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発明家はバッチバチ

 発明家協会の会合は大型のホールで大発表会が行われ、隣にある小型のホールで懇親会が開かれていた。


「ふう……」


 懇親会の会場はビュッフェスタイルで食事が並べられ、壁際にはソファやテーブルなどが置かれ、発明家たちが話し合っている。

 誰もいないソファに腰を下ろしたのは、すらりとした長身の女性だった。

 ただ金髪はかなり短く切られ、化粧気はない。

 それでも紫色の切れ長の瞳は美しく、ドレスでも着れば華やかに見えるだろうと思われる——今の彼女はタイトスカートを穿いた「できるオフィスレディー」といった雰囲気なのだけれど。


(はぁ……)


 彼女、アストリッドは深いため息を吐いた。


(なんでこんなところに来なきゃいけないのか……)


 フレヤ王国発明家協会は、この王都で「発明家」を名乗る人たちには年に1度の会合参加を義務づけている。

 会合は年に4回あって、いつでもいいのだが、たまたまアストリッドは今回参加した。

 義務を果たすために。


(くだらない発表……)


 フレヤ王国は確かに発明の国ではあるし、大陸各国に先駆けて大型魔導列車を運行したのも事実だ。

 魔術で動く巨大な鉄の列車は大陸各国の度肝を抜いた。

 でもそれは10年も前。

 最近は——パッとしない。

 どこかで聞いたような技術。

 ほんのわずか効率を改善させた魔導回路。

 果ては、他国で発表された技術の丸パクリ。

 そんなものでも発明家たちは誇らしげに発表するし、周りはちやほやする。

 結局のところ、大昔に発明した特許料で食べているような商会ばかりなのだが。


(それを言えばうちも変わらないけどさ……)


 アストリッドが廃屋のようながらも王都の真ん中で商会を持っていられるのは、父や祖父の遺した特許権があるおかげだった。

 もっともそれらは、近々権利が切れるのでその先はアストリッドが自分で稼がなければならないのだけれど。


(……早く帰って研究したい。あと一歩。あと一歩ですごい発明につながるのに)


 周囲で立食したりテーブルを囲んだりしている発明家たちは、


「——ベルファット鉱山の採掘権が……」

「——ウォルテル公国の債権を買われましたか?」

「——今儲かるのは美術品取引ですぞ……」


 金儲けの話ばかりをしている。

 過去の遺産を元手に大成した彼らは、発明家を名乗ってはいるけれど、実態は投資家だった。

 それだけではない。


「あらあら。マホガニー商会のアストリッドさんじゃありませんか」


 そらきた、とウンザリした気持ちでアストリッドは振り返る。

 そこにはきらびやかなドレスを着た女性が3人ほどいた。

 彼女たちは若く見積もっても40代後半といったところで、ひょっとしたら60代に入っているかもしれなかった。

 にもかかわらず胸の大きく開いたドレスを着て、背後には数人の若い男を侍らせている。


「これは……皆様、こんにちは」


 化粧が濃すぎて、街中ですれ違ってもきっとわからないだろうとアストリッドは思う。


「あなた、まだあの商会を手放す気はないの? 商会は維持してあげるから土地を寄越しなさいって何度も話しましたわよね?」

「ボケるにはまだ早くってよ」

「オホホホ、それ、冗談にしてはキツくなぁい?」


 彼女たちはアストリッドの住んでいるマホガニー商会の周囲の土地を持っている。

 マホガニー商会をつぶして、一帯をくっつけて豪邸を建てたいのだ。

 彼女たちは一切、発明などしていないし、派手な格好でお金にものを言わせて若い男を侍らせているだけだ。

 それでもこの国では発明家を名乗れるし、単にお金だけ見れば彼女たちは国でも有数の資産家だった。

 誰かに研究させた内容を、自分の名前で発表しているだけでも、発明家なのだ。

 そして彼女たちはアストリッドの家を狙っている。


「そのご提案は以前お断りしたと思いますが……」

「『ご提案』ですって! 聞いた?」

「聞いたわよぉ、まるで私たちがお願いしてるみたいじゃないのよねえ?」

「そんなわけないのにね」


 オホホホという笑い声を聞くとアストリッドの頭痛は加速する。


「——これは『命令』よ。さっさと立ち退けっつってんのよぉ。大体あなた、ろくすっぽ発表してないじゃない」

「……長期間の研究であれば、発表の機会を延期することは問題ありません。協会にも許可を得ています」

「ふぅん? 協会のジジイどもをベッドに誘ってうなずかせたってワケェ? すっごいわねえ、あなた、意外とやることやってるのねえ」

「なっ!?」


 驚きのあまり声も出ないアストリッドに背を向けて、女たちは去っていく「あーやだやだ」なんて言いながら、


「そうそう——あなた、発明家界隈でなんて呼ばれてるか知ってる?」


 不意にひとりが振り向いた。


「『ゴミ溜めの変人』よぉ。なんか変なニオイがすると思ったらあなたがここにいたってワケ! オホホホホホホホ」


 自分を——アストリッド自身をバカにされることは仕方ないと思っていた。

「あと一歩で大発明!」と言いながら成果を残せていないのも事実だからだ。

 だけれど、自分の家を、「ゴミ溜め」と呼ばれるのは心外だった。

 カッ、と頭に来て飛び掛かって行きかけた。

 それをぎりぎりで止めたのは——家の手入れを放置したのもまた他ならぬ自分であることをアストリッドはわかっているからだ。


「……くっ」


 とっくに女たちは去っていたけれど、アストリッドは歯ぎしりしてその場から動けなかった。



     △



「——今回も発表会は低調でしたね」


 と、発明家協会の理事のひとりが言うと、


「ううむ、このままでは我がフレヤ王国の名が泣きますな。隣国のウォルテルのほうが、最近では発明が活発だとか……」

「発表内容を事前審査しますか」

「そうすると、機密の漏洩がどうとか、騒ぎ出しますからな……」

「ちょっと発明家に甘くしすぎたのかもしれません」

「それを言うなら、我らとて例外ではありませんぞ。いっそ、現役に戻りますか」

「バカな。我らの使命は後進の育成。今こそ教育現場を引き締めましょう」

「……先の長いプロジェクトになりますな。ワシらは発明家王国の復権を見届けることなく死にそうだ」

「なにをバカなことを。殺されても死ななそうな図太い顔をしておいて」

「顔は関係なかろう」


 やいのやいの、老人たちがテーブルを囲んで話していると、


「……マホガニー商会はどうじゃ」


 協会長が言った。


「ああ、マホガニー商会の娘ですか……今回は出席しておりましたが、発表はなかったようです」

「彼女のお父様も、お祖父様もご立派でしたからな」

「そうそう。お祖父様とお祖母様はそろって発明家でいらっしゃって」

「あの頃はよかった。毎回、驚くような発明がどんどん発表されて……年に4回、すばらしい刺激を得られる会合であったが……」

「もう、4回は多いかもしれませんな」


 寂しい沈黙が、訪れた。


「それでも私は、マホガニー商会の娘に期待したいと思う」


 協会長が言った。


「願わくは、彼女が、他の発明家と同じような拝金主義に染まらないように……」


 発明家——科学者にあるまじき、神に願うような言葉だった。



     △



 日が長くなっているとは言え、夜になればまだまだ肌寒い。

 でも、


「ったくぅ〜〜、なぁにが『おほほ』だってのよぉ〜〜。あの笑い声が上品だと思ってるから始末悪いのよぉ〜〜」


 千鳥足でふらふらと歩いているアストリッドには、むしろちょっと暑いくらいだった。

 協会の会合でむしゃくしゃした気持ちになってタダ酒を大量に飲んだ。

 それで、できあがった(・・・・・・)

 犬のような「帰巣本能」が人間にもあるのか、アストリッドは真っ直ぐにマホガニー商会に戻ってきた。


「帰ったぞぉ〜〜〜……ってまあ、誰もいないんだけど」


 独り言を言いながら敷地に入ろうとした彼女は、


「おっ、と、っと……ヤバイヤバイ。これお隣さんちか」


 ピカピカになった石畳、切りそろえられた庭の芝生に気づいて——これは自分の家ではないと気づいて——回れ右をした。


「ふんふんふ〜ん……」


 鼻歌交じりに隣の家に行こうとしたアストリッドは、


「ん?」


 やっぱり今のがうちじゃない? マホガニー商会じゃない? と思い直してダッシュで戻ってくる。


「え……」


 すすけて汚れたマホガニー商会。

 庭の草は伸びっぱなしの敷地。

 それが、


「ええええええええええ!?」


 宵闇でもわかる、ぴっかぴかのぴかぴかになっていた。

 1日でなにが起きたのか。

 時間が遡行して新築時代に戻ったのか。

 あるいはアストリッド自身がタイムスリップしたのか。

 混乱する。


「——お帰りなさいませ」


 奇声に気づいたのか、玄関のドアが開き、中から明かりがこぼれてくる。

 そこにいたのは小さなメイドさんだった。


「お待ちしておりました。案内所で本日の清掃業務を請け負いました、ニナと申します」


 両手を前にしてぺこりとニナはお辞儀をした。


「…………」


 しかし、アストリッドは反応できない。


「……あれ、アストリッド様では?」

「そ、そうだけど……清掃?」

「はい。清掃業務です。発注なさいましたよね? カギも預かっておりますし」

「いや……はい、そうです」


 なぜか丁寧語になってしまったアストリッド。

 誰かが仕事を引き受けてくれるとは、正直思っていなかった。

 報酬も安いし、マホガニー商会が没落していることは、王都の発明家事情を多少かじっていればすぐに知れる。

 明日、カギを返してもらいがてら依頼を取り下げよう……くらいにしか思っていなかったのだ。


「な、な、何人掛かったんだい? 表の掃除はだいぶ時間が掛かっただろう。申し訳ないが、あの依頼はひとりだけに出すつもりで……」


 これで10人でやりました、10人分報酬をください、とか言われたら、払えない金額ではないがアストリッドのお財布としてはちょっと苦しい。


「はい、もちろんひとりで請け負いました」

「そうか、やっぱりひとり——ひとりで!?」

「はい。それと、申し訳ございません。思っていたよりも暗くなるのが早く、表の清掃は完璧にできておりません」

「い、いやいや!? 十分だよ!? 見違えたよ!?」

「ですが……」

「あ……もしも、もしもだけれど。君さえよければ、明日もお願いできるかな? 朝からやってここまでキレイになったんだろう?」

「よ、よろしいのですか? こちらのペース配分のミスですのに……。あと、本日の業務はお昼過ぎからやっておりますので、半日でございました」


 半日! 半日であそこまで外をキレイにしてくれたのか、とアストリッドは感心する。


「君は、見た目よりもずっと優れた能力を持っているんだね」

「そ、そんなわたしなどは……メイドなら当然のことです」


 半日で庭や家の外観をピカピカにできるのが当然のメイド?

 そんなことあるわけがない。

 苦笑しながらアストリッドは言う。


「実は、掃除をして欲しいのは家の中なんだ。だから、明日は家の中をしてもらいたいというわけなんだよ」

「?」

「……ん? なにか変なことを言ったかね」

「え、ええっと、いえ、なんでもありません……その、家の中の清掃は終わっております」

「…………」


 アストリッドは「そんなバカな」という顔をして、それからすごい勢いで家の中に飛び込んだ。


「あ、あ、あ……」


 足の踏み場もなかった床は見えており、鏡のように磨かれている。

 壁の色は「そう言えばこんな色だった」という元の色を取り戻していた。


「もしよろしければ、お茶を淹れますね」

「…………」

「アストリッド様?」

「あ……は、はい、よろしくお願いします……」


 また、丁寧語になってしまった。

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