神様仏様NEPT様
会社帰りに新宿の高層ビルにある、「株式会社
10年前にダンジョンが出現してから、まずは自衛隊と警察による調査が行われ、次に魔結晶発電が実用化されるや莫大な利権と化し、最終的には電力会社の専門となった。
ロビー活動に使われた金額は数百億とも数千億とも言われているが、毎年の営業利益が何兆円にもなっている今から考えると、たいした金額じゃなかったことがわかる。
今は民間人による「ダンジョン探査」と「魔結晶発掘」が認められていて、その許可をもらうために電力会社の子会社であるここ「NEPT」にやってきた。
以下、ネットのつぶやき。
『NEPTってなんであんなゴージャスなん? 悪いことやって儲けてんの?』
『今お前が書き込んだのに使った電力だってNEPT様が管理しているんだぞ』
『正確には別の発電会社だけどな』
『NEPTが儲かってる感じ出さなきゃ、ダンジョン
『小学生のなりたい職業ランキング1位がWootuberだったのも今は昔。マイナーこそが人類の希望なのだ』
その書き込みにうなずけてしまうほどに——NEPTのエントランスは派手だった。
3階までぶち抜きの高い天井に、ローズピンクの大理石の柱がそそり立つ。
魔結晶の結晶構造をモチーフにしたNEPTのロゴが掲げられ、紫色の照明が当てられていた。
「新規マイナー登録ですね? ……どうぞこちらへ」
俺が差し出した身分証明書(自動車運転免許証)を確認した「受付」と書いて「コンシェルジュ」は俺を別のフロアへ案内した。
ロマンスグレーの初老のコンシェルジュだったけど、他にも若い女の子のコンシェルジュもいたのでできればそっちがよかったです。
「月野様、失礼かとは存じますが、お仕事はされていますか?」
「え? ええ……広告代理店で働いていますが」
「さようですか」
エレベーターの中でそんなことを聞かれ、明らかにコンシェルジュは安心したような顔をした。
あー……そうか。40歳でマイナーになりたがるなんて、明らかにおかしいもんな。
モンスターとの切った張ったに憧れるのは10代で卒業すべき。
「やっぱり珍しいですか? 40歳のマイナー志望者なんて」
「いえ、実はそうでもなくてですね……月野様はお勤めのようですのでお話ししますが」
17階でエレベーターは止まり、しん、と静まるフロアへと降り立った。
「一攫千金を狙ってマイナーを志望される方がいらっしゃるのです。もちろん、『日本国民のマイナー志望者は、健康上の問題がない限りマイニング許可証を発行する』と法律で決められているので、我々も発行するのですが……」
コンシェルジュはひっそりと顔をしかめる。
「……お金に困窮されている方は、ダンジョン内で無理をなさることが多くて」
「あ、そういう……」
「はい……」
「もしかして、自殺するくらいなら最後のチャンスに賭ける、みたいな人も?」
「残念ながら。えてして、そういう方の生還率は非常に低くなっています」
うわー、マジかよ。
思ってた以上にヤバイところなんだな。
「ですが、月野様のようにきちんとお勤め先がある方は無理をされないので、セカンドビジネスとしてうまく使っていただけているようですよ」
「あ、なるほど」
マイナーで収入を得ることはいわゆる「副業」に抵触しない、ということがこれまた法律で定められており、「週末マイナー」が結構いるという。
エネルギー政策の根幹を担う「魔結晶集め」に国も必死だ。
「では、こちらで簡単な健康診断を行います」
「案内、ありがとうございます」
コンシェルジュと別れ、健康ドックの受付みたいなところで運転免許証をもう一度確認され、データが端末に入力された。
それで、過去に重複志望していないかを確認しているらしい。
健康診断はほんとうに簡単なもので、血液検査とお医者さんによる問診だけだった。会社でやっている健康診断データを参照しているんだとかお医者さんは言った。
「あちらで10分程度の講習を行いますので、受講をお願いします」
通された先はセミナールームのようなところではあったが、ウチの会社の会議室よりも数段グレードの高いデスクとイスが置かれてあった。
入っていくと、すでに6人がいた。
(若ッ……)
見たところ10代がふたりと20代前半が3人、あとのひとりは頭ひとつ抜けて年齢が高そうだけど、それでも30には届いてないだろう。
女性はふたりだけで、20代前半っぽい。
そもそもマイナーになるのは18歳からなので、ほとんどが20歳前後ということになるな。
「……うわー、オッサンがマイナーになるとかヤバくね?」
「……金に困ってそうな顔してるもんな」
「……頼むから俺のそばで事故らないで欲しいわ」
小声で話してるようだけど聞こえてるっての。
とそこへ、NEPTの人らしきスーツ姿の若い女性が入ってきた。
「これからマイナーになる上での注意事項をご説明します……」
全員の顔を見ながらそう言うけれど、俺と目があったときにしかめ面をしたのはなんなんですかね?
10分程度の講習は、確かに10分ぴったりで終わった。
内容はダンジョン関連の法律だった。
法律で許可されてるからライセンスは出すけど、無理すんなよ。死なれたら迷惑だから。なんだかんだ年間1万人くらい死んでるから——要約するとこんな感じ。
(年に1万人も死ぬのか……やっぱダンジョンやべーな)
うちの裏庭ダンジョンじゃ、入口付近で魔結晶を見つけたからよかったものの、あの先にモンスターがいる可能性は十分高いし、危険だよな。
酔っ払ってダンジョンに入るのは止めよう。
「……月野さん。月野さん?」
「あっ」
「聞いてましたか? 講習内容の把握はライセンス発行において必須ですよ」
「き、聞いてました……ハイ」
すでに講習は終わっていて、俺の目の前にはスーツの女性が立っている。
小声で陰口をたたいていた若い男たちは「あのオッサンすぐ死にそうだな」とか言いながら出て行った。
死なねーから。
大体、ライセンスもらうのだって、ライセンスがないと魔結晶売れないから来ただけだから。
「残念ですよ、月野さん」
「え……?」
「講習内容を把握しているかどうか、確認するためのテストは『実施しない』とガイドラインに明記されているので。テストのひとつでもあれば、不真面目なライセンス取得者は出ないで済むのですが」
「あ、はは、は……」
この人怖い。もう二度と会わないだろうことが救いだな。
「ええと……すみません、1点だけ聞いてもいいですか? ライセンスをもらってすぐに入れるダンジョンってどこですかね? 駅近のところがベストなんですけど」
「…………」
きろりとにらまれた。
余計なことを聞いてしまったらしい。
でも行くけどね。
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次回はいよいよ一般ダンジョンへ。