分厚い、封筒
「純度、って?」
「こ、これめちゃくちゃ高純度ですよ。どこで見つけたんですか!?」
礼儀正しい子が食いついてくるがすぐに俺の言ったことを思いだしたのだろう、
「あ、そうだった。拾ったんですよね、そうか、拾ったのか……どこにあったんだろ、これ」
「うん……なにか変なの?」
「変、というかすごいんです。瑠璃、ウチらが採ったヤツ見せて差し上げて」
「う、うん」
金髪の子、瑠璃ちゃんがさっきの袋を開いてくれたけれど、そこにあったのは確かにほんのかすかに光っている程度の魔結晶だった。
俺のものと比べると、ロウソクの明かりと、スポットライトほどの差がある。
「もしかしたら、今日、『人生バラ色』っていうチームがすごい金額の魔結晶を持ち帰ったらしいから、それかも」
「あ〜〜」
「うえっ」
「む」
三者三様の反応があった。
「……なにか俺、変なこと言った?」
「いやー、ウチらが女子だけで潜ってるから、やたら声掛けてきてウザいオッサンがいるんだよね。あ、おじさんのことじゃないよ?」
「お、おう」
オッサンという言葉の前に「ウザい」をつけられるだけで、自分のことではないかとぎくりとしてしまう悲しい年頃の俺です。
「でも実力は折り紙付きなので……彼らが持ち帰ったものがこぼれ落ちたのなら、納得です」
リーダーの子がうなずいた。
それから俺は彼女たちに魔結晶を託し、俺たちはいっしょにダンジョンの入口へと戻った。
「後はウチに任せてよー!」
と瑠璃ちゃんが胸を張って、俺の魔結晶とともに査定ルームへと消えていった。
査定ルームは、やっぱりカウンターの奥にあるらしい。
あとのふたりは着替えたりロッカーに荷物を置くからと別れ、俺はひとりでロビーに戻った。
さっきよりも人数は減っていて、ハゲマッスルマンもおらず、時刻は11時を回っていた。
「腹減ったなあ」
そう言えば、とスマホをバッグから取り出すと、バッテリーが切れていた。
「あちゃ〜……忘れてた。ダンジョン内はやたら電池消費するんだっけ。電気製品使えないくせに……」
ダンジョンが強制的に放電させるだの、電気を吸い取って魔結晶化しているだの、いろいろな憶測があるけれどそれらすべては今のところ研究中だった。
茨城県つくば市で発見されたダンジョンは、一般マイナーが入れず、NEPTの専属チームだけにマイニングを許可されていて、それ以外は学術研究用に限られている。
彗星がもたらしたダンジョン。
それがどういう仕組みなのかはまだまだ研究の途上だ。
「おじさん……」
ロビーのソファに座ってダラダラしていた俺は声を掛けられて顔を上げると——そこには瑠璃ちゃんがひとりだけいた。
「ちょっと」
「お、おう」
さっきと違ってなんだか表情が真剣だ。
金髪の女の子はやはり目立つのだろうか、彼女を指差すマイナーもいた。
「どうしたの?」
建物を出て自衛隊員たちに会釈して離れた場所へと向かう。駅とは逆の方向に少し歩くと、そこには公園があった。
リーダーの子と無口な子もそこにいた。
……いつの間に? 俺ロビーにいたんだけど気づかなかったな。
「おじさん、ダンジョンの建物は裏口もあるからちゃんと把握しとかないと、お金を持ち逃げされたりするよ」
「えっ、そうなの?」
「はい、これ」
瑠璃ちゃんは俺の胸に押し当てるように封筒を差し出した。
「?」
受け取ると、分厚い。
中には、
「——ぃぃっ!?」
ぎっちり入っていた札束を見て、俺は怪人みたいな声を上げてしまった。
「おじさんの魔結晶、252万円で査定されたよ。端数は数百円あったんだけどそれは手数料ってことで」
「い、いや、え?」
頭がついていかない。252万円? あの欠片で?
「で、でもさ、どうしようこれ」
「いいじゃんいいじゃん、ラッキーってことでさ。それより早くしまって。他の人がいる前でこんなもの出せなかったから」
「う、うん」
バッグにしまいかけて、
「で、でも君たちにも迷惑を掛けたから、そんな手数料数百円なんてこと言わないで、もっと——」
「いえ、それはいただけません」
リーダーの子がきっぱりと言った。
「わたしたちは女で、若いので、他のマイナーから声を掛けられることがほんとうに多いんです。『取り分を増やしてやるからいっしょに行こう』とか。でもダンジョン内はなにがあるかわからないから、自分たちの身は自分で守るしかないです。だから、お金をもらったりあげたり、というのはできる限りしたくないんです。それが負い目になるとダンジョン内でミスをするかもしれませんので」
「あ……」
そうか。そうだよな。
24時間帰って来なかったら失踪扱いで、そのまま10日過ぎたら死亡扱いだ。
それこそ、一般のマイナーが来ないような深層に行けば殺人でも死体遺棄でもなんでもできてしまう。
大体、異能なんていうアホみたいな能力だってあるのだ。
「ごめん。君たちの覚悟を軽んじたつもりはないんだけど……」
「あ、い、いえ、そんな……偉そうに言ってしまってすみません」
「ウチは100万くらいもらっちゃおっか? って言ったんだけどねー。だってウチら、あれだけ集めても10万もいかなかったんだよ?」
「瑠璃!」
叱られてもぺろりと舌を出している瑠璃ちゃんは、正直に言ってくれるところがむしろ好印象だった。
「ダンジョン探索には幸運も必要ですから。幸先がよかったということでいいのではないでしょうか?」
「……ありがとう、そう思っておくよ。次に会ったときにはこちらから『こんにちは』と言えるようにがんばる」
俺が右手を差し出すと、リーダーの子はびっくりしたようだけれど、すぐに意図を理解して握りかえしてくれた。
まるで商談が成立したビジネスマンのような握手だった。でもそれは彼女にとって心地いいものだったらしく、リーダーの子は誇らしげに笑った。
まあ、片やくたびれたスーツ、方やミニスカートにパーカー、場所は公園なんていうビジネスとはほど遠い場所ではあるんだけどな。
「さよなら。気をつけて帰るんだよ」
「はい」
「じゃーねー、おじさん」
「…………」
無口の子は無口なままだったけれど、小さく手を振ってくれた。
俺は分厚い封筒に現実をまったく感じられないまま、なんだかふわふわした足取りで電車に乗り込み、混雑した車両に揺られながら伊勢原の自宅まで帰ったのだった。
そういや、彼女たちの名前も聞かなかったし名乗りもしなかったな……。
マイナー瑠璃ちゃんはクールに去るぜ。
(こういうネタがオッサンなんだよな)
本日も2回更新の予定です!
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