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メイドさん、フレヤ王国でも腕を振るう

 翌朝早く起き出したニナは、メイドの仕事を紹介している案内所へと向かった。


「うーん……1日や数日で終わるような短期の仕事はなかなかないんですよねぇ。しかも市内労働者でなく冒険者ギルドでの身分証となりますと」


 メガネをかけた受付の女性は困ったように言った。

 まさかの、冒険者としての身分証が仇になるとは。

 ここで市内労働者の身分証を発行してもいいのだが、時間もお金も掛かる。


「あの、そちらにあるファイルも依頼票ではないのですか?」

「ああ、こちらは発明家の方からのご依頼なんです」

「発明家の方だけでそんなに?」


 ファイルのサイズは同じくらいだ。

 一般の依頼と発明家からの依頼の数が大体同じだというのは、さすが発明の国と言える。


「ですが……発明家の方へのご案内は、紹介状をお持ちの方に限っております」

「あ……」


 ニナはマークウッド伯爵邸を辞めるときに、紹介状を書いてもらっていない。


「ないんですよね?」

「……はい、ありません」

「では残念ですが、こちらではお仕事の紹介はできません——」


 と女性が言おうとしたときだった。


「彼女なら私が推薦しましょう」


 案内所に入ってきた男性がいた。

 ニナはその人物が、フルムンの街に向かったときの乗合馬車でいっしょになった客——商人だと気がついた。

 あのときは「是非うちで働いて欲しい」と言われ、ニナは「観光をしたいから」と断ったのだった。マークウッド伯爵邸を追い出されたばかりで、すぐにどこかで働きたいとは思えなかったのだ。


「あ、その節は」

「ニナさん、と言ったよね。まさかフレヤ王国でお会いできるとは、これもなにかの縁でしょう」


 商会の好青年に気づくと、受付の女性はあわてて立ち上がる。


「こ、これはヴィク商会のファース様」


 どうやらこの青年は名前が売れているらしい。

 改めてニナが彼を見ると、すらりと身長は高く、青色の髪は短く整えられている。

 知的な面差しはどこかの文官のようでもあったが、なにかあるとにこやかに笑ったり、荒っぽい人たちにも気軽な冗談を言える人物だということをニナは短い旅で知っていた。

 意外とくるくると表情の変わる、感情豊かな人なのだ。


「私は彼女の働きぶりを知っている。だから紹介状を書けと言えば書きましょう」

「しかし……」


 この流れ者のメイドが、なぜファースと知り合いなのか? という疑いの目。


「ほんとうなら私の商会で働いて欲しいくらいなのですが……」

「……ごめんなさい、実は旅をまだ続けているので」

「残念です。それにうちには短期の仕事もない」


 ほんとうに残念そうに、頭の上のイヌミミがぺたりと垂れるようにニナには見えた。そんな耳はないのだけれど。

 そんなファースは、きろりと女性をにらんだ。


「それで? まだニナ嬢には仕事を斡旋できないと?」

「い、いえ! ヴィク商会のご推薦ということでしたら、発明家の方の仕事もご紹介できます」


 女性はあわててもうひとつのファイルをたぐり始めた。


「——それでは、ニナ嬢」

「あっ、ありがとうございます! なにかお礼を……」

「いいえ。これはむしろ、私からあなたへのお礼です。王都からフルムンの旅路であなたに淹れていただいたお茶の、ね」


 にっこり笑ったファースだったが、


「——ですが、それでもお礼をということでしたら、いつかどこかでヴィク商会の名前を聞いたら是非顔を出してください」

「それはもう」

「では」


 ファースは軽やかな足取りで去っていった。


(行ってしまいました……。『優れた商人は利益でなく(えにし)をつなぐ』と聞いたことがありますが、そういうことなのでしょうか? ——いえ、さすがにわたしのようなメイド相手にそんなこと考えませんよね。ただの気まぐれでしょう)


 なんてことをニナが思っていると、


「……ちょっとちょっとあなた、どうやってファース様と知り合いに? 私に紹介してくれませんか?」

「え?」


 受付の女性がとろんとした目をしていた。


「希少魔術素材の取引で急成長しているヴィク商会! そのエースと言えば商会長のご子息であり次期商会長は確実と言われているファース様! ファース様を狙う女は数知れず……でもひとところに留まらないファース様とはまず会うこともできないという……」


 そんなレアキャラだったとは。

 もちろんニナだって知らない。


「えっと、でも、受付さんもあの方のお顔は知っていたんですよね?」

「それはもちろん!」


 バッ、とカウンターの下から出てきたのはファースの顔を描いたブロマイドだった。

 魔術による印刷は写真のように精巧だが、そのブロマイドではなぜかファースが貴族のような服を着てキリッとした顔をしている。


「知的で冷たいご尊顔……生のファース様は格別でしたわ……!」


 ほんとうはもっといろんな表情をするのだけどなぁ、とニナは思いつつ、


「あの……そろそろ依頼を紹介していただいても?」


 と切り出した。




 そのころ、宿で目が覚めたエミリはすでにニナが部屋にいないことに気づき、食堂にもおらず、食事がてら聞いてみるともう出かけたとのこと。


「今日はメイドとして働いてくるってさ! だからアンタは気にせず休んでくれって言ってたよ」

「…………」


 手にしていたパンをぽとりと落としてしまうエミリ。


(あ〜……大丈夫かなぁ〜〜〜あの子どこかでやらかしたりしてないかなぁ〜〜〜〜!)


 めっちゃ不安になった。




「す、すごいですね……これほどとは」

「いえいえ。ではこちらが雇用主様のサインとなります。

「は、はい」


 時刻はお昼を回ったかどうかというところだった。

 ニナは3件(・・)の依頼を済ませて戻ってきた。

 1件目は日持ちのする食事を作ること。

 2件目は書庫の片づけ。ただしヘルガード分類法に従うこと。

 3件目はなくした魔術触媒の捜索。

 いちばん時間が掛かったのが1件目で、次に2件目、そして3件目は瞬殺だった。

 ニナは仕事柄、主人や仲間のメイドがなくしたものを探す経験が豊富だったからだ。

 人がなくしやすいもの、なくしやすい場所を心得ているのである。

 なので、たとえそれがゴミ屋敷であったとしてもすぐに仕事は終わる。

 瞬く間に3件をこなしてきた案内所の受付女性は目を丸くしていた。


「ええと……今日はこの辺りで止めておきますか?」

「いえいえ、まだまだ働きますよ!」

「そ、そうですか?」

「——そちらの依頼はなんですか?」

「ああ……これは」


 カウンターに並べられた依頼票の中でも特に簡素で、すっかすかの依頼票があった。



【依頼主】アストリッド=マホガニー(発明家)

【依頼内容】宅内清掃

【報酬】3千ゴールド



 あっさりしている。


「マホガニー商会は発明家商会なのですが、先代が亡くなってからというものどうもパッとしませんで……。そのため、発明家の方からのご依頼であっても、破格の安さ(・・)となっています」


 今日、ニナがこなした依頼3件は、あわせて50万ゴールドほどになった。

 もちろん「探し物」などは運の良さも手伝ってではあったけれど、それでも1日の収入としては十分過ぎる。

 それほど発明家は儲かる(・・・)ということなのか。

 その中で、3千ゴールドしか出せない発明家もいるのだ。


「やります」

「そうですよね、この報酬の低さでは……えっ? や、やるんですか!?」

「やりますので、詳細を教えてください」

「本気ですか?」

「やります」

「ファース様も紹介してくれますか?」

「そ、それは無理です」

「…………」


 いやいや、そんなふうにすねた顔をされても困ります、と言いたいニナである。

 大体ファースの連絡先すら知らないのだ。




 依頼主であるマホガニー商会は王都でも中心部にあった。

 エミリが「豆腐建築」と評した、あの四角い二階建ての邸宅ではあったけれど、敷地は壁で囲まれ、庭もあった。

 それほど儲かっていた、ということだろう——「過去形」なのは、今はすっかり荒れているからだ。

 庭には雑草が生えまくり、用途不明の錆びついた機材も放置されている。

 石の壁には苔が生えて濃い緑の汚れを作っている。


「これは……手応えがありそうですね」


 むん、と腕まくりをしてニナは敷地へと入っていった。

 商会長のアストリッドはいなかった。

 なんでも今週は発明家協会の会合ウィークで、発明家が集まっているらしい。

 そこで新発明の発表があったり、交流を深めたりする。

 午前にこなした依頼も、依頼主の発明家本人はいないことが多く、使用人がチェックしてくれた。

 ただ、この家のように使用人すらいないところはなかったけれど——。


「まずは中から始めましょう。家の中が清潔だと、気持ちも明るくなりますからね」


 家の鍵は案内所から受け取っているので、ニナは宅内へと入った。


「……こ、これはこれは」


 ニナも思わず、言葉に困るほどの荒れっぷりだった。

 廊下はところどころ飛び石のように空いている場所があるが、他はゴミで埋まっていた。

 カサカサと虫が動いている。


「依頼主様がいなくてよかったです。このような、驚いた表情を見られずに済みました……わたしもまだまだですね……!」


 ニナは気を取り直し、仕事に取りかかった。

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