ジャンプアップする懸賞金
そのメイドはやたらと化粧が念入りで、かといって上品というわけではなく、服装を変えればそのまま酒場でウエイトレスができそうな感じだ。
「君、いつものメイドではありませんね」
「そうなんですぅ! 精一杯美味しいお茶を淹れますね!」
にこにこと喜色満面のメイドに、トゥイリードの頭の中に「?」が増えていく。
(いつものメイド——ニナさんなら、ワゴンを運ぶのにも物音ひとつ立てなかった)
ここに来るたびにトゥイリードは感心したものだ。
庭と、メイドに。
そのふたつのどちらをとっても、世界有数の高レベルのものだった。
当然、伯爵にとっても自慢の庭とメイドなのだろうと思っていたのだが——お茶を淹れる手つきの怪しいメイドを見ていると、いよいよわからなくなる。
「どうぞ〜」
「…………」
甘ったるい声とともに差し出されたお茶。
(見た目や手つきはともかく、味はいいかもしれない……)
と思って口に含むと、
「ぶほっ!?」
思わず吐き出してしまった。
「げほっ、が、がは、ごほっ」
「え、え、え、え〜〜?」
「き、君、このお茶はなんですか!?」
「そのぅ、トゥイリード様がお好きなお茶をご用意したんですけど」
「茶葉がダメになってるじゃありませんか!?」
トゥイリードの好む茶は特殊なもので、温度や湿度管理が非常に難しい。
毎日毎日、茶葉の様子を確認して、棚の上に置いたり下に移したりして品質を保たなければいけないのだが——当然、ニナもそのことをメモに書いておいたのだが——放置されていた茶葉はツンとした、イヤなにおいを放っていた。
「え、え、え、え〜〜?」
メイドはなぜ自分が怒られているのかわからなかった。
非常に過酷な、メイド間のもてなし役争奪戦を経て(結局、メイド長がやってきてくじ引きで決まった)ここにいるのだ。
お茶だってエルフが好きなお茶を淹れた。
つまり、自分に悪いところはない。
「あ、なるほど」
とメイドは理解した。
この人は、「お茶がマズい」という言い訳が欲しかったのだ。
それほどまでに、
「トゥイリード様……私、トゥイリード様がお相手でしたらいつでもお誘いを受ける気持ちがありますのにぃ……」
「!?」
いきなりスカートの裾をまくったメイドに、面食らったのはトゥイリードである。
自分の発言のなにをどう聞いたら「スカートをまくる」ことにつながるのか?
「エルフとヒト種族の架け橋」とか「大陸魔導士の頂点」とか「五賢人」とか呼ばれるトゥイリードの知恵をもってすら理解できなかった。
「不愉快です!!」
彼は立ち上がると、ぽかんとするメイドを残して部屋を出た。
何事かと執事長が出てきたので、マークウッド伯爵のところへと案内させる。
「い、いかがなさいましたか……!?」
執務室にいたマークウッド伯爵が目を白黒させる。
「伯爵——」
それから、トゥイリードは立て板に水のごとく、あるいはマシンガンのごとく、滔々と、自分がどれほどここでの滞在を気に入っていたかに始まり、庭の調和の素晴らしさと安らぐお茶、そしてもてなす人の心の清らかさをすばらしく思っていたかを語った。
なんだ、褒められているのか、とマークウッド伯爵は安心してニコニコしていたが、マズいお茶を飲まされメイドに誘惑されたことへと話が至ると、顔面が蒼白になった。
「も、申し訳ありません! 今すぐそのメイドをクビに……」
「いえ、その必要はありません」
「しかし……」
「私が今日、期待していたのはここでの『安らぎ』です。今すぐ、ニナさんを呼んでください。彼女の淹れるお茶を飲めばこのささくれだった気持ちも収まるでしょう」
トゥイリードがかろうじて冷静さを取り戻すことができたのは、ここでキレ散らかして、マークウッド伯爵邸での「安らぎ」を失うことが痛手だったからだ。
それほどまでに「安らぎ」を得られる場所は少ない、ということの裏返しでもある。
それだけがトゥイリードをこの場所に留めていたのだ。
「ニナ?」
しかし伯爵が首をかしげると、トゥイリードの心に暗雲が立ちこめた。
「執事長! 今すぐニナとかいうメイドを連れてこい!」
伯爵が怒鳴りつけると、執事長はどっと汗をかきながらこう言った。
「……旦那様、その、ニナはクビにして放逐したではありませんか」
「ん!? あ……も、もしかして、あのメイドか!?」
さすがの伯爵も気がついた。
壺を割り、娘のドレスの修正もできなかったきっかけの、メイドだと。
「ちょっと待ってください。今、聞き捨てならない言葉が聞こえましたが」
トゥイリードの凍えるような声に、伯爵もまた冷や汗をかいた。
「詳しい事情の説明を望みます」
結果、トゥイリードはニナが戻るまでマークウッド伯爵邸には立ち寄らないことを宣言し、その日のうちに伯爵邸を出て行った。
これを聞いて他の貴族たちは大喜びし、「マークウッド伯爵ももう終わりだな」と笑った。
「今すぐ連れ戻せぇぇぇぇぇぇええええええ!」
伯爵の怒号とともに、ニナに掛けられた懸賞金は「1千万ゴールド」へとジャンプアップした。