まあ
「!!」
バチッと目を開き、俺の身体が急速に覚醒する。
「います。マイナーです。そちらもマイナーですか」
散弾銃を手にし、小部屋の入口から距離を取りながらいつでも弾丸を装填できるようにする。
目隠しの向こう、オイルランタンがかすかに揺れながら光を放っている。
足元だけ見えていて、細めのブーツ。女性だろうか。
目隠しは透明度20%くらいで、向こうにいる人物はだいぶぼやっとしたシルエットしかわからない。
だけど複数じゃない。ひとりだ。
「ええ……マイナーよ。もしよければ中に入れていただきたいのだけど」
は? なんで?
それが俺の脳に浮かんだ言葉だった。
目隠しと通路にオイルランタンは用足しの合図、というのは、4層に到達するようなマイナーなら当然知っているべきことだろう。
小部屋はプライベートスペースだ。
「すみませんが、これから少々
ウンコすんだよ、どっかいけ、という意味だ。
俺は警戒レベルを最高にまで引き上げる。
4層にソロのマイナー、というだけでもレアなのに、しかも女性だ。
奥に仲間のマイナーがいるんでしょ? 追い剥ぎでしょ?
そんなことが頭に思い浮かぶ。
だけど。
(どうして俺に声を掛ける? ここは4層だぞ。今日は他にもマイナーが多いはずだから、そんな日にマイナー狩りなんてしないだろうし……明日はNEPTの点検まである。殺人の痕跡なんて早々消せるものじゃない)
動悸が速まる。
頭の中でいろいろと可能性を考える一方、俺はなんだか——話しかけてきた女性の声に、聞き覚えがあるような気がしていた。
瑠璃ちゃんたちじゃない。それよりもっと年上で、松本さんとかの年代だ。
会社関係じゃないと思う。
そしたら誰だ。他人のそら似か?
「……ごめんね、警戒させてしまったね。目隠しを開けてもいい?」
「いや、それは」
「私の正体を知れば多少は警戒心が減ると思う」
正体?
正体って?
「あ——」
このとき俺は、電撃的に閃いた。
その声。
鼻に掛かったような甘い声。
若い女性マイナーで、その声と言ったら!
「あ、あなたもしや——」
俺は声を上げた。
「Wootuber兼マイナーの美和ちゃん!?」
チャンネル登録者数は100万人を超え、日本だけでなく世界のマイナーから愛されている女性マイナーが美和ちゃんだ。
最初は、自分が挑んだダンジョンについてきゃいきゃい話しているだけだったが、その無邪気な様子や、独特の言葉回しがクセになって中毒者が続出。
彼女のチャンネル登録者数は急増し、ダンジョンアイテム開発企業からのタイアップ案件も多く舞い込み、
「まあ、美和ちゃんがお勧めするんじゃしょうがねえよな……」
「まあな……」
「まあ……」
と男のマイナーたちは基本バカなので、ホイホイ買ってしまう。
まあ、俺の腕時計も15万円もしたけど。
まあ、これはいいものなので俺はバカではないけどね。
そんな彼女がどのダンジョンで活動しているのかは不明で、本名はもちろん、顔も不明だった。
でなきゃ、セクシーな有名人がダンジョンなんていう治外法権エリア(いや日本の法律が及んでるんだけど、監視がされてないという意味だ)で活動できなかろう。
彼女自身も公言していることだが、「ダンジョン内で、他人との接触は一切しない」というポリシーを持っている。それは自分の身を守るためでもあるんだろう。
「ど、どうぞ」
俺はあわてて目隠しを開くと、彼女を中に招き入れた。
外に誰かいないかも確認するが、誰もいないようだった。
床に置かれたオイルランプが照らし出した、彼女の装備品は「身軽」の一言に尽きる。
ゴワゴワした素材で暗い色のジップアップパーカーは彼女のボディラインを隠している。
同じ素材でできているらしい野球帽を目深にかぶり、目元はバンドで固定するタイプのゴーグルだった。度が入っているようで、目の悪いマイナーはよくこれを装着している。
つややかな黒髪はパーカーの中に入り込んでいるのでどれくらい長いのかはわからず、後ろ姿やパッと見では彼女が男か女かもわからない。
下半身はスキニージーンズと膝のプロテクターが守っていた。
武器やリュックはどこに……?
謎すぎる。
おそらくパーカーの中に入っているんだろうけど、どんな戦い方をしてるんだろう。
これが美和ちゃんなのかというのはいまだに信じられないのだけど、俺は、彼女の腕に装着された時計に気がついた。
「あ、それ……」
俺と同じだ!
美和ちゃんだ! 美和ちゃんも同じ腕時計つけてくれてる!
「あら、同じね。これ便利なの」
「知ってます。俺、美和ちゃんの動画見て買いましたから」
「あ……そうだったの。ありがとうございます」
動画を見られていると知ったせいか、恥ずかしそうに彼女がぺこりと頭を下げる。
いえいえこちらこそとなんか俺まで頭を下げてしまった。
「それはそうと……あなた、高濃度の魔結晶を持っているでしょ?」
「!?」
新たな驚きが俺を襲う。
そしてこの瞬間、美和ちゃんだと気がつき、美和ちゃんに気を許し、美和ちゃんならとこの部屋に入れたことを後悔し、俺は——自分が散弾銃を部屋の隅に置きっぱなしだったことに気がついた。
「あ……ごめん。別にそれを寄越せなんて言わないわ」
「!?」
俺の動揺を見透かして彼女は言った。
(高濃度の魔結晶を持っていることに気づいていて、俺が今丸腰だとわかって——なにがしたいんだこの人!?)
警戒心だけが頂点に達していて、俺の精神がごりごり削られていく。
ゴーグルでうかがいにくい表情。
だけど彼女はぽってりとした唇をゆがめて——俺はそのとき初めて、彼女の唇の下に小さなホクロがあることに気がついた——こう言った。
「ニオイを嗅ぎたいの……」
鉱物ニオイフェチの皆様お待たせしました(ニッチ・オブ・ニッチ)。
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