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トラブルは後を引く

 フレヤ王国は大陸の真ん中に位置し、土地も貧相なら水資源も乏しい、ないないづくしの国だった。

 でも、過去の国王はこう考えた。


 ——ないなら作ればいいじゃない。


 と。

 そして国王自ら様々な研究を始めた。

 農業はもちろん、科学や天文学も。

 そんな簡単に作れるのなら世界の問題はあらかた解決してるわ、と、わずかにいた家臣たちは離れていった。

 でも、国王はあきらめなかった。

 国王と同じく、あきらめの悪い国民たちも少しはいた。

 それから600年——。


「——今のフレヤ王国があるのは建国の祖と言われる第3代フレヤ王がおられたからです。皆様ご存じの通り、フレヤ王国は『発明の国』。誰にでも使える魔術によって発展しました。痩せた土地を変えることはできませんでしたが、技術の輸出によって他国から食料を輸入し、見事独立を勝ち取っております——」


 身なりのよい老紳士が語ると、


「わぁ……」


 とニナは目を輝かせた。

 そこはフレヤ王国の王都——と言うよりフレヤ王国は王都しか町らしい町がない小さな国なのだが——の大きな噴水の前。

 地下200メートルから汲み上げているという水を使った噴水は、王都周辺の荒れ果てた土地を思えば、「豊かさ」の象徴だった。

 老紳士はフレヤ王国の観光案内人で、ニナの他にも多くの観光客が話を聞いている。


「あ、ニナ。あたし冒険者ギルドに行って手続きしてくるわ。ついでにあんたの採った薬草の売却もしてくるから出して」

「はい〜」


 エミリに言われ、ニナはポーチごと渡した。

 そこに入っているのは先日エミリとふたりで向かったクレーの泉で採取した薬草だ。

 フルムンの冒険者ギルドで売却できるような雰囲気ではなかったので、フレヤ王国まで持ってくることになった。

 薬草は乾燥させて日持ちするようにしてある。


「エミリさんはいいんですか? せっかくのお話を……」

「いや、いーわ。あたしはパス。あとで宿で会いましょ」


 正直、眠気をかみ殺していたエミリは、冒険者ギルドの看板を見つけ、これ幸いと提案したのだった。

 この世界の「観光」は歴史を知ることがほとんどなので、エミリはそれほど興味がない。


「——そちらのメイドさん、次はフレヤ王国の誇る城壁の建築方法についての解説ですぞ。お聞き逃しなく」

「あっ、はい〜! それじゃ、エミリさん。また後で」

「はいはい」


 エミリはひらひらと手を振ってニナと別れた。

 観光ガイドの老紳士は目をキラキラさせながら話を聞いてくれるニナに、まるで孫でも見るような優しげな顔で説明している。

 フレヤ王国は治安がいいので、まあ大丈夫だろうとエミリは冒険者ギルドへと向かった。

 町並みはだいぶクレセンテ王国とは違う。

 小さい王都にひとつでも多くの建物を作ろうとしているかのように、灰色に塗られた真四角の建物が密集しているのだ。


「豆腐みたいな建築ねえ」


 マイ●クラフトかな? とかつぶやきながらエミリは冒険者ギルドへとやってきた。

 機能的かもしれないけれど殺風景に見える灰色の建物の中は、意外にも「冒険者ギルド」感があった。

 木の床は軋むし、壁の依頼掲示板やカウンターも他の都市のそれと同じ。

 酒場が併設されていないせいか閑散としているが、おかげで清潔だというのはエミリにとってはうれしい誤算だった。


「……なにあれ。ピストル?」


 数人いた冒険者たちは、剣や斧を振り回す荒くれ者という感じではなく、スーツのようにこぎれいな格好であたかも「商談にやってきました」という雰囲気を漂わせている。

 でも、頬の傷や物腰の隙のなさは、歴戦の冒険者という感じである。

 彼らは腰にホルスターを巻いて、そこに長い金属の筒をぶら下げている。

 エミリにはそれが銃に見える。

 魔法があるのだから銃があってもおかしくはない。

 銃があるなら剣は要らない——ということにもならない。

 なぜなら剣の達人は、魔法くらい斬る(・・)

 銃の弾丸もまた斬ってしまうだろう。


「さすが発明の国ってことかな?」


 あまり気にせずエミリはカウンターへと向かった。




 ニナが観光ガイドの老紳士とともに王都を歩き回り、最初の噴水広場に戻ってきたのは夕方になってだった。


「最後まで話を聞いてくださったのはメイドさんが初めてですぞ……」


 一日中、王都を歩くという健脚、さらには老紳士の話を根気強く聞く忍耐力か歴史への深い興味がなければ老紳士のガイドをすべて聞くことができないのがふつうだった。


「ありがとうございました。大変勉強になりました」


 深々とお辞儀をするニナに、老紳士は「おおっ……」と感涙にむせんでいる。


「なにかあればいつでも力になりましょうぞ」

「いえ、とんでもありません。むしろわたしが受け取ってばかりで恐縮です。明日、お弁当を作って持ってきますのでもしよろしければ召し上がってくださいませんか?」

「メイドさんが持ってきてくださるお弁当ですか。それは楽しみですな」


 老紳士は手を振ってニナと別れた。

 実のところこのガイド、ランチ抜きなのである。

 ニナは訓練されたメイドなので問題ないが、老紳士だって食べたほうがいいし、さらにはガイドツアーの参加者たちは空腹でどんどん脱落していった。

 ランチタイムは必要だとニナは思う。

 以前仕えていたマークウッド伯爵邸のお客様でも、いらいらしていた人がいた。

 だけれどニナがお茶とお菓子を勧めてそれを口にすれば、ほっ、としたような顔になった。

 あるいはロイと相談して出した料理を口に運べば、にこやかな笑顔を浮かべた。


「美味しいものは正義ですよね!」


 そんなわけでニナは、夕暮れの露店へと走り、調味料や野菜、肉を補充して宿へと戻ったのだった。




「……ひ、ひどい目に遭ったわ……」


 疲れ切ったエミリが宿に戻ってきたのは、日も沈んでしばらくしてから、だった。

 こぢんまりとした宿は温かな夫妻と子どもたちの手で運営されている。

 テーブルが4つしかない食堂から、


「おかえりなさい!」


 という宿の息子の声が聞こえてきた。


「遅くなったけど、あたしの相棒は——」


 言いかけたエミリは食堂のテーブルで食事をとっている宿の夫妻、子どもたちを見た。


「あ、おかえりなさい、エミリさん」


 そして食事を給仕しているニナも。


「なんであんたが働いてるのよ!?」


 疲れ切っていたはずのエミリだったが、ツッコミのキレはよかった。


「あ、いや。これはお恥ずかしいところをお見せしました……実は」


 と宿の主人が恐縮しきりに話したのは、ニナが厨房を借りたいと申し出たこと。

 宿泊客はニナたちだけなので、宿の用意していた食事も少なく、


 ——ちゃんと美味しいものを作れるんならいいよ。あたしたちが用意してたものは明日の朝食に回せばいいからさ。


 と女将さんが軽く請け合ったところ、ニナがテキパキと食事の準備を始めてこうなったというわけだ。


「すっごく美味しいから、今日の分の宿泊費はタダでいいわよ!」


 女将さんはうれしそうに言った。


「まったくもう……なにやってるのよ」

「お帰りなさい、エミリさん」


 隣のテーブルについたエミリに、にこやかに微笑みかけながらニナがお茶の入ったカップを差し出せば、エミリだって悪い気なんてしない。

 熱々ではなくわざと温く冷ましたお茶は、疲れて帰ってきたエミリにとっては優しくて、思わずごくごくと飲んでしまった。


「ぷはぁ〜っ! 冷めてるのに香りはしっかりしているのね」

「ふふ。気に入っていただけてなによりです」


 両手を前にして小さくお辞儀をしたニナはすぐに料理を運んできた。

 くたくたに柔らかく煮込まれたイノシシの足は、ふんよりした皮がついている。

 フォークで突くと簡単に崩れ、口に入れるとすぐにとろけた。


「美味しっ……!」


 ハーブがいいのか、下処理がいいのか、イノシシの獣臭さはちょっとも残っていなかった。

 多くの野菜が煮込まれたスープはオレンジ色をしていて、香辛料が食欲をそそる。

 パンをスープに浸して食べるとこれまたベストマッチだった。


「ニナ、これ最高よ!」

「ありがとうございます。それにしてもフレヤ王国が発明の国というのは本当なんですね〜。圧力鍋というものを初めて使いましたが、こんなに短い時間でお料理ができるとは思いませんでした」

「ああ、発明がキッチンにも入り込んでるみたいよね。——あれ、これってお水?」


 金属製のコップに注がれたのは冷たい水だ。

 飲んで、その意図がすぐにわかった。

 味付けが全体的に濃いので、水を飲むと口の中がサッパリするのだ。


「最高ね……! 炭酸水でもいいかも」


 ぽつりとエミリが言うと、


「——炭酸水? 炭酸水とはなんですか?」


 がばっ、とニナが食いついてきた。


「あ、あ〜……こ、この世界では見たことないかなぁ……?」

「この世界?」

「あっ、うーん、その、えーっと……なんて説明すればいいんだ、アレ」


 エミリは首をひねりながらなんとかかんとか炭酸水の説明をしたのだった。




 お腹がいっぱいになって部屋に戻ると、エミリはベッドにダイブした。


「大満足〜〜。ごちそうさま!」

「えへへ。楽しんでいただけてなによりですっ」


 感謝を伝えられると、やっぱりうれしい。

 ニナは心の奥がじんわり温かくなった。

 炭酸水、という、エールのようにシュワシュワとした水があるという話を聞けたのも収穫だった。

 自分の知らない知識を得ることで、メイドとしてのスキルが上がっていくとニナは思っている。

 旅に出てよかった、と何度目かわからないが、そう思った。


「それはそうとエミリさん、今日は遅かったですね?」

「——そう、そうだった! それよ、忘れてたわ!」


 エミリががばりと起き上がった。


「あんたが採取してたあの薬草! なんなの!?」

宵待草(ヨイマチソウ)のつぼみと、長命(ツタ)の実、千年蓬(センネンヨモギ)の花ですよね……希少な薬草だと聞いていたのですが、もしかしてお金になりませんでした?」

「希少どころか、大騒ぎになったのよ!」


 エミリは言う。

 ギルドマスターが出てきて「これが本物かどうか確認したい」ということで薬師ギルドの調査員が呼び出された。

 本物だったとなると、今度は「これが盗難に遭ったものかどうか確認したい」ということで、王都の衛兵の詰め所へ連れて行かれ、盗難届が出ていないかの確認が行われた。

 ランチをする隙も与えてくれず、疑わしそうな目で見てくる衛兵の質問にあれこれ答え、しかも何度も同じ質問が繰り返された。ウソを吐いていないか確認していたのだろう。


「もう、最初からあたしが犯罪者みたいな扱いなのよ!」

「ど、どうしてそんな……希少な薬草ではあると思いますが、そこまでのものではないと思いますが」

「どうも、フルムンの街から連絡があったみたいなの」

「あ……」

「国外に出るとか言っちゃったのが失敗だったのよー! でもまさか、国境を越えてまで文句つけてくるとは思わないじゃない!?」

「ごめんなさい、エミリさん。わたしが薬草をお渡ししたせいで……」

「いやいや、なんでニナが謝るのよ。悪いのは全部あのフルムンの冒険者ギルドだし、それを真に受けたここの冒険者ギルドでしょ。そんなわけで——はい」


 エミリはニナのポーチを差し出した。

 中には薬草がそのまま入っている。

 渡すとエミリはごろんとベッドに横になった。


「売れなかった、ということでしょうか?」

「売()なかったのよ。アイツら、あたしが潔白だとわかったら、今度はこの薬草を買いたたこうとしたのよ。全部で1万ゴールドとか言って。絶対そんな安いわけないって思ったから、やーめたって言って出てきたの。この一日、棒に振っちゃったわよ」

「たぶん、ですけど、10万ゴールドは下らないと思います」

「だよね? あーもー、腹立つなぁ……絶対アイツらになんて売ってやらんわ……」


 よほど疲れたのか、エミリはそのまま寝てしまった。


「……いくらエミリさんにフェーラルガルーダを倒した懸賞金があると言っても、旅のお金は稼げるときに稼いでおいたほうがいいですよね。でも……このぶんだと冒険者ギルドの依頼は受けられない」


 ポーチを見つめたニナは、決心する。


「よし、それならわたしが明日、お金を稼ぎましょう!」

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