美和ちゃんとの話し合い
(美和ちゃんは、なにを言いたいんだ!?)
わからない。
混乱する。
「1回なら『ラッキー』で済む。だけど2回目以降は……『タネ』がある。それは異能かもしれないし、はたまた別のなにかかもしれない」
俺の体温がスッと下がっていく感じがした。
この人は——もしかしたら。
もしかしたら。
もしかしたら……!
(俺がダンジョンを隠し持っているんじゃないかと、疑っているのか……!?)
考えなきゃいけないのに、頭が冷静さを失っていく。
「それじゃ、警告はしたからね。バイバイ」
くるりときびすを返して美和ちゃんが部屋の入口にある目隠しを、のれんをくぐるように出て行った。
(今の「バイバイ」……動画の最後に言うのとまったく同じだ)
そう思ったとき、俺の身体は自然に動いていた。
「美和ちゃん!!」
通路に出ると、10メートルほど先を歩いていた彼女が、足を止めた。
「……俺は月野宏」
ここまで来たら腹をくくるしかない。
「あなたに話したいことがある」
年収120億円を目指すなら、「危ない橋」のひとつやふたつは渡らなければならない。
だけどそれは、「渡れば危なくなる橋を渡る」ことじゃない。
「渡ったら危なく
「……話したいことって?」
俺の足元にはオイルランタン、美和ちゃんも自前の小さなオイルランタンを持っていた。
俺と美和ちゃんの間にはダンジョンの闇が横たわっている。
初めて会った相手を信用していいのか?
そんな疑問がちらりと脳裏をよぎる。
だけど答えは出ている。
(彼女は信用できる)
最初に自分の素性を明かし、異能を明かした。
自分の欲望に——ニオイを嗅ぎたいという欲望に正直だったことは間違いないだろう。
だけど、思えば彼女は最初から俺を試していたのだ。
俺が信用に足る人間か。
俺が用心深い人間か。
俺が——勇気ある一歩を踏み出せる人間か。
「俺の秘密を話す」
すると彼女は、
「その言葉、待っていたの」
にこりと微笑んだのだった。
彼女にとって初対面の俺にいきなり異能について話すというのはリスクしかないことだ。しかも彼女は有名人だ。だけど彼女は、俺が、高濃度の魔結晶を持っていることから——ダンジョンを所有しているのではないかとあたりをつけた。
そしてそれは大正解だったわけだ。
俺の装備を見れば、俺がマイナーの中でも
「やっぱり、ダンジョン持ってたんだ?」
「……ああ。だけどどうして、美和ちゃんも俺を試したんだ」
「もったいないな、って思って」
「もったいない?」
「あなたが下手を打って、ダンジョンを取り上げられたらもったいないでしょ」
彼女は小部屋に戻って、俺のリュックを開けるとそこに顔を突っ込みながら話していた。
あの……俺からすると一世一代の秘密の告白だったんですが?
「私、いつも思ってたの。私が探し出した可愛い結晶ちゃんはNEPTが巻き上げるでしょ? 何度も何度も持ち出そうとしたんだけどうまくいかなくて。それから闇の売買ルートで結晶ちゃんを買ってみたんだけど、2層で採れる程度のうっすい結晶ちゃんで、全然ニオイもしないし、ていうかよく考えたらダンジョンの外じゃ異能は発動しないんだからニオイ嗅げないじゃないって気がついて、それからは結晶ちゃんの持ち出しはあきらめたの」
「結晶ちゃんて……」
意外とマヌケだなこの人も。
いや、欲望に正直ってだけか。
「だから、結晶ちゃんはダンジョンとセットじゃなきゃ意味がないの」
美和ちゃんは、このフロアに戻ってきたときに俺の魔結晶のニオイを嗅ぎ当て、「これだ」と思ったらしい。
そして俺がソロであること、初心者であることから異能について話すことをすぐに決断したそうだ。
即断即決だな。
いや、欲望に正直ってだけか。
「とりあえず、この魔結晶は私が換金してあげる」
「それは……そうしてもらえると助かるけど」
「いいってことよ。その代わり条件はふたつ」
リュックに顔を突っ込んだまま、こちらにピースサインをして見せた。
ニオイが最高だぜ! という意味のピースじゃないとは思うけど。
「換金に関しては取り分は9対1。私が1であなたが9」
「いいよ」
「——早っ。もうちょっと考えたら? お前は換金して俺に渡すだけだろーみたいな」
「いや、むしろもっと持ってかれるかと思ったから。90%もらえるなら全然」
ここで換金した稼ぎに対しては非課税だが、そこから俺にどうやって渡すのかという問題がある。ただお金を渡すだけなら贈与税が掛かるし、その税額たるや3千万円以上でなんと55%だ。
そのあたりの問題を解決する方法について、美和ちゃんにはアイディアがあるんだろう。
「…………」
しばらく美和ちゃんは黙っていた。スーハース−ハー聞こえるので、ニオイは嗅いでいるらしい。
この沈黙、ただニオイに夢中なだけってことはないよな?
お金を移すアイディア、あるんだよね?
「えーと、それで、もうひとつの条件は?」
いい加減、俺は先を促した。
「もうひとつは……」
すこしだけためらうようにしてから、美和ちゃんは言った。
「ダンジョンに連れてって。そしてできれば私にだけはいつでもアクセスできるようにして欲しい」
「……わかった」
「え。いいの?」
「いいよ」
「信じるの早くない?」
「信じなければ動けない。動けないなら、俺の宝も持ち腐れだ」
「…………」
「それより、報酬が少なすぎないか? 美和ちゃんは俺の秘密を握る。そして目の前に莫大な金につながる魔結晶があるっていうのに」
「ふっ」
すると美和ちゃんはがばりと顔を上げた。
「これでもWootuberとして稼いでるし、魔結晶のニオイがわかるから効率的にマイニングもできてるのよ。だから、そんな施しは要らないわ——もらう1割のお金だってあなたにお金を移すための手数料でほとんど消えちゃうんだから」
やっぱり、なにかアイディアがあったのか。
俺はホッとすると同時に、こうも思うのだ。
(……残念過ぎる)
美和ちゃん、鼻の穴に魔結晶詰まってるよ。
好きなんだから仕方ない(魔結晶が)。
あとほんとにどうでもいいんですが「魔結晶ちゃん」って言うと「血小板ちゃん」を思い出してしまいました。闇落ちした血小板ちゃん……!