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異能の力

 俺は重ねて言った——のだが、


「……こんな素人オッサン相手に異能(・・)使うことになるとは思わなかったな。おい、達彦」

「うい」

「さっさと沈めて来いよ」

「うい」


 小柄な男が出てきた——と思うと、


「!!」


 彼は、とてつもない速度で走り出した。

 しかもジグザグに。

 それは慣性の法則なんて無視したかのようなジグザグで、気づけば俺との距離は10メートルを切っていた。


(ヤバイ——)


 引き金を引こうとしたが、そのときでも俺は、人間相手に銃を撃つという覚悟ができていなかった。

 オイルランタンなら狙えたけれど、人間相手には、撃てなかったのだ。


「がほっ」


 左から飛び込んで来た達彦という男の前蹴りが、俺の腹にめり込んだ。

 横に倒れかけてたたらを踏むと、続きの一撃で散弾銃を蹴り飛ばされる。

 跳ね上がった散弾銃は、壁にぶつかったタイミングで撃鉄が下りたのだろう、ダーンッ、と音を立てて弾丸を放った——誰もいない方向へ。


「うぎゃっ!?」


 そちらに意識を取られている場合じゃなかった。

 かかとで右足の先を踏み抜かれた。

 俺の靴は鉛が入っている安全靴だが、足の甲にはダメージが入る。

 思わず頭が下がった俺の後頭部をつかまれ、


「ぐっ!?」


 膝蹴りが俺の鼻にめり込んだ。

 ぶちぶちぶちっ、と毛がちぎれ、抜ける。

 クソが。

 40歳男子の毛が、どれほど大事なのかわからねえのかよ。

 衝撃に頭がフラフラして前のめりに倒れる——。


「しょぼ」


 男はなんの感動もなくそう言って、立ち尽くしている。


(マジかよ……なんだよ今の動き……これが異能かよ……)


 人間離れしたマイナーだけがたどり着く深層。

 きっと、他のメンバーも異能持ちなのだろう。


(やべえ……全然かなわねえ。かなうわけがない)


 崩れ落ちながら俺は思う。

 そんなことはわかってた。

 相手は異能持ちで、このダンジョンではトップレベルのマイナー。

 こっちは今年潜り始めたばかりの40歳。

 かなう理由がひとつもない。


 ——思っていた以上に、負けず嫌いみたいです。


 俺はこんなときだというのに、ふと、松本さんのことを思い出していた。

 負けず嫌いだと言った彼女からはあれから連絡がない。

 ないけど、きっと戦ってるんだろうってことはわかる。

 上司も、仲間も、責任を放り出して逃げている中で彼女は踏みとどまってる。

 合理的な理由なんてないんだろう。

 ただ、「負けたくない」ってだけだ。


「……ん」


 顔が地面すれすれで、止まる。俺は左手を地面に突っ張り、右手で達彦ってやつの足をつかんでいた。


「しょぼくて悪かったな……」

「!?」


 力一杯、達彦の足を握りしめて引っ張ると彼はバランスを崩して背後に倒れる。

 俺はそのまま立ち上がり、


「勝手にぃぃぃぃぃ毛ぇ抜いてんじゃねええええええええええええええ!!!!」


 達彦を、ぶん投げた(・・・・・)

 片手で。

 俺のどこにこんな力があったのかはわからないけど。

 達彦の身体は10メートルくらい宙を舞って、地面に激突する——寸前、でぶった男が滑り込んできて抱き止める。


「ぶぃぃぃ。あぶねえあぶねえ。達彦、油断しすぎだ」

「……あ、ああ」


 なんだよ、あのデブ。デブなのに俊敏な動きとかアリかよ。

 だけど俺の反抗は「人生バラ色」の連中に火を点けてしまったらしい。


「おい、全員武器抜け。あのオッサン殺す」


 瑠璃ちゃんたちにちょっかいを出してた金髪が言うと、他のメンバーはうなずいて各々の武器を抜いた。

 剣もあれば斧もある。弓もあれば杖もある。魔法使えんのかよ。クソうらやましい。

 そしてよくわからない、鉄パイプと言うべきか、鉄骨と言うべきか、巨大な鉄片を持っている大男もいる。

 彼らから発せられる異様なまでの圧力は、俺のいる場所にまで届く。

 風が吹いているみたいだ。

 気持ち悪いオッサンに息を吹きかけられたみたいな最悪の気分だけどな。


「今からお前を切り刻む。何度も何度も切り刻んで、存在の欠片まで残さないほどのミンチにしてやっから」

「…………」

「余裕ぶっこいてんじゃーぞ、オッサン」


 余裕をこいてるわけじゃない。

 たぶん……こいつら、過去に人を殺してる。このダンジョンで。

 だから簡単に罪を犯す。瑠璃ちゃんに暴力を振るったのだってそうだ。

「ダンジョン内における全能感により罪悪感が薄れる」という、それは異能持ちに多く見られる傾向だ。なんたら症候群とかいう病名までついている。

 美和ちゃんが頑なにソロで潜るのも、「ルピナス」がなるべく他者との接点を作らないのも、それが理由だろう。ていうか瑠璃ちゃんはどうして俺に声を掛けたんだろうか……スーツ姿があまりに無害な感じがしたからか?

 いずれにせよ、俺は「人生バラ色」をナメてるわけじゃない。

 ただ——俺は見えていた(・・・・・)だけだ。

 彼らの背後に現れた2体のモンスターが。

 高い高い天井すれすれの身長がある、牛頭と馬頭が。


『ブモオオオオオオオオオ!!』

『ヒヒイイイイイイイイイ!!』


「あ?」


 彼らが振り返ったときには、すでにその2体は突っ込んできていた。

 一抱えもありそうな牛頭の頭には凶悪な角が生え、馬頭のほうは足がムキムキで弾丸のような前蹴りを繰り出してくる。

 すげえ。

 さすが5層、深層の入口。

 これまでのモンスターが冗談じゃないかってくらい強烈だ。


「チッ。ザコかよ」


 だが、「人生バラ色」もまた強烈だった。


「ぬうあっ!」

「ふんっ」


 突進してきた牛頭には、鉄片を持っていた大男がそれを振り下ろし、牛頭ごと地面に叩きつける。

 馬頭のケリが襲いかかった男はひらりとそれをかわすや、刀のような剣を振って馬頭の腹を切り裂く。

 それからは一方的な展開だった。

 牛頭も馬頭もハンパない生命力を持っていて、人間だったら1発で致命傷みたいな攻撃を食らってもなかなか灰には還らず、暴れ回る。

 それでも「人生バラ色」はまるで戯れのように牛頭と馬頭を翻弄し、ダメージを蓄積し、達彦とデブも参戦すると1ミリの隙もなく完封した。


「ったく、とんだ邪魔が入ったじゃねーか——ってオイ!?」


 金髪が気づいたときにはもう遅い。俺はこっそりと「ルピナス」のメンバーに近づいて、瑠璃ちゃんを抱き起こすと逃げ出していた。

 鮎美ちゃんと羽菜ちゃんはとっくに走り出している。

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