相模大野ダンジョン
ダンジョンへの入場は24時間365日、いつでもOK! らしい。
それもこれも魔結晶がエネルギー政策、国力に直結しているからだ。
俺が向かったのは小田急線の相模大野駅から徒歩5分という、街中に出現したダンジョンだった。
今やその周囲100メートルは国によって土地が買い上げられ、NEPTのビルが建っている。
ビル、と言っても窓もなければ入口には小銃を構えた自衛隊がいるというなかなか物騒な雰囲気なんだけど。ちなみに敷地は有刺鉄線で囲まれている。
(これって、ダンジョンからモンスターが出てくるのを想定しているってわけじゃないんだよな……?)
今までモンスターがダンジョンから外へと出てきた例はなく、こんなに物々しいのは日本のダンジョンだけだという。他国では入口近辺は公園に整備されていたり、管理しきれないダンジョンには鉄の蓋だけ置いただけ、なんてところもある。
日本人は、目に見えないものを恐れるから、「自衛隊がいればまあ安全だろう」という謎の信頼感で人員が配置されているだけだった。
「——あなたは?」
「あ、マイナーです」
発行されたばかりの、ツルツルのライセンス(顔写真付き)を差し出すと、自衛隊員は怪訝な顔をした。
スポーツバッグでも持っていればカッコもつくが、俺は会社帰りのコートにスーツ、薄いハンドバッグだけだから。
ちなみにバッグに入ってるのは財布とスマホにイヤフォン——それとオイルランタンだけだけどな。
ノートパソコン? 家に仕事なんて持ち帰るかっての。
「ええと、ライセンスを取得したばかりなので、ちょっと様子を見たいだけなんですけどねー……」
「ああ。どうぞ」
納得してもらえたのか、おれは自動ドアを通って中へと入った。
夜の10時、中は閑散としている——かと思いきや、意外と人がいた。
入ると広々としたロビーになっていて、全部で20人ほどのマイナーがいた。
全員、俺より若くて、俺と同い年くらいの人はロビーのソファに横になって寝ていた。着ている服も垢じみているので浮浪者かもしれない。
なんだかロビーはざわざわしていて、興奮してしゃべっている人たちも多かった。
ロビーのテレビは10面ほどあり、無音で地上波の各チャンネルを流しつつ、3つほどはモニターとして情報が掲載されている。
□ 相模大野ダンジョン マイニング情報 □
11月15日 入場者1,628人 軽傷者591人 重傷者39人 死者1人 不通2人
※必ず入場より24時間以内に退場をお願いします! 不通が240時間を経過すると死亡と判断されます!
※ダンジョン内でのトラブルが増えております。くれぐれも異能を使用の際は、矢先の確認をお願いします。故意で他マイナーを傷つけたことが判明した場合、刑事罰に問われ、ライセンスが剥奪されます。
※モンスターの討伐よりマイニングを、マイニングより無事故を誇りましょう!
□ NEPT一斉ダンジョン検査 □
11月17日はNEPTによるダンジョン検査が行われます。この日は0時より24時まで一切のダンジョン入場ができません。
□ 魔結晶換金レート □
1nMgt=1,212円(11月15日15:00 前日比 +2円)
いろんな情報が出てきては消えている。
異能、という文字にはやはり心躍るものがある。
ダンジョンの特徴で、およそ100人に1人の割合で「異能持ち」が出現するらしい。
身体能力が異様に高くなったり、それこそ魔法のような現象を起こしたり。
だけどダンジョン内でしか使えないので、外に出れば「ただの人」に戻る。
まったくもって不思議能力だ。「異能」としか言えないのもわかる。
(まあ、俺に異能が発現しても、奥まで潜る気はないけどな……命あっての物種だ)
とはいえ発現したらうれしくなっちゃうだろうけどな!
モニターの隣、壁面に設置されているパネルには、今どきではあるけれど、紙のチラシが多く貼られてあった。
『ケガをしたマイナーの方へ、耳寄りな転職情報』
『チーム組みませんか? 猟銃所持者急募』
『荷物持ちもできるスタミナある方、5層以降で稼ぎましょう』
『目指せランカー! 誰でも実践できる階層アップ講座』
『魔結晶の持ち出しは犯罪です』
最後のチラシにぎくりとした。
ポケットに魔結晶をのぞかせた男が、にやりとしながらビルの外に出ていくイラスト付きである。
実は——今、俺のスーツの内ポケットには魔結晶が入っている。
そりゃ、売るためには持ってこなくちゃいけないからな。
「……ん、アンタ
チラシを見ていた俺に声をかけてきたのは、マッチョな男だった。
防刃性能がありそうは灰色のジャケットに、伸縮素材のロングパンツ。足元はコンバットブーツだ。
服の上からでもわかるムキムキマッスルマンで、首がめっちゃ太い。
頭はつるりと禿げ上がっているが、これ、空気抵抗を考えてとかじゃないよね?
「あ……はい」
「そんな軽装で行く気か?」
「今日、ライセンスをもらったばかりで、ちょっと様子を見に」
「ああ」
さっきと同じ言い訳を使うと、男は「気持ちはわかるよ」と言った。
年齢的には30代前半だろうか? だいぶ貫禄があるけど。
「真っ直ぐ行けばダンジョンの入口。ここ、相模大野ダンジョンで活動する気なら、レンタルロッカーがあるからそれを使えば、重い武器の持ち運びをしなくてもいい」
「なるほど」
ここの敷地に駐車場なんてなかったし、毎回武器持ち歩くのも物騒だもんな。
「ライセンスさえありゃ、誰でもダンジョンにすぐ入れるぞ。1層はモンスターが出ないからゆっくり見回ったらいい」
「え……出ないんですか?」
俺が聞くと「なんだ、そんなことも知らないのか」という顔をされた。無知ですまん。俺だってダンジョンが人生に関わってくるなんて思ってなかったんだよ。
「1層は出ない」
「ふむふむ」
「逆に言えば魔結晶もない」
「…………」
んん?
「2層以降には魔結晶が出現するが、モンスターもボチボチ出る。ここのダンジョンは野犬のようなモンスターだが、素手で戦ったらケガでは済まんぞ」
「気をつけます……けど、1層はほんとに魔結晶がないんですか?」
「ない」
断言された。
どういうことだろう。
どういうことか——については追々。
今回の小説について諸々活動報告にも書きました。