<< 前へ次へ >>  更新
34/39

ウォルテル公国の動き

 ウォルテル公国を治めているのは、もちろんウォルテル公爵だ。

 恰幅のいい男性で、カイゼルひげをつまみながら話すのが癖だった。

 彼はこの国の最高権力者で、そしてもちろん、イズミ鉱山の事故についても報告を聞いている。


「……ふむ? おかしいではないか。イズミ鉱山の事故は相当深刻で、復旧まで半年、あるいは1年近く掛かるかもしれぬと言っていたではないか。余の記憶違いか」

「いいえ、公爵様の記憶に間違いはございません。それを聞いた公爵様が鉱山管理大臣に『3か月に縮めよ。3か月を超えた日数分、お前の俸禄を削ってやるからな』と怒鳴り散らしたところまで合っております」


 もっともらしい顔で答えたのはよぼよぼの老女だった。

 この老女は公爵の教育係で、唯一この国で公爵にもの申せる人物だった。


「余は怒鳴り散らしたりせぬ」

「さようですか。あまりの大声に『頭に血が上った。寝る』とその後3時間、午睡を取られましたな」


 記憶力も完璧な老女だった。

 老女と言い合っても勝てないので、公爵は話を進めた。


「……それで? 3か月どころか『1か月で復旧した』というのはおかしいであろう。鉱山大臣は絶対3か月なんて無理、今すぐ大臣職を下ろしてくれと懇願していたではないか。床に額をこすりつけて」


 公爵の記憶力もなかなかである。


「どうも調べさせたところ、鉱山復旧のために尽力した人物がいるという話でございますよ」

「ほう?」

「『第5位階』の魔法を操り鉱山の岩盤を補強し、見たこともない魔道具で排水をしたのだとか」

「なんだそれは。おとぎ話の英雄か?『第5位階』の魔法など連発できるものではなかろう」

「面白いのはもうひとつございます。そのふたりは英雄どころか、年端も行かぬ少女だと」

「むう?」

「さらに」

「いや、面白いのは『ひとつ』だけではないのか?」

「さらに」


 老女は公爵を無視した。


「そのふたりを支え、むしろ操っているのはメイドだということでございます」

「メイド?」

「鉱山労働者からは、事故後の治療活動から『聖女』とも呼ばれております」

「なんだそれは。メイドの主人は誰だ。我が公国の富豪か?」

「いえ……それが主人はいない、と」

「意味がわからぬ。主人のいないメイドということは、野良メイド(・・・・・)か」

「公爵様、今の名付けはなかなかセンスがございましたよ」

「そ、そうか?」


 日頃老女から褒められない公爵は簡単に喜ぶ。


「ならばそのメイドを呼び出せ。相応に面白い者ならば余が召し抱えよう。『第5位階』の魔導士と、謎の魔道具使いとともに」

「少々気がかりなのが、クレセンテ王国のマークウッド伯爵です」

「急になんだ。そやつは、たまに名前を聞く貴族だな」

「はい。クレセンテ王国で急速に名の売れた伯爵ですが、この伯爵、最近になって屋敷を出て行ったメイドに懸賞金を掛けて探しているのです」

「懸賞金? そのメイドがなにか罪を犯して逃げたのか」

「詳しい背景は公表されておりませんが、ふつうならば犯罪……宝石の持ち逃げなどを考えます。しかし、途中で懸賞金が吊り上がり、今はクレセンテ王国通貨で1千万ゴールドとか」

「ふむ……なかなか面白いな。公国通貨に置き換えると10万テルといったところか」


 ウォルテル公爵も、一国の主であるだけに無能ではない。

 懸賞金が途中で上がるという「不自然」、それに、1千万ゴールドの懸賞金を掛けるということは「それ以上」の価値があるということにすぐに気づいた。


「『第5位階』の魔導士を1年雇うには10万テルでは足りんな」

「倍以上は必要でしょう」

「魔道具の開発が10万テルで済むのなら安いな」

「破格でございます」

「イズミ鉱山の鉄鉱石の月産は10万テル程度か?」

「とんでもありません。50万テルは下りません」

「ならば決まりだな」


 ウォルテル公爵はにやりとした。


「メイドにオファーを出せ。我が国が召し抱えると」

「承知しました。金額はどうしましょうか」


 バンッ、と公爵はテーブルを叩いた。


「年俸100万テル」


 ニナを追い出したマークウッド伯爵家も、当の本人のニナも知らないまま——ウォルテル公国がたったひとりのメイドに、年俸100万テル、クレセンテ王国通貨換算で1億ゴールド、という金額を出すことが決まった。

<< 前へ次へ >>目次  更新