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メイドさんは魔導士様と出会う

 商業都市フルムンは確かに大きく、その規模は王都「三日月都」に匹敵するんじゃないかとニナは思った。

 広くて多くの人が行き交う。

 王都と違うのは、道が整備されていない場所が多く、高層建築が少ないこと。

 それにヒト種族だけでなく、エルフやドワーフ、ホビットに獣人といった他種族もよく見かけられることだった。


「うぅ〜〜……腰が痛いです」


 乗合馬車の客引きが言っていた「ちょっと観光」なんて距離ではなく、馬車は3日掛けてこのフルムンまでやってきた。

 おかげで他の乗客とも仲が良くなり、保存食を使って振る舞ったニナの手料理や、淹れたお茶、気が利く動きを見た商会の男は「是非うちで働かないか」と誘ってきたが、


「わたしはメイドなので……それに今は観光をしたいと思っているんです」


 とお断りした。

 なかなかの好青年で、断られた彼はしょんぼりしていて少し悪い気がした。

 それでもニナとしては、今は「働く」ことから距離を置きたかった。

 思いつきで出た旅だったけれど、王都を離れて街道を進むと思っていた以上に旅情がかき立てられて、もっとあちこちに行ってみたいと思うようになっていた。

 フルムンで見るものすべてが新しかった。

 ヒト種族以外の人たちもそう。

 露店に並んだ異国のアイテムもそう。

 食堂から漂ってくる食事のニオイもそう。


(この道具なんだろう……お掃除に使うのかな?)

(美味しそうなドライフルーツ! 味がよければお客様に出せるかも)

(ほこりっぽいけど、干してる洗濯物はキレイ。砂埃がつかないのかしら?)


 考えることはメイドの仕事に関することばかりだと気づいて、ニナは苦笑する。


「……お屋敷を追い出されちゃったのに……」


 現実に戻ると寂しい気持ちになった。

 ニナは5日間、フルムンの街をぶらぶらとして過ごした。

 それでもフルムンの観光名所のうち、10分の1も回れていないだろう。

 そんな中で、ニナはひとつの情報を耳にした。

 フルムン郊外に、神秘的で美しい泉がある。

 そこにはこの春先にしか咲かない花がある——。


「今しか見られないなら、見てみたいかも!」


 ただ郊外には魔物が出現するので、冒険者の護衛や同伴が望ましいという。

 ニナは冒険者ギルドへと行ってみることにした。



     △



「よう、永久ルーキー(・・・・・・)。いい加減冒険者をあきらめる気になったかよ? お前が股さえ開けば、銀貨くらい払ってやるぜ?」

「…………」


 馬鹿にした男の言葉に対して、燃えるような赤い目でキッ、とにらみ返したのは少女だった。

 幾何学的な紋様が刺繍されたローブは、魔導士の持つもので、彼女は両手で長い杖も手にしていた。

 16歳のエミリは、そのものずばり「魔導士」として冒険者登録していた。


「どいて。あたしは依頼を探しに来たのであって、ヒマしてる冒険者の相手をしに来たんじゃないの」


 つんとした高い鼻は彼女の強気な性格をそのまま表しているかのようだった。

 元は可愛らしい少女だろうに、眉間に寄ったシワと言い、どこか近寄りがたい空気を漂わせている。


「おー怖い怖い」


 男はニヤニヤしながら横にどいた。

 広い冒険者ギルドで彼の行いを咎めるような者はいない。

 冒険者はすべてが「自己責任」だからだ。

 エミリは壁面に貼られた依頼票を見やる。


『荷物の運搬(力自慢に限る)』

『護衛(最低3人以上のパーティー)』

『薬草の納品(薬草収集の免許必須)』

『ドブ掃除(誰でも可)』

『剣の指導(実戦経験5年以上)』

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 誰にでもできるような仕事は、当然賃金も安く魔導士である必要がない。

 一方で魔導士が求められるような依頼は、


『魔法の手ほどき(第3位階以上の魔法使い)』

『護衛の追加要員(第3位階以上の魔法使い)』


 といった感じで「第3位階以上」という但し書きがつく。

「第3位階」はいわゆる「実用・実戦レベル」というイメージで、これがあれば一生食うには困らないというレベル感だ。

 だがエミリが使える魔法は「第1位階」のみ……つまり「見習い」とか「初級者」という感じである。

 魔法の素質があるかどうかはすぐに、誰でもわかる。役場や教会に行けば教えてくれるからだ。


「君は『第3位階』までは使える素質があるね」


 とか、


「君は残念だけど『第1位階』しか使えないだろうね」


 とか言われるのだ。

 エミリはなんと、


「こ、これは……『第5位階』の素質!?」


 と教会の牧師がぶったまげ、その判定を怪しんだ役場の職員も同じ結果が出てぶったまげ、都会に出てきたエミリが冒険者ギルドで測定するとギルドの職員もぶったまげた。

 ちなみに「第5位階」というのは国に数人というレベルの素質だ。

 誰もがエミリとパーティーを組みたいと思った。

 だが誰もがすぐに「問題」に気がついた。


「おぉ〜、『第1位階』しか使えないエミリ魔導士には無理な依頼ばかりだなあ〜?」


 先ほどの男冒険者がからかってきて、エミリはギリッと歯ぎしりした。

 そう——エミリは「素質があるものの魔法が使えない」という体質だったのだ。

 エミリの使える魔法は「第1位階」のみ。

 手のひらに炎を灯して、竈の火を点けたりできるくらい。

 その炎を魔物に投げつけても避けられるか、当たったところでちょっと火傷させるのがせいぜい。

 最初こそ「すぐに使えるようになるよ!」と励ましてくれた冒険者仲間は、いつまで経っても「第1位階」以上を使えないエミリにしびれを切らしてエミリをパーティーから除名した。

 こうなると誰もパーティーなんて組んでくれない。

 エミリは冒険者ギルドで孤立している。

 魔法の訓練は毎日した。

 なけなしのお金を使って高価な薬を服んだり、有名な魔導士に相談したりしたが、それでもエミリは魔法を使えないままだった。

 それでもエミリが冒険者を辞められないのには理由があるのだが——。


「お前はこれからもずっと『第1位階』しか使えない永久ルーキー(・・・・・・)なんだよ。ほら、俺らのパーティーに入れよ。顔だけはいいからな、雑用と夜の相手として使ってやっから」

「……うるさい」

「あ?」

「うるさいって言ってるの!」


 エミリは男に背を向けて立ち去ろうとする。

 だがその腕を男につかまれる。


「……お前、調子乗ってんじゃねえぞ。依頼も受けねえ、魔法も使えねえカスが」

「は、放しなさいよ」

「お前は冒険者でもなんでもねえ、ただの女だ」

「違う! あたしは冒険者よ!」

「そんならここで今すぐ依頼を受けろ。ほら。お前にはドブさらいがお似合いだろうがな?」


 男が言うと周囲でいくつかの笑い声が上がった。

 この男冒険者もまたギルド内では失敗率の高い「落ちこぼれ」であり、エミリを「永久ルーキー」なんてからかうことで自分の自尊心を満足させている。

 やりとりを不愉快に思っている者もいるようだったけれど、わざわざ口出ししたりはしない。

 冒険者は「自己責任」が原則だから。

 実力がない者はなにも言えない——イヤならば冒険者なんて辞めればいいのだから。


「あ、あ、あたしは魔導士なのよ……素質のある、魔導士なんだから」

「『第1位階』しか魔法を使えないヤツを魔導士とは呼ばねぇよ。その証拠に、お前が受けられるような依頼はなにもない——」


 そこへ、スッ、と歩み出たのは小さな——この荒くれ者が多い冒険者ギルドには似つかわしくない、小さなメイドさんだった。


「では、わたしからこちらの魔導士様に依頼を出させていただきますね」


 にこり、とニナは微笑んだ。

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