうするの? まだここにいるの?」

「いや、俺も今年中には辞める。実は知り合いに声を掛けられていてな、そいつはフリーデン帝国でデカいレストランを経営しているんだ。そこのシェフに……ってよ」

「へえー! すごいじゃない! シェフってことは料理人のトップでしょ!?」

「まあな。……それよりトムスのジイさんはどうするんだ? こんな没落真っ最中のお屋敷にいてもしょうがねえだろ」


 話題を振られたトムスは紅茶のカップを戻しながら、


「ワシはこのままだな。今からよそに移るほどの元気もねえしなあ……身体が動かなくなったら息子夫婦の近くに引っ越すかってくれえよ」

「……そうか。庭師としてのジイさんの腕を俺は買っていたんだが」

「そうよね。トムスさんほどの庭師って、なかなかいないでしょ」

「止せやい、老人を褒めたってなんも出ねえよ。それよりモナ、いいのか? そろそろ出ねえと馬車に間に合わねえだろ」

「あ、いけない! そうだった。それじゃあふたりとも——さよなら。結婚式に来て欲しかったけどさすがにこればっかりはしょうがないわよね。あたし、幸せになるから!」


 モナはとびっきりの笑顔でそう言うと、厨房を出て行った。


「……そういうのは親に言うもんじゃねえのかな?」


 ロイが言うと、


「ま、あの子にとっちゃワシらが男親みたいなもんだったんだろう」

「おいおい、ジイさんはともかく、俺もかぁ?」

「それがイヤならさっさと結婚しろい」


 トムスに返され、ロイは降参とばかりに肩をすくめた。


「モナとしちゃあ……いちばんニナに結婚式に来て欲しかったんだろうがなあ」

「それこそ、言ってもしょうがねえってことだろ、ジイさん。それにしてもアイツはどこでなにをしているやら」


 厨房の勝手口の外には、明るい陽射しが降り注いでいる。

 ふたりは、よくそこを出入りしていた小さなメイドさんを思い浮かべた。

 そしてふたりとも同じことを思っている。

 これから先、あれほどのメイドに出会うことはもうないだろうと。

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