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美和ちゃんとの話

「ああっ、ああん、すごいすごいすごい……すごいわ! こんなに濃くて、こんなに臭いのが、こぉんなにたくさんあるなんて……すごいのぉぉぉぉ!!」


 ダンジョンにあるまじき嬌声が響き渡る。

 俺が毎日読んでいるノクターンノベルにありそうな内容ではないのが残念……いや、美和ちゃんが残念……いや、まあ、それはともかく。

 彼女は、「魔結晶のニオイがわかる」という異能持ち(・・・・)だった。

 さらに、「魔結晶のニオイが大好き」という性癖持ち(・・・・)だった。

 そんな異能でもって俺の魔結晶の存在を探し当ててしまった彼女は、どうしても我慢できなくて「ダンジョン内で、他人との接触は一切しない」というポリシーを破ってまで俺に声を掛けた——らしい。

 ちなみに俺の鼻には魔結晶は無臭だ。


「まさか相模大野ダンジョンに美和ちゃんがいたなんて……」

「すごいのぉぉぉ!」

「…………」


 俺はいたたまれない気持ちになって、通路に誰も通らないことを祈りつつ首だけ目隠しから外に出して様子をうかがっていた。

 幸い誰も来なかった。


「はあ、はあ、はぁっ……あ、ありがと、ちょっと落ち着いたわ……」


 数十分後。

 顔を火照らせ、内側に入れ込んだはずの長い黒髪も外にばっさばっさ出ているけれど、ゴーグルを外したその顔はきりっとした美人だった。

 俺の魔結晶が……なんだかよくわからない液にまみれているけど大丈夫かな。査定額に響かないかな。


「魔結晶は濡れてても汚れてても査定額は変わらないから」

「あ、そう……」


 キリッとした顔で言われましても。


「検証済みよ」


 検証すんなよ。


「あなた、見かけによらず深層にまで行けるのね」

「え?」

「だって、私、このダンジョンは8層まで潜ったけど、こんな純度の高い魔結晶、見たことがないもの」


 マジかよ。美和ちゃん、8層まで潜ってるの?


「い、いやー実は、5層で『秘密の小部屋』を見つけたんだよねえ」


 俺はここで用意しておいた例のウソを吐いた。

 だけど、俺のバカ!

 なんで目が泳ぐんだよ。正直かよ。


「ウソね」


 ほらバレた!


「ち、違うって。ほんとうに5層には『秘密の小部屋』があったんだ……もう入口は閉じられてしまったから入れないけどね」

「ウソね」


 ちょっ、美和ちゃん!? なんで断言できるの!?


「なんで断言できるのかって顔してるけど……そりゃそうよ。だって、『秘密の小部屋』って私が最初に言い出した偽情報(・・・)なんだもの」

「……え?」

「ほら、私、魔結晶のニオイがわかるでしょ?」


 俺のリュックに入っている魔結晶をつかんで——謎の液体がついている——じゃらじゃらと落ちていくそれを愛おしそうに見つめながら言う。


「だからどんどん魔結晶を探し当てることができたの。探索進度が95%の6層でも、残り5%の未探索地域から効率よく持ってこられるってわけ」

「おお……それはすごい」


 だけどマッピングはからきしダメなので、探索進度の協力はできないのだという。


「でも、この異能については知られたくないから黙っておきたくて……いろんな人に勧誘されるのとか煩わしいし」


 そりゃそうだよな。

 美和ちゃんがひとりいれば、マイニングの効率が段違いってわけだ。


「それで『秘密の小部屋』というウソを思いついた……?」

「正解。ここまでまことしやかな都市伝説になるとは思わなかったけど」


 ダンジョンでは電気製品を使えない。

 ゆえに、科学的な検証がほとんどできず、都市伝説や迷信の類を信じるマイナーは多い。

 それは、日本のダンジョンには日本らしい妖怪が、欧米のダンジョンには欧米らしいファンタジーモンスターが、中国のダンジョンには中国らしい物の怪が出現することも影響しているかもしれない。


「——というわけで、あなたはどこでこの魔結晶を手に入れたの?」

「うっ……」


 これは、ヤバイ。

 どうしよう。どうごまかしたらいい?


「なーんちゃって」


 俺が冷や汗を2リットルほどかいていたら、急に美和ちゃんが明るい声で笑った。


「ウソ、ウソ! 本気で聞こうとなんてしてないから!」

「え……?」

「マイナーにとって魔結晶をどうやって集めるかは最重要の秘密なんだし、教えてくれるわけないしね〜」

「あ……そ、それは、まあ」

「つまり、あなたはラッキーだったってことでしょ?」


 ラッキー? どういう意味だ?


「私だってここには月イチくらいで来てるけど今までこんな濃密なニオイをぷんぷん漂わせてる場所なんてなかった。だから突発的に魔結晶が出てきて、それをあなたが見つけた……」

「……なるほど」

「って、見つけたのはあなたなのになんで『なるほど』なのかな〜?」

「あっ! い、いや、これは」

「ふふ。からかい甲斐があるね、あなた。まだ潜り初めて日が浅いんでしょ」

「……実は今年から始めたんだ。あの、もし俺がこれを持ち帰ったら話題になるかな?」

「そりゃとんでもなく話題になるでしょ。どこで見つけたんだって話になるし」

「……『秘密の小部屋』」

「まあ、そう言うしかなくなるよねえ。あははは、私のウソはこうして補強されていくわけだ」

「どうして俺に、美和ちゃんの持っている異能を教えてくれたんだ?」

「決まってるでしょ」


 美和ちゃんは胸を張る。

 そうすると、いくらぶかぶかのパーカーでも彼女の大きな胸は隠しきれない。


「ど〜〜しても嗅ぎたかったから!」


 潔いなあ。


(自分の秘密を話してでもやりたいことを優先するのか……)


 俺には彼女がまぶしくて仕方なかった。


「あのさー。もしあなたが『秘密の小部屋』の話をするんなら、この1回限りにしたほうがいいよ」


 どきり、とした。

 今回持ってきた魔結晶は裏庭ダンジョンにあるほんの一部だ。

 残りはどうするのかって話だし、さらに、ダンジョンの2層以降は手つかずなのだ。


「ど、どうしてそう思うんだ?」

「だって、明日はNEPTのお掃除(・・・)が入るでしょ。今日は大量のマイナーが入ってきて念入りに調べているわけじゃない?」


 それはそうだろう。いつも以上に駐車場には車があった。


「そして——『秘密の小部屋』なんて存在しない(・・・・・)ことを、知っている人は多いのよ。特に深層に潜れるマイナーはね」

「……え?」


 意味ありげに、美和ちゃんは微笑んだ。

 それってどういうことなんだ?

 存在しない「秘密の小部屋」を知る連中——深層に潜れるマイナーたちが、俺のウソを知るってことか?

駆け引きは続きます。


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