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藤ノ宮弁護士の登場

 40歳になってもヒゲは生える。なんならもう41歳が目の前なんだが? ヒゲなんて人間に必要ないんじゃないの? どうして2日間放っておくだけでこんなに生えてくんの?

 降り注ぐ秋の陽射し。

 目の前は国道16号なので、ザザザとアスファルトでタイヤを切りつけながら、砂利を積んだ大型ダンプが走っていく。あの手の大型車も全部電気自動車に切り替わっている。


「ふぁぁ……ねみぃ」


 俺がじょりじょりと無精ひげをなでながら、相模原南警察署を出てくると、


「いや〜、僕のクライアントも結構警察に捕まったりして1日2日は留置されるんだけど、大体はふてぶてしい態度で出てくるんだよね。ちょうど君みたいに髪もボサボサで、無精ひげを生やしてさ。でも、高い服を着ているからそれも絵になったりするわけ。でも君はひどいね。安い服のせいでぶっちぎりでしょぼい(・・・・)。あははははは」


 めっちゃ笑われた。

 小太りでダークグレーのスーツを着ている男は——電話でしか話したことがなかったけれど、この声は間違いなく藤ノ宮弁護士だ——どう見ても30代前半という感じだった。

 俺よりずっと若いのに、この貫禄。

 儲かってるんだろうなあ。


彼女(・・)から君の面倒を見てくれと言われて来たんだよ。掛かった時間は3時間26分。おっ、今ちょうど27分になった。20万7千円だけどキリよく20万円で請求させてもらうね」


 ……儲かってるんだろうなあ。


「わざわざ来てもらって、ありがとうございます」

「いいさ。来たほうが話が早いんだ。デジタル化の世の中でも、こうして対面することの重要性をひしひしと感じているよ——乗って」


 藤ノ宮弁護士の車はハイグレードの国産車で、セダンタイプだった。

 稼いでいるマイナーは外国車やSUV、クーペに乗りたがるので俺の生活圏内でこの手の車はあんまり見ないんだよな。


「で、どうだった? 留置場は」


 俺は——治安本部に捕まった。

 あの日、相模大野ダンジョンは「一斉点検」をしない代わりに不定期に治安本部のメンバーがダンジョン内を巡回していたようで、第4層には何人もの治安本部メンバーがいたらしい。

 俺の罪状は、「人生バラ色」のメンバーに対する殺人未遂だ。

 だけど逮捕されたことは逆にラッキーでもあった。「人生バラ色」は治安本部には手を出せず、俺の命はこうして無事だからだ。

 治安本部は、マジで強いらしい。

 それこそダンジョンの「一斉点検」で潜ったり、NEPT所有のダンジョンでトレーニングを積んでいるので、精鋭中の精鋭だ。実際、日本のダンジョン最深層記録もNEPTの治安本部が持っている。

 さらには彼らの全員が異能持ちであり、仲間意識も強く、治安本部と揉めると「すべての治安本部員が敵になる」らしい。そんなマイナーが所属しているチームも「治安本部の敵」になるのでダンジョンでのマイニング活動が非常にやりにくくなる。


「死なずに済んだんで、それを思えばどこでも楽園ですよ」


 実際、留置場に入るとか初めての経験ではあって全然眠れなかったけれども、それをのぞけばなにも問題はなかった。


「……そうか。後で彼女(・・)にも連絡しておきなよ」

「はい」


 さっきから藤ノ宮弁護士が言っている「彼女」とは、美和ちゃんのことだ。


「ていうかどうやって俺が治安本部に捕まったことを知ったんですかね。それに藤ノ宮さん、どうやって俺を釈放したんです?」

「彼女ほどのマイナーになればあらゆるところに情報網があるからね。あと、ダンジョン内の犯罪は政治的にも非常にデリケートな問題でね、僕だって彼女に聞くより前に連絡があったよ。野党の議員から」

「え、国会議員ですか」

「もちろん。ダンジョンに詳しい弁護士は少ないからねえ」


 思った以上に大事なのか、これ。

 藤ノ宮さんが言うには、ダンジョンの存在が今の日本経済を支えているのは間違いないことではあるが、一方でマイナーを優遇しすぎではないか、という国民の意見も多い。

 NEPTの魔結晶買い取り価格を下げれば、電気代だって下がるし、そうなれば国民も喜ぶ。それを推し進めた議員は次の選挙でも票が取れる。

 魔結晶買い取り金額が非課税であることもそうだ。ここに課税できれば税収が上がり、他の税金を下げられる。それを推し進めた議員は次の選挙でも票が取れる。

 だから、ダンジョン内で犯罪が起きたとか、そういう情報があるとマイナーを管理する立場であるNEPTを叩くネタになるので、敏感な議員が多いのだという。


「……そんなにうらやましいとか言うなら、マイナーやればいいじゃないか」


 思わず俺はつぶやいていた。

 電気製品に慣れた身には、オイルランタンの明かりだけというのはなんとも心細い。

 そこには問答無用で襲いかかってくるモンスターまでいるのだ。

 儲かりすぎてずるいとか思うのなら、みんなやればいいのだ。


「そうだよねえ。一度ダンジョンに潜って、命を懸けてみれば大変さがわかるんだけどね。でも君だって警察官が街中で銃を撃ったら『怖い』って思わないか? それがいくら、凶悪犯を制圧するためであってもね」

「それとこれが同じことだと言いたいんですか?」

「まあ、僕はマイナーたちに儲けさせてもらってるから、むしろこの優遇が続いて欲しいよ。なんなら義務教育のカリキュラムに、ダンジョンマイニングを盛り込んでもいいくらいだ」


 あはははは、と笑っている——セダンはスムーズに信号で止まった。


「それで、もうひとつの質問だね。君をどうやって釈放させたか——これもそう難しいことじゃない。君が逮捕された罪状は?」

「……殺人未遂の現行犯」

「被害者は?」

「『人生バラ色』」

「そうだ。そして『人生バラ色』に働きかけて、君とは『共同で探索中であり、あそこで銃を撃ったのも予定通りのことだった』と証言させた」

「……は?」


 なんじゃそりゃ。

総合月間ランキング8位に入って、「小説家になろう」のトップページにこの小説「裏庭ダンジョンで年収120億円」が掲載されました。

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