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発明家は偉いのだ

 冒険者ギルドと薬師ギルドのマスターが発明家協会に呼び出されたのはその日のことだった。

 王都内でもひときわ大きく、ひときわ壮麗な建物が発明家協会本部だ。

 その入り口前で、ぞろぞろと部下を連れたふたりのマスターは鉢合わせになった。


「おう、薬師の。お前さんも呼ばれたクチか?」

「ええ、ええ。いったいなんでしょうねえ……問題児を抱えているあなたたちと比べて、うちが呼ばれる理由はないのですが」

「あぁ? なに寝ぼけてやがる。解熱剤の輸入を絞って価格吊り上げてるのがバレたんじゃねえのか?」

「根も葉もないウワサを口にされないことですよ」

「言ってろ」


 特に仲がいいわけでもない両者は、「ケッ」と言うと襟を正して発明家協会へと入った。

 どんなギルドであってもマスターとなれば街の名士だ。

 だけれどフレヤ王国においては発明家がすべて。

 発明家協会の前ではギルドマスターなどかすんでしまう。

 冒険者ギルドマスターも薬師ギルドマスターも強がってはいたが、かなり緊張した面持ちで豪華な建物内を進む。

 案内されたのは協会長の執務室だった。


「どうぞお入りください。ただしマスターのおふたりだけで」


 ふたりのギルドマスターはごくりとつばを呑んで室内へと入った。

 そこにいたのはふたりの老人だ。

 ひとりはもちろん、発明家協会長。

 そしてもうひとりは——身なりのよい老紳士。しっかりと日に焼けている。


「あっ……」


 薬師ギルドマスターがうめいたが、冒険者ギルドマスターはもうひとりが誰なのか、よくわかっていない。


「まあ、座りなさい」


 協会長に勧められて応接ソファに座ると、老人ふたりも向かいに座った。

 喉がカラカラになったので出されたお茶をすぐに飲んだが、味はわからなかった。


「そのぅ、今日ご招待いただいたのはどのような……」


 外での威勢の良さはどこにいったのか、おどおどした声で冒険者ギルドマスターがたずねると、協会長ではなく、隣にいた老紳士が箱を取り出した。


「これを見ていただきたい」

「ん? なんですかこれは」


 ぱかり、と箱のフタが開くと、中には色とりどりのサンドイッチが詰まっていた。


「おっと、こちらではなかった。失敬失敬」

「……なにをしておられるのですか、先代(・・)

「美味そうだろう? だがやらぬぞ。ほっほっほ」


 先代、と協会長が言ったのでピンと来た。

 この人は先代の協会長なのだ。

 確か、今は観光案内(・・・・)なんていう仕事をやっているとか——。

 それを聞いたとき冒険者ギルドマスターは、発明家協会長にまで上り詰めた人間は酔狂なことをやるもんだなと思ったものだった。


「本題はこちらだ」


 老紳士が取り出したのは別の箱だった。

 ぱかりとフタを開くと——そこには乾燥させた薬草が並んでいた。


「!」

「あ……こ、これは」


 ふたりのマスターが反応したのを見て、老紳士は、


「ご存じのようでなによりだ。これらは希少な薬草であり、諸君らが売り手の足元を見て買い叩こうとしたものだ。違うかね?」

「な、なにをおっしゃるのです!?」

「違います! なにか誤解をなさっているのです!」

「誤解ではないと思うがね。私の仕入れた情報によれば、相場の10分の1で買い取ろうとし、それで断られたら恫喝まがいのことをしたそうじゃないか」

「…………!?」

「ッ」


 すでに裏は取られていた。

 発明家協会ににらまれてはこの街ではやっていけない。

 ギルドの職員が話したのだろう。


「……やれやれ」


 ギルドマスターが口をつぐんだので、老紳士はため息を吐いた。

 先ほどのランチボックスは今朝、メイドさんが届けてくれたものである。

 あれから毎日、彼女はランチボックスを届けてくれていた。

 そして今日は街を出るとも言っていた——だから少しばかり長くおしゃべりをしたのだ。

 そこで聞いたのが、「薬草を売れなかったのが残念」という話。

 ショックだった。

 自分の観光案内を熱心に聞くほどこの国に興味を持ってくれたニナが、この街の人間に裏切られていたなんて。

 腸が煮えくりかえったが、それはおくびにも出さず、老紳士は「息子の商店で是非取り扱いたい」とウソを吐いてニナから薬草を買い取った。

 ニナはしきりに恐縮していたけれど、謝らなければならないのはこちらのほうだと老紳士は思った。

 こうなるとやるべきことはひとつだ。

 発明家協会の先代協会長としての肩書きを使ってでも、事実を明らかにして、しかるべき処罰を与えねばならない——。


「ギルドとは公的な性格を帯びた機関だ。それを、濫用し、信頼を損ねたことがどれほどの罪か、君たちはわかっているのかね?」


 老紳士の口調は静かだった。

 しかし、にじみ出る怒りの気配に——ふたりのギルドマスターは顔面を蒼白にした。横に座っている協会長ですら冷や汗が噴き出したほどだった。




 ふたりのギルドマスターが退出すると、室内にはようやくゆるんだ空気が流れた。


「いやはや……先代。あそこまでお怒りになるとは、驚きましたぞ」

「個人的な思い入れもあったのでね」

「あのマスターたちも、失神せずによくも耐えたものだ」


 結果として、この失点をフレヤ王家に報告しない代わりに、ふたりのギルドマスターは減俸3か月、それに並行して3か月の奉仕活動を与えることにした。

 クビにして頭をすげ替えることもできたが、次のマスターも腐っていては意味がない。

 老紳士の監視のもと、奉仕活動——観光客にこの国の歴史を知ってもらうというすばらしい奉仕活動をしてもらうことにした。

 これから夏が来る。

 炎天下での観光案内はかなりキツイが、老紳士だって毎日こなしているのだ。

 そこで根性をたたき直してやろうと老紳士は考えていた。


(せめて、あのメイドさんがもう一度来てくれたときに、もっとすばらしい王都を見せられるように)


 それまで死ぬに死ねないな、と老紳士は内心で笑った。


「……それはそうと、協会長。そちらも問題が多そうだな?」

「ええ、頭が痛いですよ、この論文は……」


 協会長が取り出した紙の束には『精霊力からの転換魔力による魔術執行における前段階研究と、その実践方法』と頭書きされていた。


「もしもこれが検証実験において正しいと証明されたら、魔術の世界が変わりますぞ。街中では難しそうですが、精霊力が豊富な自然の中では魔術を使い放題になる。都市間をつなぐ鉄道の敷設は触媒の金額を考えると現実的ではありませんでしたが、精霊力の利用によって現実味を帯びてくる……」

「気が早いことだ」

「いえ……マホガニー商会の論文なので、どうしても気が逸るのです」

「ほう、あのマホガニー商会か」


 先代も当然知っているマホガニー商会。

 アストリッドの投げた一石は、確実に波紋を広げていた。

 だが彼らは知らない。

 アストリッドはすでに街を出ようとしていることを。


「触媒で大口の商いをしている商会は大打撃を受けそうですな」

「今も変わりないのかね、そういった商会は?」

「ええ。どこも女性商会長でして……羽振りがいいのか、いつも若い男を侍らせております」


 奇しくもそれらは、アストリッドの家を売れと言っていた女たちだった。


「若い男を飼う金がなくなるのなら、健全になっていいではないか」

「王都の土地を買いあさってもいるので、その辺りも吐き出させて、王家に区画整備をしていただくよう奏上しましょうか」

「それもまた奉仕活動かもしれん」


 老紳士は笑いながら立ち上がる。


「それでは私は行こう」

「はい。その薬草はどうしますか。ご不要とあれば協会で買い取りますが」

「腕のいい薬師にツテがあるから彼らに託すよ。筋のいい医者に、安めで卸してやってもらおう」

「『それもまた奉仕活動』ですか」

「そういうことだ」


 老紳士は箱をふたつ持って、ぱちりとウインクすると部屋を出て行った。

 協会長はぽつりとつぶやいた。


「……それにしてもあのサンドイッチ、美味そうだったのう」

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