そして物語は動き出す
「はじめにもどる」という感じで。
「やべーよ。やべーよな。この魔結晶が札束に見えてくるわ……」
さて——。
俺は缶ビールを飲みながら、目の前の魔結晶の小山を見ていた。
今日……いや、日付が変わったので昨日、換金した魔結晶のサイズで252万円になるのなら、これ全部変えたらいくらなんだ? 数億じゃ済まないぞ。それに、まだこのダンジョンは入ってすぐの最初の部屋だ。
「……おしっこしたくなったな」
気のいい女の子3人組とのすばらしい出会いもあって、飲み過ぎた。
ダンジョンは放っておくと有機物を吸収する……らしいのだが、結構な時間がかかるという。つまりゴミは残るし、死体も残る。
ただモンスターだけは倒すと煙のように消えるらしい。
俺はポケットに、今日換金したのと同じくらいのピンポン球大の魔結晶を入れると立ち上がった。
ふらっと視界が揺れた。
飲み過ぎだな……戻って寝るか。
「でも問題は、これからどうやってこいつらを売るか、なんだよなぁ……」
どこかのチームにお願いしていっしょに換金してもらうというのがいちばんいいのだが、その場合、俺がどこでこの魔結晶を手に入れるのか絶対に疑問に思われるよな。
俺がソロで潜れるようになってから少しずつ売るというのがいちばん確実なんだけど、ソロで深層まで潜れるようになるのっていつだよ?
「純度とやらが高いのも善し悪しだよな……そのせいで売りにくいわけだし」
なに贅沢な悩みを言ってるんだという感じだが。
「あとはブラックマーケットみたいなところだっけ? いやー、でもそんなところと接点を持つほうが危ないよなあ。絶対俺が狙われるわ。尾行されても気づかない自信しかないわ」
はあ。
どちらにせよ、この裏庭ダンジョンは誰にも言えないな。
「あ、すみません」
小部屋から出ようとしたときに肩がぶつかって思わずごめんなさいが口から出た。
ほら、ダンジョン内で挨拶は基本だろ?
あのリーダーの子、可愛くていい子だったなぁ……次は俺からちゃんと挨拶できるようにならないとな。
「…………」
って、あれ?
肩がぶつかった?
なにに?
「え?」
俺はそちらに視線を向けた。
「————」
カチャン、と音が鳴ったのは、俺がオイルランタンを足元に落としたからだった。
そこには俺よりも背の高い人影があった。
人間のような上半身ながら、下半身は大蛇。
腕は6本なので下半身の蛇がなくとも、それが人間だとは思わないだろう。
瞳は真っ赤に染まっていて口からはシルシルシルとヒモのようなベロが出ていた。
「あ、あ、あ、あ、あ」
『シャアアッ』
「あーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
そいつは。
それは。
モンスターは。
落とした俺のオイルランタンが気になったらしく身をかがめた。
俺は回れ右して走り出す。
「あーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
声を出さないほうがいい。
オイルランタンを見ていただいている隙に逃げたほうがいい。
だのに。
なぜ。
歯を食いしばり——じゃねえ、声が出ちゃう。
「あーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
蛇口が壊れたみたいに声が出ちゃう。
しゃらららと音がするので振り返ると、モンスターがオイルランタンを踏み潰してこちらに向かってくるところだった。
「あーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!???」
速いんだが。
速いんだが!?
これでも中学時代陸上部だった俺は一般の40歳よりずっと足が速いと思ってるんだけど、それより全然、速、てか、なに、加速装置でもついてんの!? 速ッ!?
「おあああっしゃあ!!!!」
入口の階段にたどり着いた。駈け上がろうとして膝がかくんとなる。やば。アルコール。ダメ。呑んだ後走ったらダメ、絶対ダメ。
つんのめって階段が俺の目の前にあり、無様に顔を打ちつける。目の前が白く飛んだ。痛い。いや、その前に逃げないと。
両腕を突っ張って立ち上がりつつ俺は振り返る。
「…………」
『…………』
止まっている。モンスターが、その場に立ち止まっている。まるで見えない壁にでも遮られているかのように。
つつー、とモンスターの口からよだれが垂れた。黄色く濁ったそのよだれを見て、
「ひ、ひいいいっ!?」
俺は両手両足を総動員して階段を登る。
途中で空気が変わったのがわかった。冷たい夜の空気だ。
裏庭に飛び出た俺はその場に転がった。
「は、はぁっ、はぁ、はぁっ」
枯れ草のニオイがする。
見上げると夜空が広がっていて、ここは星がきれいだ。
「な、な、なんだ、なんだったんだよ……マジ、なんなんだよ……1層にはモンスター、いないんじゃなかったのかよ……」
俺は、それしか言えなかった。
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