エピローグ
短いです。
国境の街の宿。
懐は温かいのでいい部屋に宿泊している。
窓を開くと、知らない街の知らないニオイが風に乗って入ってくる。
「……変な子」
月光が差して、隣のベッドで眠るニナをほんのり照らしている。
それを見つめながらエミリは考える。
(この子は、ヤバイ)
「魔力筋」のことである。
エミリも自分の体質を調べたとき「魔力筋」という説に出会った。
だけれどそれは、まったく証明も実験もされていない愚にもつかない与太話のようなレベルだったはずだ。
しかも、よくよく思い出してみると、それはエルフの——森の奥に住む「ハイエルフ」にしか見えない、わからない、ものだという。
いよいよ眉唾だ。
だけれどエミリの体質は改善された。
これは現実だ。
神業のようなマッサージテクニックではあったけれど、ハイエルフでもなんでもないヒト種族のニナが「魔力筋」をどうにかしてしまった。
(この子のなにがヤバイって、自分の知識を惜しげもなく見せちゃうところ)
ニナがメイドとして、「魔力筋」のことを誰かから教わり、そのマッサージ法を使えるようになったのだとすれば——その「誰か」とは信じがたいほどの高名な魔導士、あるいはおとぎ話にしか登場しないハイエルフではないのか。
もしそうだとしたら——。
「…………」
肌が粟立った。
怖くて、エミリはまだ聞けていない。
魔導士の世界において、それほどの人物が扱う情報は国家機密レベルだ。
簡単に、他人に漏らしていいものではないのだ。
問題は、エミリが真実を知らないことではなくて、ニナが無自覚にその知識を見せてしまうところだ。
(あたしがちゃんとしててあげなきゃ)
ニナがおかしなことをやらかしそうになったら、自分が止めようと、密かに決心するエミリだった。
(でも——いるんだなあ、こんなチート級のメイドが)
エミリにも秘密がある。ニナに言うべきかどうか迷っている。
それはエミリが異世界からの転生者であるということだ。
前世の記憶がよみがえったときはうれしかったし、第5位階の魔法素質があるとわかってガッツポーズまでした。
チートきた、と。
だが、その魔法は使えなかった。
誰も、エミリの体質を理解できなかった。エミリの努力不足だと言う魔導士もいた。
だけれどエミリは内心で考えていた——転生者だから、使えないのでは? この世界の人たちと少し、体質が違うのでは?
この考えが合っていたのかどうかは、もはやどうでもいい。
使えるようになったのだから。
ニナと出逢えたのだから。
「あたしがついててあげるから、もう大丈夫。あたしがいれば、もうあんたがなんかやらかすことはきっとないから」
そう言って微笑んだエミリは、
「ん? これって」
もしかしたら自分が盛大にフラグを立てたのではないかと気づいてハッとした。
「……寝よ」
そうしてベッドに潜り込んで目をつぶった。
ふたりは翌日、国境を越え、隣国のフレヤ王国へと入る。
1章はこちらで完結となります。明日から2章です。