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エピローグ 2/3

「え? 月野さん、5層行ったの?」

「言わなかったっけ。まあ、ソロでは一瞬ね。ほら、『ルピナス』と『人生バラ色』がもめてたとき」

「あー、あれって5層だったんだ。危ないよ?」

「いや、それは重々承知。あれ以降は『ルピナス』といっしょだし、ひとりではもう絶対行かんわ。でもさ、美和ちゃんはソロで潜ってるんでしょ?」

「私、異能あるもん」

「でも魔結晶のニオイを嗅げてもモンスターは襲ってくるでしょ」


 するとソファでだらだらしていた美和ちゃんが、にやりとした。


「一体いつから——異能がたったひとつだけ(・・)だと、錯覚していた?」

「……なん……だと……」


 とりあえず乗っかってみたけど、いや、マジでどういうこと?


「まさか美和ちゃん、異能がふたつ——」

「声が大きい」

「あっ」


 あわてて口を閉じた俺。

 この社長室、ふだんからドアは開けっぱなしなんだよな。

 密室で変なことしてないよというアピールのために——特に美和ちゃんが来ているときは。


「そんなわけで、私は心配ご無用。月野さん、あなたは前科もあるんだから『ルピナス』がピンチのときに命張ったりしないでね」

「前科言うな。不起訴だわ。……忠告はありがたく聞いておくけどさ。でも、俺が死んだって大丈夫でしょ?」


 実は、俺の伊勢原の自宅は土地の権利者に美和ちゃんの名前も入れたのだった。

 これが、条件(・・)だったからね。アドフロストに協力することへの見返りは。

 いくら美和ちゃんが俺の裏庭ダンジョンを魅力に感じていたとしても、「裏庭ダンジョンの利用条件」は「年1回の魔結晶換金と送金」なわけで。

 その条件に「アドフロスト再生へのお手伝い」は含まれない。

 ただ美和ちゃんは、俺と「人生バラ色」の抗争をかなり心配していた。つまり、もしも俺が死んだ後、あの土地の持ち主が誰になるのかということ——相続するのは俺の兄になるのかな? 兄貴はきっと、伊勢原の土地の価値などわからず売るだろう。

 売るだけならまだいい。美和ちゃんがすぐ買えばいいのだから。

 問題は売る前に見に来て、ダンジョンを発見したらということ。兄貴はNEPTに報告してしまうだろう。そうなったら、美和ちゃんのお楽しみがなくなってしまう。

 だから、美和ちゃんに俺が「アドフロスト再生へのお手伝い」を頼むとき、「土地の権利者に名前を入れる」ことを約束したのだ。

 でなきゃ、つぶれそうな広告代理店に肩入れなんかしてくれないよな。美和ちゃん自身、めちゃくちゃ稼いでいて、めちゃくちゃ忙しい人なのに。


「あなたが死んで、大丈夫かって?」


 美和ちゃんはソファから起き上がってやってくると、俺のデスクにドンと両手を突いた。だぼっとしたパーカーだとわかりにくいけど、ゆさっ、と大きな胸が揺れたのを俺は見逃さなかった。


「……あの土地の権利はほんとのほんとに、万が一を想定しての、保険だから。二度とそんなこと言わないで」


 ダンジョンの深層を——それも、10層近くを経験したマイナーは、身に纏う空気が変わるという。

 それはダンジョンを出ても維持される、というのがマイナーたちの常識だった。

 美和ちゃんに感じたことはなかった。

 だけど今——びしばしと感じている。

 身体から立ち上る怒気……いや、これは覇気とでもいうのだろうか。


「す……すみません」


 俺は思わずそう言っていた。


「本気で悪いと思ってる?」

「は、はい」

「それじゃ、こう言いなさい。『俺は美和を残しては死なない』」

「お、俺は美和ちゃん——」

「『美和』」

「美和」

「よろしい。はいもう一度」

「俺は、美和……を残しては死なない」

「もっと大きい声で!」

「俺は美和を残しては死なないっ」

「もっと!」

「俺は、美和を、残しては、死なない!!」


 やけになって言うと、美和ちゃんは満足そうににっこり笑った。


「——ということなので。御社の社長がダンジョンに潜るのを止めないでね? 一般社員さん」


 彼女がくるりと振り返ると、社長室の入口にいたのは松本さんだった。


(ええええええ——!? 今の聞かれてたん!?)


 ふたりは視線をばちばち交わしているが、美和ちゃんは優雅な足取りで松本さんの横を通り、社長室を出て行った。


「……ま、松本さん?」

「社長」


 俺のデスクまでやってきた松本さんの圧がすごい。

 もしやダンジョンの第10層近くまで潜ったか……?


「いくら契約しているマイナーの方とは言え、たいして仕事もないのに社長室に居座らせ、社長の仕事を妨害させるのはいかがかと思いますが」

「す、すみません……」


 俺がその圧に震えていると、ふーっ、と松本さんは息を吐いて、


「……こちら、今日の面接する方の履歴書と職歴書です」


 俺の前に書類を滑らせた。

 怒ってない? 怒ってないのかな?

 業務時間中に美和ちゃんとふざけてる、みたいに見えたかもしれないよな。

 恐る恐る紙を手に取る俺を見て、松本さんはため息をもうひとつ。


「月野さん……今は社長なんですから、堂々としていてください。月野さんはアドバーニングのみんなの希望なんですよ」

「えーっと……はい。あの、一応言っておくけど美和ちゃんとふざけてたわけじゃないからね」

「わかっています。ダンジョンにも潜って、短い睡眠時間で社長の仕事もこなして……みんな月野さんが誰よりも働いていることを知っています」

「そ、そう?」

「だから心配もしてるんですよ。いつ月野さんが倒れたりしてもおかしくないって……。売上が足りてないことを気にして八木さんたちの営業チームは新しい顧客に営業を掛けてますし、経理の塚原さんも少しでも経費を削れないか目を皿にして帳簿を見てますし、うちの制作チームも業務フローを洗いざらい見直して無駄の排除をしてます」

「……そう、なんだ」


 知らなかった。

 みんなとは毎週1回の定例ミーティングで話しているのに聞いたことがなかった。俺が任せている以外も、がんばってくれてるのか。


「ごめん、もっと俺もがんばるよ」

「…………」


 松本さんは額に手を当てて、今まででいちばん深いため息を吐いた。


「……なにもわかってないですね……」


 え、わかってないのか、俺?

次話で本編完結となります。

ここまでお付き合いくださってありがとうございます。あと少しだけ続くんじゃよ(亀仙人)。

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