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エピローグ 3/3

 ……いや、まあ、確かに松本さんのことすらよくわかってないよな……。

 買収の後にみんなへ説明してから、「松本さんのために10億払うつもりだった」とか口走った。

 で、松本さんは真っ赤になって出ていったけど——次に会ったときにはもうふつうだったもんな。

 今もこうして、俺を呆れた目で見てくるくらいだし。


「それにしても、人材は足りないのに応募者は少ないですね」

「あ、ああ」


 松本さんの声に、俺は改めて手元の書類に視線を落とす。

 多くの人がいなくなったけど、一方で予想外に多くの人が残ってくれた。

 ただ人材層にはムラがあって、特に営業部門はゴッソリ抜けてしまったから、なんとか補充しようと採用募集を掛けているのだ。

 これくらいの会社の規模だと、人材採用は社長の重要な業務でもあるので応募は全部俺が目を通している。


「広告業界の営業はいつだって足りてないんだよ。即戦力を求めるならなおさらね」

「……即戦力、と言えば、広電堂に行った人たちはどうなったんでしょうか」

「さあ? 楽しくやってるんじゃない?」


 ウソを吐いた。

 実は広電堂に転籍した営業の多くは、向こうで冷遇されており「アドフロストに戻りたい」と言っている。実際、営業職の採用募集に応募したり、俺に直接連絡が来たりしている。

 なんと木村もだ。

 ご丁寧に「私ならすぐにアドバーニングのエースとして、売上を倍増できます」なんてメッセージまで添えてきた。希望年収額は1千万円。二度見したよね。こいつ、アドフロストにいたときだってそんなにもらってなかっただろ、と。

 腹が立ったから面接に呼んで八木さんといっしょにこき下ろしてやろうかと思ったけど、そんなことやってる時間が無駄だと冷静になったのでさっくり採用不可の通知を出した。

 ちなみに言うとそれから3回くらい木村から連絡があったが、こちらの答えは変わらない。アイツ、自分がやったこととその結果を正しく認識できていないんだろうか? なにか認識阻害の魔法でも掛けられてるの? 逆に心配になるわ。

 そんなわけで一度広電堂に行ってしまった人たちを、アドバーニングのみんなが受け入れることはないだろう。まあ、あと3年とかしたら変わるかもしれないけど。まだ1年だぞ?

 これを伝えて、松本さんが変に気にしたらイヤなので、俺はウソを吐いたのだ。

 広電堂へ転籍したみんなは元気。

 それでいいじゃん。


「——おっと、内線だ」


 ぷるるるる、と柔らかい電子音が鳴った。

 内線に出ると、受付に採用面接の人が来ているという。


「来たって。行こうか、松本さん」


 俺は立ち上がり、書類を手に取った。今日の採用面接は松本さんの部署のポジションだ。だから松本さんにもいっしょに面接に入ってもらう。


「……あの、月野さん」

「ん?」


 部屋を出ようとしたところで、松本さんが言った。


「マイナーって……やっぱり危険なんですか」

「?」


 急にどうしたんだろう、そんな質問をして。


「さっき、美和さんが月野さんに言わせてましたよね……『死なない』って」

「あ、はい」


 あの件、まだ許されてなかったのか!

 俺が内心で「ヒィッ」と声を上げていると、


「たぶんあれは、美和さんなりに月野さんを心配しているんだと思えたんです。その、彼女は同じマイナーだから危険についてもよくわかっているでしょうし……」

「あ、ああ……そう、だね」


 そうかなあ?

 美和ちゃん、ただ俺で遊んでるだけな気がするけど。


「……万が一は考えたくないんです。でも、わたしが考えてなくても、万が一は来るかもしれない。そう思うと——すごい焦燥感に駆られるんです。だから、ずっと先延ばしにするのはよくないって」


 先延ばし? なにを?


(あ……)


 俺の発言かー!!「君のために10億円」の返答かー!

 アレだって美和ちゃんが余計なことを言ったからおかしな感じになったヤツじゃん。

 ていうか1年も前の話じゃん。

 なんとなくお互い触れない感じになってるから「もうそのままでいっか。俺仕事忙しいし。仕方ないよね」って気分になってたアレ!


「月野さん」

「は、はい」


 松本さんは俺をじっと見つめている。

 頬はいつもより少し赤くて、その瞳は熱っぽい。


「わたしにとって……月野さんは憧れでした」


 憧れ? え、なんで? うだつのあがらないオッサンだぞ、俺は。


「仕事ができて、気遣いもできて、下には自由にやらせてなにかあったら責任を取ると言ってくれる……その姿に憧れて、わたしも仕事をしていました」


 いや、いやいやいや、待って待って。

 誰その理想の上司は。俺? 俺じゃないぞ、それは!

 俺はそんなんじゃない。仕事だってなんとかかんとか食らいついてただけだし、松本さんやみんなに嫌われたくないから必要以上に気を遣って……逆に、踏み込みすぎると面倒ごとも増えそうだから少し距離を置いていたくらいだ。

 それが、「自由にやらせる」みたいに見えてたのか。

 最終的には俺は責任を取って会社を辞めたけど——それでも、松本さんが思い描く理想の上司なんかじゃない。

 だけど、そう、言い出せなかった。

 彼女の熱っぽい瞳が、俺の発言を封じていたのだ。


「だからこそ、だと思うんです。わたしは月野さんを、いわゆる『男性』として見てこなかった……見られなかったんです。それくらい月野さんに憧れがあったんだと思います」

「————」


 あ、これはフラれるヤツだ。

 直感した。

 よくわからないまま、告白したみたいな感じになって、美和ちゃんに外堀を埋められて、1年越しにこうしてフラれる。

 俺っぽいと言えば俺っぽいけど。

 まあ、でも、ふつうに好かれるような男だったらこの歳まで独身でいることもないよな……。


「ごめんなさい、月野さん」

「いや、いいんだ——」

「だから。今からちゃんと見ていいですか」

「——俺だって、松本さんみたいな人に……え?」

「こ、これからちゃんと、意識します。男性だって。えっと、あの、実はちょっと前からそう意識するようになって……気がついたらどきどきしてて、それで、お休みの日も月野さんのことばかり考えてて……」


 え、ちょっと待って。

 どうした、松本さん。

 そんなふうに視線を逸らして真っ赤な頬に手を当てて。

 熱でもあるのか? そうに違いない。君は今重大な思い違いをしている!


「松本さん、俺は一回りも、君より年上なんだよ」

「はい。大人の男性って感じです」

「いや違う。ああ、いや、そう。大人のオッサンだ。大のオッサンなんだ」

「十分お若いです」

「そうじゃなくて、君にはもっとふさわしい人がいるんじゃないかと……」

「月野さん以上の人に、これから先の人生で出会える自信はありません」


 うわあ、断言された。


「少なくとも、わたしのために私財をなげうって、会社を買収してくれる人なんて」


 その真っ直ぐな瞳に、俺はぶん殴られたような衝撃を受けた。

 これは——いいのだろうか。

 41歳のオッサンが、勘違いしても、いいんだろうか。

 ぷるるるる、と内線がまた鳴った。ああ、早く行かなきゃ。面接の人を待たせてる。


「月野さん」

「……は、はい」

「あの約束、まだ有効ですか」


 ぷるるるる。ぷるるるる。ぷるるるる。


「え?」

「『ランチじゃなくて、仕事終わりに軽く飯でも』」


 ああ——あったな。

 アドフロスト時代のことが、異様なほど懐かしく思い出される。

 俺と松本さんの間には無人の席があったけれども、毎日仕事をしながらいろいろと話していた。

 最初はランチだったのに、仕事が忙しくて「終業後に飯」に変わってしまったんだ。

 覚えててくれたのか。


「もちろんだよ。今なら、豪華なディナーにご招待できるよ」

「いえ」


 松本さんはくすりと笑った。


「気兼ねなく行けるような、居酒屋がいいです。そこから少しずつ……距離を縮める、でもいいでしょうか?」


 ああ——なんていい子だろう。

 本気で俺にはもったいない。

 ぷるるるる。ぷるるるる。ぷるるるる。

 内線に急かされたわけではない。

 そう思いたい。


「俺も、そのくらいのスピード感のほうがありがたい。ちょっと最近、めまぐるしいことばかりだったから。——今夜はどう?」

「はい、大丈夫です! 急な仕事があっても絶対片づけます!」


 俺は松本さんとともに社長室を出た。

 今日の仕事を終えた後の、楽しみが見つかった。

 どの店にしようかな……イカの美味い店、こぢんまりした焼きとん屋、地酒が充実してる店、いろいろあって迷うな。

 ぷるるるる。ぷるるるる。ぷるる……。


「やばっ、内線切れた。ていうか待たせすぎた」

「い、急ぎましょう!」


 俺と松本さんは大急ぎで受付に向かった。

 そうして初対面の面接者に、会って早々「ごめんなさい」をするのだ。

 なんというみっともない。

 だけど実に、俺たちらしいような気がした。

 そう簡単にうまくはいかなくて。

 裏庭という至近距離にお宝が埋まっているのに、その先になかなか進めない。

 それでも——。


(あきらめなければいつかは手に入る……のかも、しれない)


 社内の狭い通路を松本さんと歩きながらそう思った。

これにて「裏庭ダンジョンで年収120億円」は完結となります。

ご愛顧、ありがとうございました!

最後なので、まだの方は是非とも↓にある★★★★★から評価のご協力をお願いします。

今後エクストラエピソードなどを書くこともあるかもしれませんので、是非とも「ブックマーク」もしておいていただければと思います。


私的には最初から松本さんエンドで考えていましたが、美和ちゃんエンドを希望の方、マニアックに如月ちゃんファンの方、あるいは尖りに尖って藤ノ宮エンドをご希望の方もいたかと思います。

すべてのご希望には応えられず申し訳ありません。まあ、そもそも松本さんもエンドしてないじゃんって気もしますが、まあ、しょうがないよね、まあ……。

そのあたりは思いの丈を感想にぶちまけていただいても構いませんし、レビューを書いてくださってもいいのよ(チラッ)。


回収できていない伏線っぽいのも残っていますが、それも連載ならではということで……。いろいろなパターンを試行錯誤しながら進めていたのですが、たとえば、ダンジョンをもっと深く潜って日本で最初に13層以降に到達したマイナーになるとか、月野さんの異能とか、そのあたりはIFのストーリーで存在し得た未来で、今回はこの形で完結に持って行けました。


短期集中連載で、毎日2回更新で完走できました。ありがとうございました!

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