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彼女の異変

 慌ただしく1か月が過ぎた。

 今の俺の肩書きを言うとすれば、「Conquer Dungeons Company」なんていう謎の会社の代表であり、たったひとりの社員でもある。

 略してCDCだけどアメリカの疾病予防管理センター(CDC)とはもちろんなんの関係もない。

 ちなみにシンガポールに本社がある。

 俺はシンガポールに行ったことがないどころか、パスポートすら持ってないけど。


「おお……」


 とある銀行のネット画面を見ている俺は思わず声が震えた。

 そこの残高は、「17億2百85万円」である。

 美和ちゃんはWootuber兼マイナーの活動ですでに法人を持っていて、魔結晶の稼ぎはそこの口座に入ることになっている。

 俺のCDCが彼女の活動のサポート、コンサルティング業務を行う(てい)にしてそれでお金を払ってもらっているという形になった。

 送金手数料やらなんやらでかなりお金が掛かるのと、あとはあんまりやり過ぎると国税庁ににらまれるから、


 ——年に1回ってところね。


 と釘を刺されてしまった。

 ちなみに税務処理やらなんやらもすべて、美和ちゃんが頼んでいる税理士さんにお願いすることになった。

 シンガポールだって税金は掛かるからな。日本と違って、地方税がないぶん安いみたいだけど。

 税理士さんからはもろもろの費用を1千万円請求されたが、17億円から見たら端金だ。

 あと、今回のやり方についてお膳立てしてくれた弁護士も紹介してくれた。会社法を中心に企業買収とか専門にやってる人らしく、だいぶ辣腕、という印象だ。

 一度だけ電話で話したけど、


 ——この通話で5分。僕が請求すると5千円くらいになるからね。


 とか言われたし。

 時給だけで高給取りとかアメリカの弁護士みたいだ。


「それにしても」


 その辣腕弁護士、藤ノ宮さんですら、俺と美和ちゃんとのやりとりは年に1回だけにしておけと言っていた。何度も釘を刺された。一度税務署に目を付けられると地の果てまで追われると。


「年収120億円への道は遠い……」


 さらには、シンガポールの税金も払わなければならないので残るのはいくらだろうか……10億を下回ることはないのだろうが。

 とはいっても、目標の「年収120億円」というのは税引き前の話だ……そうしないと計算がめんどくさすぎる。


(あと5人か6人探して、同じように換金してもらうか?)


 それができるなら藤ノ宮弁護士だってそう言うよな……。

 美和ちゃんのようにお互いがお互いの秘密を握り合うような間柄になれればいいのだけど、そもそもそんな人はなかなか見つからないし。


「まあ……それは追々考えよう」


 とはいえ、一息つくことができた。

 銀行の預金通帳を気にしなくていい。その、なんと気分のいいことか。


「あと30分か」


 今日は、美和ちゃんとの約束を果たす日であり、彼女がウチに来ることになっていた。

 美和ちゃんはあれから毎日動画をWootubeにアップしていて、相模大野ダンジョンの記録を塗り替えるような査定額をたたき出したことなんてまったくおくびにも出さない。

 すごいなあ。

 ネットをいろいろ調べてみたけど、相模大野ダンジョンで「すごい額」が出たくらいの情報は出回っていたけど、それ以上はなかった。

 秘密保持を忘れがちな職員も、今回ばかりは黙っているのか、あるいはごく少数の職員にしか秘密が共有されていないのか。

 まあ、美和ちゃんの安全を考えたら言えないよな。

 大金を持っている人間が現れたら狙われるのが世の常だ。

 そう思うと、美和ちゃんの取り分は、その「危険手当」みたいなものも含んでいることになる。


「——っと、来たな」


 チャイムが鳴った。

 時間にはまだ早いけれど、音声通話で話す美和ちゃんは魔結晶を見に行きたくて行きたくてしょうがないみたいな感じだったので、早めに来たのだろう。

 それでも、この1か月我慢してくれたのは……すべては、俺との接点がバレないようにするため。

 大金を手に入れた彼女が、いきなり俺みたいな40絡みの男と接点を持ち出したら周囲が怪しむに決まっている。


「お?」


 玄関は磨りガラスの引き戸になっているのだが、その向こうに見えているのは明るい髪色の女性だった。

 あれ? 美和ちゃん、髪の色変えたのか。


(……待てよ、こういうときって「似合ってるよ」とか言わなきゃいけないんだよな)


 だけど俺知ってる。「似合ってるブヒィねぇ……」とか言ったらセクハラになるって。会社員時代に受けた「セクハラ・パワハラ講習」で習ったから。

 つまり日陰者の俺は「黙ってろ」ってことだな。

 変に気を利かせるくらいなら、気づかないフリをしたほうがいい。

 ……ていうかそんな講習やってた会社でゴリゴリのパワハラで俺は退職させられたような気がするんだが、コンプライアンスはどこにいった?


「こんにちは、ちょっと早かったですね——」


 と言いながら引き戸を開けて、俺はフリーズした。


「……あの、早かった? ですか?」


 そこにいたのは松本さんだったのだ。


「あ、えーっと、いや……その」

「ごめんなさい、もしかしてお約束がありました?」

「……えーっと、はい」

「すみません! それなら出直します——」

「待って」


 きびすを返して去ろうとした彼女を呼び止める。


「……上がって。せっかく来たんだし」


 これから美和ちゃんが来るのはわかっているのだけど、俺は彼女をそのまま追い返すことはできなかった。

 それは、こんなところまでわざわざ来てくれたということもあるし、そしてそれだけじゃなく——彼女の顔がやつれていたからだ。

 ふだんから身なりをバッチリ整えている彼女にしては珍しく、パンツスーツ姿はちゃんとしているのだけれど、まとめている長い髪が少々ほつれている。


(なにがあったんだ?)

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