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美和ちゃんのご褒美

 改めて、俺は美和ちゃんを裏庭へと案内した。ほんとにこんなところにダンジョン(魔結晶)が……? っていう疑念ありありの顔をしてたけど、物置の床を外した瞬間、美和ちゃんの目の色が変わった。


「すっご。マジであるんだ。ダンジョン。ヤバイ、興奮してきた」

「…………」


 どうしてこの子は美人なのに、いきなり目を充血させて鼻の穴おっぴろげて残念な感じになるんだろうね?


「おおおお、これはダンジョン! ダンジョンのニオイ! 魔結晶のニオイがぷんぷんする!」


 オイルランタンを片手に階段を下りていくだけで、美和ちゃんがめちゃくちゃうるさい。

 どうやら異能が再活性化して、魔結晶のニオイを嗅ぎ取ったらしい。


「のおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」


 魔結晶の山を見せたときの美和ちゃんの顔は、正直モザイクをかけなければいけないレベルだった。

 彼女が魔結晶にダイブし、頬ずりし、カサカサと這い回り、お嫁にいけないような顔をしている間、俺は一応通路側を見張っていた。

 1層目だからモンスターはもう出てこないはずだけど念のためね。

 気まずいっていうのが最大の理由だけどな。


「——月野さん」


 それからたっぷり30分後。

 だいぶ落ち着いたのか美和ちゃんは言った。


「くれぐれもこのダンジョン(パラダイス)が見つからないよう、気をつけてください」


 キリッとした顔で言われても、両腕で魔結晶を抱えてるし、鼻の穴には魔結晶が刺さってるし、口元はよだれだらけなんだよなぁ……。


「わかってる」

「……ほんとうにわかってる?」

「わかってるよ。『こんな物置の中にダンジョンなんてあるわけない』って顔、美和ちゃんだってしてたじゃないか」

「うっ。それは、確かに。漬物が置いてある場所がダンジョンの階段だなんて思わないって! でもね、私も相当に注意してここまで来たんだからね。ふだん乗ってる車は外国車だから目立つので、わざわざレンタカー使ったし」

「そんなに?」


 美和ちゃんは神妙な顔でうなずいた。


「実は、さっきはあの松本さんて人がいたから言えなかったけど、他のマイナーから警告されたんだ」


 どきり、とした。

 警告?

 まさか、俺が換金してもらったことがバレてるとか?


「まず、私が大量かつ純度の高い魔結晶を見つけてきた、というウワサが一部に広がっている」


 人の口に戸は立てられない。

 以前、1度だけ瑠璃ちゃんに換金してもらったときだってNEPTの研究所が目を付けてきたほどだ。

 今回のことだって研究所——ARCの連中は気づいている。

 どこからともなく情報は広がっていく。


「そして『秘密の小部屋』というウソが通じない、それが存在しないことを知っているマイナーがいる」

「うん、そう言ってたね」

「特に最前線で戦ってるマイナーたちだよね。そんななか私が、どうやってかは(・・・・・・・)わからないが(・・・・・・)、大金を手に入れた。ソロの私が潜れる範囲はある程度知れてるわけで、何億円もの魔結晶を持ってくるなんて——なにか仕掛けがあるはずだとにらまれたの」

「……もしや、外から魔結晶を持ち込んでいると?」

「ううん。『未発見のダンジョン』のほうがよほど、『秘密の小部屋』よりあり得ないからそこは心配しないで。大体、ある程度人口があるところにダンジョンは見つかっていて、山奥には見つかったことがない。これは例外なくそうでしょ」

「うん」

「いまだに未発見のダンジョンが見つかるなんて宝くじに当たるより低い確率なのよ」


 それは……そうかもしれない。

 宝くじより確率は低いが、宝くじの1等よりはるかに価値のあるものがあったわけだが。


「彼らは、私が新たな異能に目覚めたんじゃないかと疑ってる。たとえばモンスターに見つからないよう姿を隠せるとか。地面を掘ってノーリスクで次の階層に移れるとか。そうしてひとりで未開拓の深層から魔結晶をせしめてきたんじゃないかと」

「なるほど……でもひとりにふたつの異能が目覚めることなんてあるのか?」

「なくはないけど、レアだよね。だから彼らはこうも考える——『そういう異能持ちとパートナーになったんじゃないか』って」

「!」


 彼女の手からバラバラと魔結晶がこぼれ、人差し指を俺に突きつける。


「だから、気をつけて」

「わ、わかった」

「私は毎週来るけど、常に他人のフリよ」

「毎週来るのかよ」

「来るわよ! ここはパラダイスよ!」


 いえ、ダンジョンです。


「尾行されることも考えなきゃいけないから、変装もしなきゃだし。あ〜〜もう、大変にもほどがある」

「来る頻度を減らせばいいのでは? なんならもう来なくてもいいのでは?」

「無理」


 返答早いなぁ。


「いや、他人事みたいに言ってるけど、月野さんが危ないんだからね? いきなり私と接点を持つようになった人って月野さんだけだから。月野さんの存在がバレたら拉致られるよ」

「またまたそんな……」

「こき使えば何億も稼げるようなヤツ、放っておかれるわけないじゃない」

「…………」


 背筋が冷たくなった。

 俺が手に入れた17億とかいう金は、全然現実感がないのでわからなかったけど、それを現実のもの(・・・・・)だとわかっている連中はごまんといるのだ。

 特に、マイナーのトップ層は。

 人間離れした異能を持つ彼らは、ダンジョン外でこそただの人だが、ダンジョン内では幾度となく修羅場をくぐっている。ダンジョンにかける意気込みは常人ならざるものがある——と聞いたことがある。

 そんな人たちからしたら、利用できる異能があれば拉致ってでも使うのだろう。


「……ちょっと脅しすぎたかもしれないけど、ほんとに心配してるの。ごめんね。戻ろうか」

「うん……でも美和ちゃん」


 鼻の穴の魔結晶は出してってよ……。

カップイさんからもレビューをいただきました! ありがとうございます。「刺さった」ようで何よりです 笑

リアリティとファンタジィの境目は今回かなり意識しました。この後の展開もぜひお楽しみいただければ。

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