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ソロの限界

 □ 相模大野ダンジョン マイニング情報 □

 10月1日 入場者3,098人 軽傷者1,122人 重傷者140人 死者6人 不通9人

 ※必ず入場より24時間以内に退場をお願いします! 不通が240時間を経過すると死亡と判断されます!

 ※ダンジョン内でのトラブルが増えております。くれぐれも異能を使用の際は、矢先の確認をお願いします。故意で他マイナーを傷つけたことが判明した場合、刑事罰に問われ、ライセンスが剥奪されます。

 ※モンスターの討伐よりマイニングを、マイニングより無事故を誇りましょう!


 □ NEPT定期ダンジョン検査 □

 入場者多数のため、定期ダンジョン検査は行われません。しかしながらダンジョン内の治安維持のため不定期にNEPT治安本部による検査が行われます。


 □ 魔結晶換金レート □

 1nMgt=1,056円(10月1日15:00 前日比 +4円)




 それからというもの、俺は美和ちゃんからの教訓を生かして暮らしていた。

 まずひとつ目の教訓は、急に羽振りよくしない。

 これは簡単だった。そもそも贅沢の仕方がわからんからな……。

 17億円を使うために届いたクレジットカードは黒一色で、俺が足繁く通うホームセンターで使ったら一発でウワサになりそうだから今のところこれは軽トラで遠征してATMでキャッシングするのに使っている。

 クソほど無意味な手数料を支払って。

 アホみたいだろ?

 ホームセンターでニコニコ現金払いするためだけのキャッシングなんだぜ……。

 それでも、お金の不安がなくなったのはよかったけどな。

 そしてふたつ目の教訓は、ダンジョン通い。

 いきなりダンジョンに通わなくなったら「あいつなにか後ろめたいことがあるんじゃね? あっ、こいつ確か美和ちゃんと同じ日に潜ってたぞ。あやしい……」と好奇心旺盛なギルド職員が調べたりすることもあるらしい。

 怖すぎる。

 俺の個人情報どうなってんだよ。

 確かにまあ、NEPT職員の森川さんも俺のことを話題にしてたって言ってたしな。

 だから、今までと同じくらいの頻度で相模大野ダンジョンには通っている——マイナー、だいぶ増えてる。どこからか情報が漏れていて、一攫千金狙いのマイナーが多いのだ。

 森川さんと話したら、上溝ダンジョンが空いてるからそっちに行くか、それか来月は厚木のダンジョンが一般公開される見込みだからそっちに行ったら? と言われた。

 マイナーが増えて、NEPTが独占しているダンジョンを一般公開する方向に舵を切っているらしい。

 まあ、夢があるよな。

 なんせ1日で17億円稼げるんだぜ?(年収120億円は遠い)


「んんん?」


 その日も相変わらず、夜更けに相模大野ダンジョンに潜っていた。

 見慣れぬマイナーチームに「こんにちは」と頭を下げたりしながら。

 おい、離れたところで「散弾銃とか素人くせえ」とか言ってんじゃない。俺がいちばんわかってるわ。


「……なんか、めっちゃ当たるな」


 今までの命中率がだいぶ改善されてきており、今日に至っては15発撃って失中が一度もないのだ。

 散弾だから当然当たるという感じではなく、単発のスラッグ弾を全部当てているのだ。

 第4層に出現するゴブリンアーチャーを、向こうが攻撃してくる前にヘッドショットだ。

 ほんとうは気づかれる前にやりたいんだけど、「撃ちます!」って声を出さないといけないからなあ……。


「行っちゃうか? 第5層、行っちゃうか?」


 また調子に乗る俺の悪い癖が出てきた。

 とはいえ、「深層の入口」とも言われる5層を見ておくのも悪くはないかもしれない。

 下り階段の位置はわかっているので、軽く様子を見ておこう。


(それにしても……地下水とかそういうのの滲みとかも一切ないんだな。ダンジョンがなにでできてるのかもよくわからんのだからすごいわ)


 なんでも、がんばってダンジョンの壁を削って持ち出そうとしても、外に出るといきなり風化して消えるらしい。密閉容器に入れておいても溶けるように消えるというのだから不思議だ。


(そんなんでも、なんとかかんとかダンジョンの内壁表面には植物らしき生き物がいる、というところまでは判別しているのだから科学者にも意地があるってことだよな)


 そんなことを考えながら歩いていく。

 気温も湿度も一定だ。

 壁面や床、天井もまた同じ灰色だ。

 過去に何度も、ダンジョンを横から(・・・)破壊してみようという取り組みが行われた。

 外側からダンジョンを破壊できるようになれば、深層の、手つかずの魔結晶をゴッソリ集めることができる——という寸法だ。

 最初は、大穴を掘って、地下鉄のトンネル掘削に使うような巨大ドリルが使われた。

 だけどうまくいかなかった。

 ダンジョンに近づくと電気系統がトラブルを起こすみたいで——ダンジョン内と同じように電気製品が使えなくなるようなのだ。

 それ以外にも、爆薬を使うとかのチャレンジもあったが、外側からダンジョンに傷を付けられなかった。

 まあ、ダンジョン内でどんな激しい戦闘があってもかすかにしか傷がつかないもんなあ。

 だもんで、地中深く穴を掘って、核弾頭を打ち込んでみるという計画が、今、中国で進行中らしい。

 さすが中国。恐れを知らない。


「お、あそこか」


 ソロで5層に挑戦というのは、限界への挑戦でもあるという——そんなようなことを職員の森川さんも言ってた。それ以降まで行きたいのなら、自身が「異能持ち」となるか、あるいは「異能持ち」の仲間が必要だと。

 そう考えると、いくら異能があると言っても魔結晶のニオイがわかるだけの美和ちゃんが、深層にいるというのはすごいことだよな。


「鼻に魔結晶突っ込んでるのは残念極まりないけど〜」


 軽い口調でぶつぶつ言っているのは、階段を下りていく俺の足がすくみそうになるからだった。

 ……なんだこれ。

 空気は同じなんだよ。むしろ4層に来たときのほうが重く感じた。

 だけど本能が——「これ以上は行くな。行きたくない」と言っている感じがする。

 膝がガクガクする。

 マジかよ。まだ、階段の途中なのに、なんでこんな……。

 やっぱり止めておこうか? という気持ちと、ここまで来たなら安全圏の階段付近だけでも見ておこう、みたいな気持ちとが入り交じる。


(ええい、行くぞ、行く行く! ここが限界ならそれはそれで、見ておく価値があるだろ!)


 理性が勝って、俺は最後の20段くらいをどんどん下りていった。

 途中から壁がなくなって、一気に視野が広がる。


「あ……」


 いきなり、広くなった。

 通路と小部屋だけで構成されている4層までとは違い、階段付近は空き地のようなだだっ広い場所だった。

 オイルランタンの光では奥まで届かない。

 すさまじいまでの孤独感が襲いかかってくる。


「……こりゃ、ソロの限界だわ」

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