新しいビジネスの形
スミマセン、ちょっと、いや、だいぶ短いです。
このビジネスはかねてより俺も考えていたし、美和ちゃんとも話し合い、計画を練り込んだ。
「『MD』のようなマイナーを組織する会社とは違います。俺が考えているのはダンジョンの『外』での活動です。むしろダンジョンに潜るときには『MD』として、ダンジョンを出たときには『アドフロスト』という形で二重に契約してもらえるような、そんな事業を考えています。——美和ちゃん」
「うん。そうだね。私は一匹狼で活動してきたけど、それは既存のWootuber事務所は芸能事務所の延長線上でマイナーについても考えているからで、私の思うサポートをしてくれないことがわかっていたからなんだよね。そこへ行くと、月野さんのように実際にダンジョンに潜った経験がある人がいるのは心強いよ」
「サポート、マネタイズの部分はやれる余地、工夫できる余地が多くあると思っています」
日本の社会インフラを支えているダンジョンの魔結晶なのに、マイナーの実態は謎に包まれている。
だからこそ「わからないものは怖い」とばかりにマイナー叩きが始まったりする。NEPTはその標的になって叩かれていた。
それならマイナーを知ってもらえばいいのだ。
マイナーの知識やダンジョンでの体験談は、絶対に面白い。
それを引き出して話をさせるだけでも十分魅力のあるコンテンツになるし、見た目がよい、あるいは運動能力がとてつもなく優れている、あるいは強力な異能を使える——それはダンジョン内限定だけど——そんなのでもいい。
大成功する可能性は低い。
だけど事業継続できるレベルでの成功ならば勝ち目は十分ある。
その後も、俺は語った。
我ながら熱っぽすぎるほどの温度感だった。でも、口が止まらなかったのだ。
疲れた顔をしてたアドフロストのみんなだけど、聞いているうちにだんだん前のめりになってきた。
涙で濡れた目をしていた松本さんですら、俺を熱心に見つめていた。
「——だから、KKアドシステムがなくなってもうつむかなくていいんです。新しいチャレンジを、いっしょにしましょう。それには強固なチームワークが必要なんです」
俺が最後まで言い切ると、みんなは感動して立ち上がり、拍手——スタンディングオベーション——なんてことにはならなかった。
ここはアメリカじゃないからね。
しん、とした沈黙が漂っている。
でもこの沈黙は、悪くない。
「……私が言おうと思ってたこともみんな言っちゃったねえ」
おどけるように美和ちゃんが言うと、小さな笑い声が起きた。
「あはは……すみません」
でもこれでいい。
若くてきゃぴきゃぴしているような会社でもなく、老舗のような安定感がある会社でもない。
ほどよく年老いて、ほどよくこなれている。
それが今のアドフロストだ。
「皆さん、今日はありがとうございました。明日も、明後日も仕事は続きます。新しいアドフロストにお付き合いをお願いします」
俺が頭を下げると、
「ちょっとはやる気に火が点いたよ。頼むぜ、新社長」
立ち上がった営業の八木さんが俺のところに来て手を差し出した。
「あとさ、思ったんだけど社名も変えたら?」
「え?」
「月野さんが来るまでにみんなと話してたんだ。もう、広電堂の子会社でもないんだからアドフロストの名前を残さなくてもいいじゃんって。むしろ心機一転、新しい名前のほうがいいんじゃないかって」
「あ……考えてみます」
「うん」
握手をして返すと、ぱんぱんと俺の腕を叩いて八木さんは会議室を出て行った。
社名変更か、全然考えてなかったな。
それから数人が俺のところにやってきて、「ダンジョンマイナーとは思い切ったねえ」なんて感想とか、「不安はあるけど、残ってよかったって思えるようにがんばるよ」なんてうれしい言葉とか、「移転先決まったら早めに教えて。引っ越し先考えてるんだ」なんて現実的な話とかをしていった。
「おっす」
如月ちゃんは相変わらず軽かった。
「これからもよろしく、如月ちゃん」
「任して」
そうして軽い足取りで出て行くと、次は塚原さんだ。
「……恋佳ちゃんと話しときなよ。次また泣かしたら怒るぞ」
それだけ言った。
大会議室に残ったのは、俺と、美和ちゃんと——そして松本さんだ。
「……ずるいです、月野さんは」