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4層滞在

「——いや〜、すごいっすね田宮さん」

「——バカ野郎、俺のことはT-ヴァルカンって呼べって言っただろうが」

「——そ、そうでした、T-ヴァルカンさん。まさか5層まで行けちゃうなんて」

「——まーな。それもこれも、俺の異能のおかげだわな。この異能が地上でも使えたら最高なのによぉ」

「——ですね! 拳銃(チャカ)も(ダイナ)マイトもカンケーねーっすからね!」

「——六道天門会のバカどもを地獄に落としてやるんだがなぁ」

「——俺の異能、しょっぱかったっすわ……」

「——そういうことだってあらぁな。気ぃ落とすんじゃねえ」

「——うう、ありがとうございます、田宮さん!」

「——だからT-ヴァルカンだって言ってんだろうが!」


 通り過ぎたのを確認して、目隠しをどけ、ひょこっ、と通路に顔を出して見ると、紫色のテラテラしたスーツを着た金髪を中心に、5人ほどの集団が離れていくところだった。


「うほっ……」


 持ってるの日本刀じゃん。マジかよ。あんなもん持ち歩けるの?

 いや、マイナーならいいんだっけ?

 銃刀法も改正されたはずだけども。


「触らぬ神に祟りなしだな……」


 暴力イコール収入になるダンジョンには、ああいうチンピラみたいなのも当然乗り込んでくる。

 あんなのでも異能を持っているというのに、俺にはなにもないのかよ! チクショウ! やっぱ異能は人格に伴わないどころか、性格悪いヤツには強い異能が与えられるんだな、もう!

 とはいえ、彼らの異能がどんな異能かは知らんけど。


「……でも、異能があれば確かに深層の壁を越えられるんだよな」


 一口に異能と言っても様々で、まったく使い物にならないようなものもあるのだという。

 超硬度のダンジョンの壁を凹ませられる、とか。

 人間の可聴領域を超えた高音を出せるようになる、とか。犬笛かな?

 空を飛べるようになる、とか。

「空飛べるの!? すげえ!」って最初思ったけど、よくよく考えたらダンジョンにトラップなんてものはないし、ダメージを受ける床なんてものもない。だから「死にスキル」ならぬ「死に異能」だ。


「さて……そろそろ行くか」


 俺は4層へと下りる階段へと向かった。

 一度到達したことのある階段へはすんなりと着いた。俺のモンスターへの対処能力も上がっているのだろう、今まで散弾銃は2発に1発は外していたのに、ここに至るまで50発ほど撃って、ミスは数えるほどしかなかった。


「……ん?」


 4層への階段を進むと、前回感じたような圧迫がないことに気がついた。

 これも「慣れ」なんだろうか。

 イヤだな、「ダンジョン慣れ」とか。


「でも、試してみっか」


 4層のモンスターはゴブリンアーチャーと火車だ。なんだよその意味不明な組み合わせ、って感じだが、2層と3層のモンスターも出てくるので実際には和洋折衷の闇鍋エンカウントである。

 ちなみに「火車」ってのは墓場から死体を盗む妖怪で、見た目は猫だ。正体は猫又だという説もあり、なにもかもが意味不明だ。

 可愛い猫を殺すなんてできない……なんて思うわけがない。


『フギィォォォオオオオオオオ!!』


「撃ちます!!」


 俺よりデカイ、2メートルオーバーの猫人間が火車である。「火車ではなく単なる猫人間なのでは?」という気がするが、マイナーの間ではもはや「火車」で定着してしまった。

 スラッグ弾を腹に受けた火車はひるみ、次弾で胸を貫くと絶命した。


「ふー……倒せないこともないな」


 散弾銃を使った戦闘にも慣れてきた。

 火車は図体がデカいから、遠くから撃つことができるし、接近される前に十分倒せる。


「これは5層行けるのでは? 行っちゃうか?」


 とか思っていると、前方から歩いてくる人々の気配があったので俺は横の通路に飛び込んだ。なるべく、人には会わないでおこう。

 4層の入口付近をしらみつぶしに回っていく。4層を主戦場にしているマイナーは今日はいなかったのか、火車や天狗、ゴブリンアーチャーとは数回出くわした。

 ゴブリンアーチャーは、あのゴブリンが弓を使う。

 弓というのは命中精度がさほど高くなく、さらには天井があるダンジョンでは山なりの軌道で撃つことができないために接射しなければならない。散弾銃を持つ俺からするとザコだった。


「やっぱこれ行っちゃうか? 5層行っちゃうか?」


 時刻はすでに22時を回っていたので、どう考えても5層に行く余裕なんてない。

 ただ調子に乗っているだけである。


「……23時半、いや、24時を過ぎてから戻ろう。そしたら地上に着くのは2時前後か」


 終電で帰る瑠璃ちゃんたち——「ルピナス」みたいなマイナーは少数らしいけれど、いないわけではない。

 査定の現場でばったり瑠璃ちゃんたちに会うというのもできれば避けたい。

 俺はひっそりと成金になりたいだけなのだ。


「腹減ったな……」


 モンスターがいないのを確認した小部屋でベタ座りして休憩する。

 目隠しをして、通路にはオイルランタンを出して。

 5層への階段とは真逆にある小部屋なので誰かが来ることはないと思うけれど、念のためだ。

 携帯トイレで用を足してからペットボトルの水を飲んだ。残りは300ミリリットルくらいかな。

 もうちょっと持ってくるべきだったな、水も、食料も。


「ふー……しんど」


 いつ休んでもいいとは言っても、一日中歩いて、下手したら殺されるかもしれない相手に銃を撃つ。

 これは相当にしんどい。

 40代がやるべき仕事じゃないな。


「体力的な疲労っていうより、メンタルに来るんだよな」


 だがそれも、もう少しの我慢だ。

 もう少しで俺は、大金を手に入れられる。


「……にしてもヒマだ」


 リュックのポケットに硬い手応えがあり、そこにはスマホが入っていた。

 電子機器はすべて使えないのでもちろん画面はブラックアウトしている。ダンジョン内で、こいつはただのツルツルする板だ。

 つーかなんで持ってきたんだよ、俺は。


「電気が使えて電波が入ればなぁ、Wootubeだって見られるし、なんならダンジョン攻略のライブ配信だってやるヤツが出てくるよな」


 そんなことを考えていたが、やがてほどよい疲れの中に眠気が混じってくるのを感じた。


(あー……眠い)


 ここで寝たらヤバイのはわかってるから、さすがに寝ない。

 だけど目を閉じるくらいはいいよね?(フラグ)


(あー……金が手に入ったらなにすっかなー……まず住宅ローンを返すか。その発想がもう、小市民だよな)


 俺は、このとき初めて油断した。

 身体はリラックスして、寝ないまでも、それに近い状態になっていた。

 だから、


「……中に誰かいるの?」


 目隠しの向こう、通路に現れた人物の接近にまったく気づかなかったのだ。

暮伊豆さんから素敵なレビューをいただきました。ありがとうございます!

まさに自分の考えていたところをバシッと書かれていました。びっくり。いや、ありがたや……。

本作初レビューは、このページの上にある「レビュー」リンクから見られます!

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