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エクストラエピソード ハンター月野の冒険

大変長らくお待たせしました。エピローグ後の日常の1ページという形ですが、こちらにて「裏庭ダンジョンで年収120億円」は完結となります。

後書きにお知らせがございます。

『——行ったぞ、月野さん』


 イヤフォンからざらついた声が聞こえると、「まさか」という思いと「ついに」という思いとが入り交じった不思議な感覚が身体を貫いた。


「は、はいっ!!」


 山の斜面と斜面の間、小さな谷底のような位置に俺はいた。

 たったひとり、俺だけがいた。

 手にした散弾銃だけが俺の頼れる相棒だ。

 3日前に降った雪はすっかり溶けていたけれど、地面からにじみ出るような冷気はすっかり俺を凍えさせていた。

 腕を動かすと筋肉が軋むような感じがする。

 こんなに寒くて撃てるのか? 当てられるのか?


「——来たッ」


 ウォウ、ワウッ、という犬の吠え声とともに、落ち葉を踏みしめ、蹴散らし、駈けていく足音が続く。


「!!」


 茂みを破って飛びだしたのは——デカい——イノシシだ。

 そいつは俺のいる斜面と斜面の間の通路を目がけて突進してくる。


「おおおおおおおお!」


 気づけば俺は声を上げていた。

 すると身体はスムーズに動き、散弾銃の銃床を右肩にぴたりと当て、頬付けをして、照準はイノシシに吸い寄せられる。


 ——引き金を引くときは、暗夜に霜の降るごとく。


 夜の間、いつ霜が降ったのか誰も知らないように、身体の力みを抜いて気づけば引き金を引いている——それが引き金を引くときの極意だとか聞いた。

 俺はまだまだ初心者で、そこまでの境地に至っているとはまったく言いがたいけれども——それでも、修羅場はくぐってきたのだ。


 ダァンッ。


 衝撃とともにスラッグ弾が射出され、俺の視線の先10メートルのところでイノシシは首から血を噴いた。そのまま数メートル走ったがよろけて倒れ地面の落ち葉を巻き上げた。


『——どうだった? 月野さん』


 心臓の鼓動が止まらない。ワウワウと吠えながらグループ狩りのボスである高田さんの猟犬がイノシシに近寄っていく。


「なんとか、仕留めました……」


 俺はその場に座り込みそうになるのをこらえるので精一杯だった。

 モンスターを倒しても、本物の生き物の命を奪うというのは全然違うのだ。

 今日初めて「狩猟」というものに参加して、俺はそう強く思った。




「——とまあそんなことがあってだな」

「月っち、お代わり!」

「人の話聞けよ……」


 今、俺の目の前にはガスコンロがあって、ぼたん鍋がぐつぐつと煮えている。

 それを、すさまじい勢いで平らげようとしているのは「ルピナス」の瑠璃ちゃんだ。伊勢原にある寂れた一軒家には明らかに似つかわしくない金髪ギャルの瑠璃ちゃんが、コタツに入ってぼたん鍋を食っているのである。

 あ、ぼたん鍋ってのはイノシシの肉を使った鍋のことだぞ。


「私もお代わり」

「羽菜まで……」


 すさまじい勢いで食べているのはもうひとりいた。「ルピナス」の羽菜ちゃんだ。その隣にいる鮎美ちゃんは額に手を当ててため息を吐いている。


「だってこれめっちゃ美味いじゃん! それにふつうなかなか食べられないんでしょ?」

「肉は良き。鮎美はもっと食べたほうがいい」

「私はこれくらいでいいんです」


 3人がやいのやいのやっていると、


「追加のお肉も煮えましたよ〜」


 と替えの鍋を、松本さんが持ってきてくれた。


「きゃー! 待ってましたママ!」

「マ、ママ……!?」


 瑠璃ちゃんとは10歳も違わないはずだが衝撃発言に松本さんはぎょっと立ちすくむと、


「ぷっ、ママだって……」


 ひたすら缶ビールをあおっていた美和ちゃんが笑う。

 かちんときたふうな松本さんが——松本さんは美和ちゃん相手だと怒りっぽくなったりするのだが——言う。


「……ちょっと美和さん、あなたも手が空いているならお鍋の準備手伝ってくださいませんか?」

「えぇ〜? 社長、聞きました? ここの事務所は所属マイナーに料理の準備までさせるんですか?」

「美和ちゃん、酔ってるだろ……」

「酔ってないよぉ〜」


 ウソ吐け。缶ビールの山が築かれてるぞ。

 まあ美和ちゃんが酔っ払うのもわかるけど。ほんとうは今日が美和ちゃんにとって心待ちにしていた「裏庭ダンジョンでニオイを嗅ぐ日」だったのに、俺がたまたま猟友会でイノシシを仕留め、イノシシ肉を持ち帰ってしまったのだ。

 それを嗅ぎつけた「ルピナス」が「肉食わせろー」と言い出し(主に2名)、松本さんが「未成年を月野さんの家に行かせるなんて危険です!!」とお目付役でついてきた。俺への信頼はないのかな? ないよな。

 美和ちゃんがウチに来たときにすでに4人の女性がいて、俺を、視線で殺しそうな目で見てきたのは忘れられないぜ……。

 そんなわけで俺は美和ちゃんに強く言えない。


「あ、私も手伝います。松本さんも召し上がってください」

「えっ!? 鮎美ちゃんはいいのよ、座っていて」

「そういうわけには……」

「それなら月野さんに手伝ってもらいますから」

「えっ、俺?」

「……月野さん?」

「そ、そうだ〜。俺の手料理を振る舞わなきゃいけないもんなあ〜」


 しなだれかかってくる美和ちゃんを押しのけ——そのまま倒れて寝息を立てる美和ちゃん——俺は松本さんについてキッチンへと向かった。

「キッチン」よりも「台所」と呼んだほうがいいような場所だけどな。


「ご飯、5合炊いたのになくなりそうですよ」

「マジか。成長期かな」

「今から身長が伸びるわけないでしょう。……でもあんなに食べても瑠璃ちゃんも羽菜ちゃんも体型に全然変化がないのは、やっぱりマイナーとして活動しているからですかね?」

「たぶんね。『マイナーダイエット』とかいうのも流行ってるし。俺からしたら命の危険を冒してまでダイエットってどういうことなんだよって思うけど」

「……月野さん。女性にとって体重は命を賭けてまで取り組むものなんですよ」


 きろりとにらまれた。すみません。


「え、えっと。俺はなにをしたらいいかな?」

「はい」


 オタマを渡された。


「アクを取ってください」

「あ、はい」


 すでに3つめの鍋が火に掛けられている。

 そしてすごい量のアクが浮かび上がっており、俺はせっせとそれを取りのけた。

 イノシシ肉は豚肉によく似ているが、鍋にするにはこうしてアクが出るんだ。


「……私、不思議だったんです。月野さんはアドバーニングの社長になって、会社も新宿にあるのに、どうしてまだ伊勢原に住んでいるんだろうって」


 ぎくっ。


「その理由がわかりました」

「え!?」


 わ、わかっちゃったの!?

 裏庭が!?

 ダンジョンが!?

 美和ちゃんがなにか口走っちゃったのか!?


「それは……」


 俺のオタマを使う手が止まる。

 俺は松本さんを見つめ、彼女も俺を見つめる。


「こういう自然を愛しているからなんですね」

「…………」


 ……なんですって?


「ぼたん鍋、さっき味見しましたけどとても美味しいです。都会にいるとほとんどのものが手に入りますけど、これはなかなか手に入りませんよね」

「……あ、あ〜、はいはいはい、そうね、ぼたん鍋ね!」

「あれ? 違いました?」


 きょとん、と首をかしげる松本さん。


「正解! 大正解だよ。実は漬物も俺の手作りなんだ。畑は、会社が忙しくなってできなくなっちゃったけどね」

「ええっ、そうなんですか? どこで漬けてるんですか?」

「裏庭の物置——」


 言いかけてハッとした。

 台所の入口に美和ちゃんが立ってジーッとこっちを見ている。

 危ない。裏庭には人を近づけないほうがいいんだった。


「み、美和ちゃん! どうした?」

「……水」


 ふらふらとやってきた美和ちゃんは俺の隣にある冷蔵庫を開けて——開けざま、松本さんから見えない死角で俺にひじ鉄をくれて——ミネラルウォーターを手に入れ、コタツへと戻っていった。


「美和さん、飲み過ぎですよねぇ」

「いてぇ……」

「え? 痛い?」

「ああ、いや、なんでもない」


 俺がアクとりを再開しようとすると、


「——鍋お代わり! ママ〜!」


 と瑠璃ちゃんが大声を上げた。

書籍化が決定しました。アーススターノベルより来月、2022/2/16に発売となります。

もうちょっと早く告知できるかと思っていましたが、年を越してしまった。


また書籍化に合わせてタイトルが変更となります。


『裏庭の隠しダンジョンで「起業」し、年収120億円を達成するための戦略』


です!

イラストレーターはttl先生で、めちゃくちゃカッコイイ表紙になっています!

ごりっと加筆や修正を行い、きっちり1冊で完結しております(これ最重要!!!)ので、書店でお見かけの際には是非手に取っていただければと思います。


よろしくどうぞ、お願いいたします。

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